第510話 初めての下宿先はお好きですか? 14
『料理を作りすぎたので、赤石の家のドアノブにおすそわけの料理をかけておきました。良かったら食べてみてください』
赤石が八谷からのメッセージを開くと、そう簡潔に送信されていた。
「これだけ?」
「みたいだな」
赤石は八谷とのやり取りを軽くさかのぼってみたが、大した内容はなかった。
「じゃ、返信しよっか?」
暮石が後方から赤石に体を密着させる。
「……」
暮石が赤石の耳元にふっ、と息を吹きかけた。
「当ててんのよ」
「何も言ってないけど」
暮石の胸が赤石の背に押し当てられる。
『もう帰ってる?』
赤石は八谷から来たメッセージを少しさかのぼり、暮石に見せた。
「今三葉とホテルで寝てる、って書いて?」
「バカか、お前は」
「やん!」
赤石が暮石の身体を軽く叩く。
「ドエス……!」
「絶対違う」
暮石は赤石に抱き着いたまま、スマホを見る。
「明日返すか」
赤石は八谷からの連絡を見た後、スマホをしまった。
「え、なんで? 可哀想じゃん」
「いや、通知来るまで見たか見てないか分からないだろ」
「こまめに見てるかもじゃん?」
「そんな面倒なことしないだろ」
「もしかして、私に見られないようにするつもり?」
暮石がジロ、と赤石を睨みつける。
「夜も遅いし、通知音で八谷起こしたら悪いだろ?」
「大丈夫大丈夫。女の子って結構遅くまで起きてるから」
「サンプル数一人なんだが」
「卒業旅行でも恭子ちゃん結構遅くまで起きてたよ?」
「あ~」
なるほどな、と赤石は膝を打った。
「同室だったのか」
「うん、同室だった。恋バナとかしてたよ」
「へぇ」
赤石は興味なさげに、話しを打ち切った。
「なんか恭子ちゃん、好きな人がいるらしいよ。誰か聞いたはずなんだけど、誰って言ってたかな……」
暮石は腕を組み、う~ん、と唸る。
「いや、別に言わなくてもいいよ。あいつのプライベートに関わることだし」
「……そっか」
暮石は途中で話を打ち止めにした。
そして、暮石が八谷の想い人を思い出せなかったことから、八谷の好きな人は、暮石が思い出そうとしなければ思い出せない人、ということが確定する。
すなわち。
それは、赤石ではない。
「赤石君は優しいね」
よしよし、と暮石が赤石の頭を撫でた。
「じゃあ返信しても大丈夫か」
赤石はスマホをたぷたぷとスワイプする。
「ちょっと前に帰って来た、心配ありがとう。って返すか」
赤石は暮石に見せながら返信を打つ。
「良いじゃん」
「早速返すか」
「許可する」
「なんで許可制なんだよ。あ、ヤバい、誤字った」
暮石に急かされ、赤石は八谷に誤字のまま返信を返す。
「まぁいいか」
修正するのも面倒になった赤石は、そのままスマホの電源を切った。
「また明日の朝なんて返って来てるか見ようね?」
「ああ」
赤石がスマホをしまおうとした瞬間、赤石のスマホが震えた。
「もう?」
「本当に起きてるんだな」
赤石は再びスマホの電源をつける。
『おかえり。何かトラブルとかあったの? 遅くまでお疲れ様』
ものの数秒で、八谷からの返信が返って来ていた。
「恭子ちゃん相変わらずスマホ好きだなぁ」
「スマホなんか皆好きだろ」
「なんて返す?」
暮石が赤石に密着しながら、頭を撫でる。
「トラブルはないけど、ちょっとスマホ見れない状況だった。おやすみ、って返すか」
赤石はスマホに打ち込み始める。
「暮石とエッチしてた、って書こ?」
「お前はバレたいのかバレたくないのかどっちなんだ」
「な~に、冗談じゃん。赤石君ったらすぐ怒るんだから」
こちょこちょ、と暮石が赤石の腹をくすぐる。
「くすぐったい」
「すぐ怒る赤石君への罰だ!」
暮石はそのまま赤石の服の中に手を入れ、赤石の身体を撫で回す。
「よし、打った」
赤石が返信を送り、しばらく待つと、八谷から再び返信が来た。
『そっか、大変だったね。おやすみ』
簡潔に、そう返って来た。
「今度こそ本当に終わりだな」
「ね~」
赤石は次こそ本当にスマホをしまった。
暮石はまだ赤石の身体を撫で回し続けていた。
八谷は一人、自室で布団にくるまっていた。
時刻は一時を回っている。
スマホの電源を何度もつけては消し、つけては消しを繰り返す。
赤石からの連絡が来ているんじゃないか。
そろそろ連絡が来ているんじゃないか。
何度スマホの電源をつけても、赤石からの連絡は来ない。
「はぁ……」
八谷は布団の中で丸まった。
「心配」
結局、待っている間に赤石が家に帰って来ることはなかった。
平田とどこかに行くと言っていたが、その道中で事故に遭ったりはしていないのか。
何かトラブルに巻き込まれたりはしていないか。
何故返信が返せないのか。
ぐるぐると、考えても仕方のない邪推が八谷の脳内を支配する。
赤石は今、どうなっているのか。
布団に丸まり、眠れない夜を過ごしていた所、八谷のスマホの通知音が鳴った。
「……っ!?」
八谷はガバ、と跳ね起き、スマホの電源を即座につけた。
「……あ」
赤石からの連絡が、返ってきていた。
「赤石……赤石赤石赤石!」
八谷は嬉々として、赤石からの連絡を開いた。
『ちょっと前に帰って来た、心配ありがとうり』
赤石からのメッセージが、八谷の目に飛び込んでくる。
「~~~~~~~~~~~~~~~!」
八谷は布団の中でのたうち回った。
「何これ可愛すぎ」
八谷は赤石からの返信をスクショした。
だがあえて誤字には触れず返信を返す。
赤石の誤字で自分が何か感情を動かされたと、思われるのが恥ずかしかった。
『おかえり。何かトラブルとかあったの? 遅くまでお疲れ様』
赤石の返信が何故遅くなったのかを知りたくなった八谷は、赤石に探りを入れてみる。
あえてトラブルがあったかどうかを聞くことで、赤石が何をしていたかを知りたいのではなく、トラブルなどに巻き込まれていないか心配しているだけなのだ、とのスタンスが取れる。
何故遅くなって、今まで何をしてこんなことになっているのか、という本心を隠すための、ただのポーズ。
八谷は赤石に返信する。
ほどなくして、赤石から連絡が返って来る。
『トラブルはないけど、ちょっとスマホ見れない状況だった。おやすみ』
八谷はニヤニヤと笑う。
赤石の文面から、まず、赤石の身が脅かされるような何かがあったわけではない、ということが分かる。
そしてスマホを見れない何かしら忙しい状況だったことも分かる。
最後に、おやすみ、とついていることから、赤石は今家に一人でおり、自分が赤石にとっての最後の話し相手だということも、読み取れた。
「~~~~~~~~~~~!」
八谷は布団の中でじたばたと暴れた。
すぐさま返信を返す。
『そっか、大変だったね。おやすみ』
もう知りたいことは、全て知れた。
あえてそっけなく、返してみた。
今赤石は家で一人、寝ようとしている。
「赤石……」
再び赤石の名前を呟く。
スマホを手に、にやにやとしながら画面を眺める。
「今から行こっかな……」
八谷はベッドから降り、服を着替えようとする。
「いや、普通に迷惑よね……」
だが正気を取り戻し、再びベッドに戻った。
「はぁ……」
ため息ばかりが出る。
「赤石……」
何度も。
何度も何度も何度も、名前を呼びたくなる。
「好き」
八谷は、そう呟いた。
そして頬を染め、手で顔を隠す。
羞恥に耐え切れなくなる。
「赤石、赤石、赤石……」
誰に言うでもなく、八谷はそっと、赤石の名前を呼び続けた。




