第513話 後期試験の合格発表はお好きですか? 2
「どういう関係も何もない。ただの高校の同級生だ」
赤石は肩をそびやかした。
「ただの同級生なのに、告白失敗してまだ付き合いあるんだ?」
暮石が赤石にそっと近寄る。
赤石の腰を掴み、真正面から尋ねる。
「もしかして、赤石君って恭子ちゃんに付きまとわれてる?」
「……」
赤石は複雑な表情を湛える。
「もし付きまとわれてるなら、私が恭子ちゃんを掃除するけど」
暮石はベッドに戻り、自身のスマホを取った。
「俺は普通に、高校の同級生のつもりで接してるよ」
「……そう」
暮石はスマホを手放した。
「聞かれたくない?」
暮石は再び、赤石の正面までやって来る。
「聞かれたくない話なんて、俺にはない」
「……」
暮石は不機嫌そうな表情で、赤石を見つめる
「恭子ちゃんってさ、もしかして今でも赤石君のこと好きなのかな?」
「その可能性はあるな」
「その可能性はあるな、って……」
臆面もなく答える赤石に、暮石が眉を顰める。
「赤石君は自分のこと好きかもしれない女と付き合ってるんだ?」
「お前だって同じだろ。高校の頃、色んな男と楽しそうに話してたじゃねぇか」
暮石は人を選ばない。
誰に対しても楽しくにこやかに、そして自分から話しかける。
赤石に対しても、霧島に対しても、そしてそれ以外の生徒に対しても、暮石のスタンスは基本変わらない。
誰に対しても優しく、誰に対しても自分から話しかけ、誰に対しても仲良くすることが出来る。
それが暮石三葉という人間であり、誰に対しても話しかける暮石だからこそ、赤石との接点ができた。
「お前が今まで楽しそうに接してきた男の中にだって、お前のことが好きかもしれない男なんて死ぬほどいただろ。いや、実際お前に告白してきた男も沢山いたんじゃないか?」
「……」
暮石は、答えない。
実際、暮石に告白をしてきた男子生徒もいるんだろう。
そして、暮石がその男子生徒と交際をしていた可能性も、ある。
今自分が暮石にとって何人目の男なのかも、分からない。
「好きな可能性があるかどうかなら、多分俺よりお前の方がよっぽど可能性は高いよ。お前の方が俺より絶対数がはるかに多いんだから」
「でも赤石君は大学に入ってからも恭子ちゃんと付き合っていくんだよね? 自分に告白してきた女の子と付き合っていくんだよね? それに、私は昔の話だけど、赤石君は現在進行形、今の話だよね? それって、私と同じ状況だって言える?」
「お前と付き合ったのだってつい最近なんだから、どうしようもないだろ。お前に告白されることなんて予見できるわけない。どうしろ、って言うんだよ」
「……」
暮石が黙り込む。
「それとも、もしかしたらお前が俺に告白してくるかもしれないから、事前に八谷とは距離を取っとかないといけなかったか? 馬鹿も休み休みに言えよ。誰が分かるんだよ、そんなこと。一年間も俺を孤独にさせやがったお前が、俺が誰かと仲良くしてることを怒る資格あるのかよ」
売り言葉に買い言葉。
ほんの些細なことを切っ掛けに、赤石の中でずっと引っ掛かっていてモヤモヤが暮石に吐き出される。
お前がそばにいたのなら、こんなことにはなっていなかった。
本当は言うはずじゃなかったのに。
こんなことを言うためじゃなかったのに。
赤石はつい、暮石への本音を、口にしてしまう。
「……」
沈鬱な空気が、その場を支配する。
暮石が赤石と視線を交錯させる。
「じゃあ、もし今恭子ちゃんに突然告白されたら、私のことなんて捨てて恭子ちゃんと付き合うんだ?」
「お前がそれで良い、って言ったんだろ?」
「……」
「お前がそんなこと言い出したら、契約条件が違うだろ、それは」
また、反射的に暮石へ悪態をついてしまう。
「…………」
暮石は目に涙を溜める。
「じゃあもういい! そんなに恭子ちゃんが好きなら、恭子ちゃんと付き合ったら!?」
暮石は声を荒らげ、赤石に背を向けた。
「……」
赤石は暮石の肩を掴み、振り向かせる。
「そうすることができると言っただけで、そうするとは言ってないだろ?」
「……」
暮石は目に涙を溜めたまま、赤石を見上げる。
「恭子ちゃんに告白されても、恭子ちゃんと付き合わない?」
「付き合わない」
「恭子ちゃんより私の方が大切?」
「お前の方が大切だ」
「……」
暮石が洟をすすりながら、赤石にそっと抱き着く。
「……」
「……」
そしてそのまま十数分が流れる。
「ごめんね、面倒くさい女で」
「本当だよ」
「赤石君も謝って」
「ごめん」
赤石は暮石の頭を撫でる。
「女って面倒くさい」
「女って面倒くさい生き物なの」
赤石がため息を吐く。
「恭子ちゃんに今告白されても恭子ちゃんと付き合わない?」
「付き合わない」
「体だけの関係でも良いよ、って言われても付き合わない?」
「付き合わない」
「私のこと捨てて恭子ちゃんと付き合わない?」
「付き合わない」
「彼女さん本当厳しいよね~。私なら絶対赤石のこと幸せに出来るのにな、って言われても付き合わない?」
「妙に生々しい」
「答えて!」
「付き合わない」
「なんで?」
暮石が涙目で赤石を見る。
「私恭子ちゃんほど全然可愛くないし、顔だって普通くらいだし、別に頭良いわけでもないし、運動も出来ないし、どんくさいよ? なんで恭子ちゃんに告白されても付き合わないの? 私、赤石君のこと信じられない」
べそをかきながら、暮石は赤石の胸に顔をうずめる。
「あいつは、櫻井が好きだから。どうしたって櫻井との関係を切れないだろ、あいつは」
「……?」
暮石は小首をかしげる。
「それで、俺は櫻井が嫌いだから」
「……それだけ?」
「それだけ」
暮石は再び小首をかしげる。
「え、本当にそれだけ?」
「結構重要なことだろ」
「えぇ……」
暮石が呆れた顔で赤石を見る。
「思想信条を共有できない奴とは仲良くできない」
「じゃあ、もし私が赤石君の嫌いな人を好きになったりしたらどうするの?」
暮石は純粋な疑問を抱く。
「普通に別れるけど」
「……」
暮石は呆気にとられる。
「じゃあ逆に、お前が大嫌いな人を俺が大好きだったらどうするんだよ」
「止めて、って言うけど……」
「お前は間違ってる。お前は彼女を誤解してる、彼女はそんな人じゃない。彼女のことをバカにするやつは許さない、とか言いながら俺がいつもそいつと遊んでたら?」
「……」
暮石は閉口する。
「嫌いな男、嫌いな女、嫌いな上司、嫌いな同期、嫌いな部下。嫌いな先輩、嫌いな後輩、嫌いな親族、嫌いな芸能人、嫌いな配信者。好きな人や物は一致しなくても良いが、嫌いな人や物だけは一致していて欲しい。それが、俺が彼女に求めたいものの一つだな。思想や信条、信念やポリシーを共有できない奴と一緒にいたいと思わない」
「赤石君も赤石君で面倒くさいね」
暮石はすっかり泣き止んだ。
「じゃあ良かった。赤石君が櫻井君嫌いなら、私も櫻井君嫌いだよ」
「……そうか」
「まぁ、もう二度と会うこともないだろうけどね」
よしよし、と暮石が赤石の頭を撫でる。
「じゃあ恭子ちゃんより私の方が上なんだ?」
「ああ」
「恭子ちゃんより私の方が勝ってるから、恭子ちゃんに告白されても告白は受けない、ってこと?」
「そうだ」
「良かった」
暮石は安心する。
「優越感凄い」
暮石は赤石の首元を噛む。
「……そうか」
「じゃあもう恭子ちゃんは敵でもなんでもないね」
「敵だと思ってたのか」
「まぁ、ちょっとはね」
暮石は照れ笑いをする。
「これで赤石君と付き合うかもしれない女の子は完全にいなくなったね」
「嫌な言い方するなよ」
「一人ぼっちだ、赤石君」
「はいはい」
「でも私がずっとそばにいるから、赤石君は一人ぼっちじゃないよ」
「……それはどうも」
暮石は赤石を抱きしめるのを止めた。
「赤石君って、本当モテなさそうだね」
「モテなくて結構。異なる思想信条の奴らと仲良くなんてしなくて良い。思想を侵されるくらいなら、俺は自分の思想を貫いたまま公道で死んでみせるね」
「止めてよ、そんなこと」
暮石が赤石の胸に耳を当てる。
「赤石君っておかしいね」
「まぁ確かにそういう意味では、俺はお前の言っている通り、頭がおかしいだけなのかもしれないな。人から嫌われて仕方のない人間なのかもしれない」
「別にそこまでは言ってないけど」
「普通の奴はそうじゃないんだろうが、俺は嫌いなものが一致できない人間のことは許せない。敵か味方か、殺したい人間かどうでもいい人間か、踏みつけにする相手か、踏みつけにされる相手か。人間は敵か味方かのどっちかしかいない」
「私は赤石君が嫌いなものが嫌いだよ?」
暮石はにこにことしながら赤石の頭を撫でる。
「赤石君も、私が嫌いなものを嫌いになってくれるよね?」
「ああ」
「もし一致しなかったら?」
「お互いに話し合うしかないな。何故そう思って、何故嫌いで、何故そうして欲しいのか。人間なんだから、言葉があるならちゃんと言葉で伝えれば良い」
「そっか」
暮石は赤石の頬に手を当て、そっと唇を重ねた。
「これからも仲良くしていこうね。大好きだよ」
「何回キスするんだよ」
赤石は、苦笑した。




