第50話 葉月冬華はお好きですか? 2
「赤石君、今日はお弁当を作るのを忘れたわ」
「…………」
昼休みに入ると、即座に高梨が赤石の席にやって来た。
それがどうした。と言いたいのを我慢して、高梨の話を聞く。
「それがどうした、じゃないでしょう。今日は中庭じゃなくて食堂で食べましょう」
「…………」
最早言葉を交わさずとも内心を見透かされているのなら何も返事をしなくてもいいのではないか、とすら感じられる。
「別に何を思っているか完全に分かっている訳じゃないわ。あなたの質素な表情筋の動きと目を見て判断してるだけよ」
「大体分かってるじゃないか」
高梨に返事をしながら、赤石は立ち上がり、須田の下へと向かった。
「ねぇ、聞いてたかしら、赤石君。私今日はお弁当を作り忘れたのよ。だから、食堂で食べましょう、って言ってるのよ」
「なんで俺たちがお前に従わないといけないんだ。櫻井と一緒に食えよ」
「それを言うのは野暮ってものよ」
高梨はわざとらしく頬を膨らませ、ぷんぷんと怒る。
こんなわざとらしい動作でも高梨の美貌をもってすれば可愛く見えるな、と赤石は自省しながらも見やる。
得てして分かっていたとしても、女の策略にはまってしまうものだ、と自分を正当化する。
高梨はすぐさま表情を消し、剣呑な目で赤石を射すくめた。
「別に私が櫻井君と食べようがあなたたちと食べようがいいでしょ。嫌なら拒絶してくれないかしら。その方が私も助かるんだけど」
「…………」
拒絶は、出来なかった。
拒絶出来るわけがなかった。
高梨に関しての評価は、保留。
高梨が変わってしまったのか変わっていないのか。
まだその点に関しての答えは出ていなかった。なら、答えが出るまで高梨を拒絶するのは間違っている。
そう、自分に言い聞かせる。
高梨への評価が下っていないから。故に、高梨を拒絶出来ない。
現状に対する保留。それは、高梨を悪く思っていないという証左。
だが、その実、赤石はある一種の感情を高梨に抱いていた。ずっと昔から、中学の頃からの感情が、赤石に何度も何度も自己問答をさせた。
その感情が、高梨を拒絶することを躊躇わせた。
評価をしていないから、という抽象的にも過ぎる曖昧な事象を持ち出して高梨と共にいることを、良しとしていた。
クラスメイトに嫌われた自分、味方がいない自分に、それでも関わりを持とうとする高梨を無下に扱えるわけがなかった。
そう、自分では思っていた。
赤石は無言で沈黙する。
赤石にとって無言は、肯定だった。
「ふふふ…………嫌じゃないのね。じゃあお邪魔させてもらうわ。統貴は勿論否定するわけないからね」
「…………」
赤石は無言で、須田の下へと向かった。
高梨が一体何を考えてこんな行動をとっているのかも全く分からないまま、赤石は高梨と行動を共にすることになった。
赤石と須田、そして高梨が食堂へと向かっていた。
その途中、人気のない廊下で、三人は校長とすれ違った。
校長とすれ違うとはまた珍しい、と益体もなく赤石が考えていた矢先――
「八宵ちゃあああああああああああぁぁぁぁぁん!」
校長が高梨に熱い抱擁を交わそうと、駆けた。
高梨は半身を引くことでいなし、校長は顔から地面にぶつかった。
「「…………え?」」
赤石と須田は、同時に間抜けな声を出した。
高梨は校長を見下した。
「校内でそういうことは止めてくれないかしら、叔父様」
「八宵ちゃあぁぁぁん、いいでしょう、ワシ叔父なんじゃから!」
校長は顔をさすりながら、立ち上がる。
校長が高梨の叔父…………?
赤石は二人を交互に見ながら、
で、出た~~~~~~~~…………。
内心でそう言わずにはいられなかった。
ラブコメにありがちな、学校の要職に就いている人間はヒロインの誰かしらの親族、というお約束か、と勝手に理解する。
「叔父様、私はここでは生徒と校長の関係ですよね。それに、そうじゃなかったとしても校内でうら若い女子高生と汚い叔父様が熱い抱擁を交わしているのは、はたから見ておかしいと思わないかしら」
「その通りだけどさぁ…………」
校長は人差し指を合わせ、俯きながら話している。
女々しい。
こんな人間がこの学校のトップに立っても良いのか。
「でも偶々見かけたから駆けよっちゃうワシの気持ちもわかるじゃろ? ね? ね?」
「気持ち悪い…………」
高梨は、ゴミを見るような目で校長をねめつける。
学校変えようかな、と本格的に赤石は考えた。
「とにかく、校内での不純な行為は止めてくれないかしら叔父様。今後気を付けてください」
「は…………はぁい」
校長はしゅん、と肩を落とし、とぼとぼと帰って行った。
赤石は須田を見た。小声で、耳打ちする。
「おい統、お前高梨の叔父がここの高校の校長って知ってたか?」
「い…………いや、全然知らなかったぞ。ってことは、高梨に頼んだら水泳部の部費が上がるんじゃ…………!?」
「おい止めろお前権力を乱用しようとするな」
須田の耳を引っ張る。
高梨は赤石と須田に向き直った。
「悪かったわね、二人とも。さぁ、行きましょうか」
「「お…………おう」」
赤石と須田は高梨の親族関係を目にし、少々の怯えを持ちながら食堂へと向かった。
数多の高校生が集まる食堂。その隅で、赤石と須田と高梨が座り、昼食をとっていた。
「高梨って自分で弁当作ってんだけどさ、中学の頃もそうだったんだぜ。ちょっと信じられねぇよな」
「そうだな」
「統貴、あなたはご飯を食べるか話すのかのどちらかにしなさい」
高梨は須田を諫める。




