第517話 新入生のオフ会はお好きですか? 1
「かんぱ~い!」
船頭はにこにこと笑顔で、赤石とファミレスに来ていた。
「いやぁ、合格した後の飯は美味い!」
船頭はファミレスで好き放題頼む。
「今日は悠人の奢りね?」
「ここは奢らせてくれ、是非とも」
ふふふ、と船頭が妖しく微笑む。
「またうちらでどっか行く機会あったら、今度は私が奢ったげる」
「いいよ、別に。折角受かったんだから気にせず食べろよ」
「さっすが悠人。懐があったかい」
「懐は寒いんだよ。デカいだけだ」
「どこがだよ!」
船頭が赤石に突っ込みをする。
「にゃははははははははははは!」
「テンション高いな」
船頭はハンバーグを食べながら豪快に笑った。
赤石は船頭の大学合格祝いに、昼食を奢っていた。
その日の午後十七時、北秀院大学で数人の男女が集まっていた。
「ここ……かな?」
暮石はきょろきょろとしながら、北秀院大学の中に入る。
「あの~……」
北秀院大学内に併設されているカフェテリアの前で集まっている男女に、暮石は話しかけた。
「これって、北秀院大学の新入生の集まりだったり……」
「え、あ、うん、そうだけど」
男はしゃがれた声でそう答えた。
「もしかして、そっちも……?」
「あ、は、はい。今日北秀院の新入生のオフ会に参加しにきました」
「あぁ~……」
男は暮石を、頭のてっぺんから足のつま先までじっくりと見る。
「えっと、良かったら名前とか……」
「あ、わたし暮石三葉って言います。えっと、あの、ニードルです」
「えぇ、お前がニードル!?」
男は大仰に驚いた。
「あなたは……?」
「あ、俺は斉藤和樹。ツウィークでは検尿ブランコって名前でやってる」
「検尿ブランコ!? 嘘!?」
暮石は爆笑し、男の肩を叩いた。
「なんだ、こんな顔してたんだ~」
「いや、俺もニードルがこんな顔してたとかマジでビックリだわ」
男もまた、爆笑する。
「え、てかお前マジで女だったんだ?」
「当たり前だよ~。ずっと言ってたじゃん、女だって」
「いや、喋り方おっさんすぎて俺普通に男だと思ってたわ」
「何それ~」
暮石は腹を抱えて笑った。
「てか、マジでかわいいじゃん、ニードル! 絶対半袖半パンのおっさんみたいな男出て来ると思ってたのに」
「ちょっと~、心外なんだけど~」
ぶぅ、と暮石が唇を尖らせる。
「いや、本当かわいいかわいい! 高校ならそのかわいさで無双できてたんじゃね!?」
「なんでそんな意地悪言うわけ~!? 別にモテてないんですけど!」
ぷい、と暮石は頬を膨らませ視線を逸らした。
「え~、ニードルの同級生の男、本当見る目ねぇ~」
「別に、私が普通に可愛くないだけじゃないスかねぇ~……」
暮石は苦笑した。
「え、ニードル?」
「もしかしてニードル?」
暮石の声を聞きつけた男たちが、暮石の下へ集まって来る。
「え、マジでニードル!?」
「ニードルニードル」
「ヤバ、本当に女じゃん!」
「女だって言ってたじゃ~ん」
あはは、と暮石が笑う。
「おい皆、浪人界隈の中で光る現役生、ニードルがやって来たぞ~!」
男が声を上げ、暮石の下へと殺到する。
「え、マジでこいつがニードル!?」
「意外な顔だ……」
「現役性だってさ。若ぇ~」
「俺ら浪人生の中に混じってる現役生とかマ?」
「皆、囲え囲え~」
男たちが暮石を囲む。
「ちょっと待って待って、順番、順番~」
暮石が男たちを手なずける。
「っていうか、皆は誰なの?」
「俺は検尿ブランコ」
「さっき聞いたって~」
もう、と暮石が笑う。
「俺、ヤニカスゆき」
「え、カスゆき!? 酒とたばこの!?」
「そそそ、酒とたばこの」
「今日もすぱすぱゴクゴクしてんの?」
暮石が酒とたばこを嗜むジェスチャーを取る。
「そりゃあ、浪人生の特権よ! すぱすぱゴクゴク」
男が酒を飲むジェスチャーをする。
「俺は九里」
「あ、きゅーちゃん!? 服好きって言ってただけあって、確かにお洒落だねぇ~」
「いやいや、まだまだ素人素人」
暮石は順番に男たちと話をした。
「てか、これで全員?」
検尿ブランコを自称する男、斉藤は辺りを見渡した。
斉藤の声掛けに、一同は口を閉じた。
「誰か、他に参加者呼んでる人~?」
斉藤は一同に問いかけるが、誰も口を開かない。
「……」
斉藤は暮石の手を持ち、挙手させた。
「ちょっと! 私じゃないって!」
「「「はははははははははは」」」
暮石は口を尖らせ、場を和ませた。
「じゃあちょっと早いけど、北秀院大学新入生の集まりとして、今からご飯に行こうと思います! 異論ある人は挙手!」
「……」
異論は、出ない。
斉藤は再び暮石を見た。
「ないないない」
暮石は眼前で手を振った。
「はい、じゃあ今から皆で行きまっしょう!」
斉藤は手をパンパンと叩き、一同を大学近くのファミレスに招いた。
「はい、じゃあちょっと早いけど、俺たち浪人組のオフ会を始めたいと思います! じゃあ皆、合格おめでとう~~~~!」
「「「おめでとう~~~~~!」」」
ファミレスに着いた斉藤は音頭を取り、オフ会を始めた。
「まぁ一部浪人でも何でもない奴もいるんだけども」
「なんで呼ばれて来ただけなのに、私そんな言い方されてるわけ~?」
暮石が頬を膨らませ、むくれる。
「冗談冗談」
斉藤は暮石に笑いかける。
「いやぁ、でもマジでお前がニードルとか本当草だわ」
「え~、何が~? 全然普通だと思うけど」
暮石はメニューを見ながら、斉藤をあしらう。
斉藤は暮石の隣の席に座り、暮石と一緒になってメニューを見た。
「あ、これおしぼり」
「ありがと。気が利くじゃん」
斉藤が暮石、そして同卓に座る他の二人におしぼりを渡す。
「そんなチャラチャラしてるくせに」
暮石は斉藤のピアスを指さした。
「いやいや、そんなピアスの一つや二つ」
ははは、と斉藤が笑う。
「そういうニードルこそ、そんな露出多いエロい服着て、よく言えるねぇ」
「はぁ!? これは普通にお洒落なだけだし!」
「ははは、冗談冗談」
暮石がぷい、と顔を逸らす。
「てかさ、皆名前とアカウント名が一致しないんだけど、誰が誰?」
暮石が同卓に座る他三人の顔を見回す。
「あ、俺アカウント名検尿ブランコで、斉藤和樹」
「知ってますぅ~。もう何回も聞きましたぁ~」
暮石が斉藤にぶうぶうと不平を漏らす。
「次は俺か。ツウィークのアカウント名は九里。名前は角井龍原。一応音楽関係の仕事やってます」
「知ってる知ってる! きゅーちゃん言ってた通り服お洒落だねぇ~」
「いやいや……」
角井は頭をかく。
「音楽関係の仕事もやってるのとか本当すごい! まだ大学入ったばっかなのにもう一人だけ別のステージに立ってるじゃん! すごすぎない?」
「いやいや、俺なんかまだまだこれから……。まぁ確かに、業界の人とかからは結構褒めてもらってたりもしてるけど」
「へぇ~、すごいじゃん。俺も在学中に起業するつもりだからさ、その時は手とか貸してもらおうかな」
斉藤が割って入る。
「え~、皆すご~! もしかしてここってすごい人の集まり?」
暮石が目を輝かせながら、斉藤と角井を見る。
「ねこまんま。釜井恵美」
話の流れを断ち切るように、同卓の女がボソ、と呟いた。
「……」
「……」
暮石たちが一瞬、沈黙する。
「あ、そうなの? ねこまんまちゃんだったんだ。先生とか目指してるんだよね?」
暮石はパン、と手を叩き、釜井に尋ねる。
「……」
釜井はこくりと頷く。
「えぇ~、なんかこうやってオフ会で皆と出会えて、私本当感動なんだけど!」
「いや、マジでそれ」
「分かる」
「……」
「こうやって会えたのも何かの縁だし、俺ら北秀院大学の新入生として、力を合わせてやっていきまっしょう!」
斉藤は拳を上げた。
「「おーーー!」」
暮石たちは笑い声をあげながら、オフ会を楽しんでいた。




