第514話 後期試験の合格発表はお好きですか? 3
「……」
暮石は赤石に抱き着いたまま、離さない。
「私よりかわいくて、赤石君と考え方が同じ女の子が告白してきたら、赤石君はすぐにそっちに行っちゃう?」
唐突に、話を切り出す。
「何故?」
「赤石君が、さっき私たちは遊びの関係だ、って言ったから」
数分前の話を蒸し返される。
「そんなことないよ、多分」
「ほら、多分って言う」
「何事にも絶対はないからな。急に俺の頭がおかしくなって、街中で流行りの曲に合わせて踊り出すかもしれない」
「そんな、ロイコクロリディウムじゃないんだから」
暮石は呆れた顔をする。
「どうせ私もすぐ捨てられるんだ」
「付き合った以上、遊びの関係でも適当なことはしないつもりだ」
はぁ、と赤石はため息を吐いた。
「じゃあ、俺とお前は遊びの関係なのに恭子ちゃんとの関係に口出ししてくるな、ってどういうこと?」
暮石が、自分に投げかけられた赤石の言葉を一つ一つ紐解いていく。
「そうは言ってない」
「言ってた。お前が俺たちの関係に口出しするな、って」
「俺は適当なことはしないつもりだよ。ただ、それはそれとしてお前はお前で自分の言葉と発言には責任を持てよ、って言ってんだよ。俺は嘘を吐かれるのが大嫌いだ。欺瞞と隠匿は大罪だ。付き合ってる相手にそんなことされたくない。何があっても明け透けに、全てをつまびらかにするべきだ。それが俺の思想であり、絶対だ」
「……うん」
「あなたのための嘘なんだよ、なんて言葉は存在しない。誰のためかは真実が明らかにされてから、この俺がこの俺の意志で決める」
「……そっか」
暮石は赤石に抱き着いたまま、か細い声で鳴く。
「これから付き合っていく上でも、お前に嘘を吐いて欲しくない。俺もお前には嘘を吐かないようにする。約束して欲しい」
「うん、うん……」
暮石はぎゅっと赤石を抱いた。
「はぁ……」
そして赤石の匂いを嗅ぎ、赤石から離れた。
「冷めちゃったね、ご飯」
「本当だよ」
「温め直そっか」
「ああ」
暮石は八谷の料理を電子レンジで温めなおした。
「私、赤石君のこと大好きだからね」
「ああ」
「嘘じゃないから」
「……ああ」
「嘘吐いたことないから」
「それは嘘だろ」
暮石は温め直した八谷の料理をテーブルの上に置く。
「赤石君以外なら嘘吐いて良いの?」
「どうでも良い人間に真実話す必要もないしな」
「分かった」
暮石は洟をすすり、席に座った。
「二人だけの秘密だね」
「……ああ」
「面倒くさいねぇ、赤石君は」
「悪いな」
ご飯食べよっか、と暮石が赤石を呼んだ。
「美味しそうだねぇ」
「そうだな」
「いただきますしよ?」
「ああ」
いただきます、と二人は料理を食べ始めた。
「……」
「……」
八谷の料理を食べた二人は、渋い顔をする。
「で、でもでもでも!」
暮石が手を合わせ、声を上げる。
「でも、なんか、個性的な味って言うか、独特って言うか、なんていうか、好きな人は好きって言うか、恭子ちゃんらしいっていうか!」
暮石は必死で八谷の料理のフォローをする。
「はは」
赤石は苦笑した。
「もう一日経ってるからちょっと味が落ちちゃってるかもだし、私も二回も温めちゃったし、なんていうか、恭子ちゃんは悪くないっていうか」
赤石は無言で、八谷の料理を食べる。
「でも、上達してるな」
「……え?」
暮石がぽかん、とする。
「上手くなってるよ、料理」
「へ、へぇ~……」
暮石は恐る恐る料理を口にする。
「まだ全然まずいけど」
「あ、赤石君!」
し~、と暮石が言葉を慎むようにジェスチャーをする。
「でも人類が食べれる味になってる」
「前はどんな味だったのさ……」
赤石はパクパクと八谷の料理を食べた。
「恭子ちゃんの料理食べたことあるの?」
「ある」
「どこで?」
「あいつの家」
「いつ?」
「二年くらい前」
「えぇ~……」
暮石が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ま、今の彼女は私だし、恭子ちゃんが告白しても成功しないからどうでもいいんですけども」
ふん、と暮石は勝ち誇ったように言う。
「なんでそんなことになったの?」
「櫻井に料理振る舞う時に美味しいの食べたいから味見してくれ、みたいな話だったと思う」
「へぇ~……」
暮石が半眼で赤石を見る。
「あと、下宿した直後にも俺の家で作ってもらったことがあったな」
「ふ~ん……」
暮石が目を細めて赤石を見やる。
「なんで?」
「家に押し掛けてきたからだよ。ちょうどそこのキッチンで」
「ふ~ん……」
暮石がそっぽを向いた。
「女連れ込み男」
「勝手に攻め込まれてるんだよ」
「私と付き合ってるんだから、もう変な女とお家で二人きりとかならないでよね」
「分かってるよ」
暮石が唇を尖らせる。
「彼氏が楽しそうで何よりですよ、私は。へぇへぇ」
「すねるなよ」
「すねてません!」
赤石はすねる暮石の頭を撫でる。
「まぁでも、あの時は食えたもんじゃなかったよ」
ちゃんと成長してるな、と赤石は苦笑した。
「はいはい、恭子ちゃんに詳しい詳しい」
「昔の話だろ」
「あ~あ、他の女の話って面白くな~い」
暮石は足を伸ばし、不機嫌に言う。
「女同士なんだから仲良くしろよ」
「彼女が仲良くできる彼氏の女友達とか存在しないから」
「大袈裟な……」
「赤石君は私の男友達と仲良くできるんだ?」
「統貴なら」
「それは元々赤石君側の友達じゃん」
ブーブー、と暮石は唇を震わせる。
「全く赤石君は……一体いつからこんな子になったのかしら」
ぷんすかと怒りながら、食事を進めた。
「ごちそう様」
「ごちそう様でした!」
二人は八谷の料理を完食した。
「あ~、お腹いっぱい」
暮石は自身のお腹をポンポンと叩く。
「じゃあ片付けよっか」
「ああ」
暮石は八谷のタッパーを片付け始めた。
「これ終わったら外出る?」
「そうだな」
「別の女のところ行って来るんだ?」
「別の女のところ行って来る」
「ふん、いいよ」
暮石は不機嫌ながらも、許可する。
「これはお前と付き合う前にした約束だから。こっちはさすがに破れない。別に家に遊びに行くとかじゃないし」
「分かってても、やっぱり嫌な気分にはなるよね」
暮石は喚きながらも、止めはしなかった。
「こういう時にまた喧嘩したくないから、ルール作ろっか?」
「そうだな」
八谷のタッパーを片付けた暮石は、再びテーブルの前に戻って来た。
「悠人君と三葉ちゃんの恋愛ルール、その一!」
暮石はスマホに悠人と三葉の恋人ルール、と書いたメモ帳を作る。
「異性と出かけることになった時は、事前に連絡する」
「良いルールだな」
赤石は暮石のスマホを覗き込む。
「赤石君を甲とし、私は乙とする」
「ややこしいややこしい」
「これ契約書だから」
「重すぎるだろ」
暮石は甲乙の併記を消した。
「事前に恋人からの許可をもらい、許可が出れば異性と遊びに出かけることも可能とする。ただし、どうしても仕方のない場合は、相手の許可を取らなくても良い」
「なるほど」
「船頭さんは私の許可が出たから、行っても良いよ。でもホテルとかは駄目だからね? ご飯までならギリギリ可」
「誰が後期試験の合格発表の後にホテル行くんだよ」
暮石は口で言いながら、メモ帳に書く。
「三葉ちゃんルールその二! 男女混合のイベントとかは、事前の承諾、連絡なく行って良いものとする」
「飲み会とかご飯とかは普通に男女混合みんなで行くこととかあるもんな」
「ただし、行った後は事後報告を必要とする」
「会社みたいだな」
暮石はにこにことしながらルールを作る。
「三葉ちゃんルールその三! 別れる時はどちらかの死をもってして清算するものとする」
「急に」
えぇ、と赤石は面食らう。
「別れを告げた方の死をもってして、関係を終わらせるものとする」
「怖すぎるだろ」
止めろ止めろ、と赤石は文字を消す。
「そりゃ、赤石君は別れを切り出す側だから消したくもなるよね?」
「どっちが別れを切り出すかはまだ全然分からないと思うけどな」
よし、と暮石はルールのできたメモ帳を見た。
「あとは何か起こるたびに恋人ルールに追加していこっか?」
「そうだな」
暮石はスマホをしまった。
「何かあった時は恋人ルール十一条の第三項、みたいに参照するわけだ」
「そんな弁護士じゃないんだから」
暮石はくすくすと笑う。
「じゃ、私も今日は用事あるから準備するね。赤石君も準備して?」
「俺はもう行けるけど」
「男の子って本当、裸でも外出れるから良いよね」
「裸では出れないだろ」
「準備するから、ちょっと待ってて?」
「分かった」
暮石は準備を始めた。
赤石はその時間を利用し、八谷のタッパーを洗う。
「準備出来たら呼ぶね~」
「分かった」
赤石は炊事場でタッパーを洗い、暮石はリビングで外出の準備をした。




