第509話 初めての下宿先はお好きですか? 13
「シよっか?」
暮石はその細く長い肢体を赤石に見せつけながら、そう言った。
「……」
赤石は暮石に目を奪われたまま、その場で立ちすくむ。
そして、
「ごめん、無理だ」
赤石はにべもなく、断った。
「なんで?」
暮石は一糸まとわぬ姿で、赤石に聞く。
「私が嫌いなの? 飽きちゃった? そこまでするほどじゃなかった? そんなに好きじゃなかった? 他の女がいるの? 何か約束してるの? 他の女と遊びたいの? 私とは結婚したくないの? なんで? ねぇ、なんで? 答えて。私が納得できるだけの理由を教えて」
暮石はそのまま赤石に歩み寄り、問い詰める。
「いや、ごめん。正確には、今日は無理だ」
赤石は近寄る暮石の圧力に押されながらも、答える。
「……どうして?」
落ち着きを取り戻した暮石はゆっくりと、赤石に尋ねた。
「まだ付き合って昨日の今日だろ? 俺はそんな急に物事を進められない」
「赤石君はまだ女の子と付き合ったことないから知らないだけだよ。普通のカップルってこのくらいの早さでもうヤっちゃってるよ? というか、むしろよく付き合うまで待ったよね、って感じ」
「それは知らないけど」
どうどう、と暮石を落ち着かせる。
「俺は遊びの予定とかも事前に決めておきたいタイプなんだよ。ましてや、そういうことをするならちゃんと俺にも責任が付いて回って来るだろ。そんな簡単にやって良いことじゃないと思うし、ちゃんと正規の手順を踏んで正規のタイミングでやらせて欲しい」
「赤石君の心の準備が整ってないから、また今度ってこと?」
「ああ」
「今度っていつ? 明日? 明後日? それとも一年後? そういうのはっきりしてくれないと、私待てないよ」
「今じゃないけど、数週間先とか数カ月先とか、それくらい。そんなぽんぽん、テンションだけで進めて良い話じゃないと思う」
「……そっか」
暮石は肩を落としつつも、納得した。
「じゃあ」
暮石は赤石の首に腕を回す。
暮石の唇が赤石の唇に、押し当てられた。
「……っ!?」
暮石の舌が赤石の口内に侵入する。
赤石は暮石に抵抗するが、暮石が赤石の頭を押さえつけ、抵抗を許さない。
「愛してるよ、赤石君」
暮石は赤石の口内をさんざ侵した後、唇を離した。
「お前……」
赤石は暮石にいいようにされ、顔を赤くして口元を隠す。
「ふふ」
暮石は赤石の眼前で、妖しく笑う。
「こんなことで顔赤くしちゃって、かぁいい」
暮石が赤石の唇に再び、そっと触れた。
「……」
赤石は、眼前の暮石と目を合わせることが出来ない。
「赤石君、普段あんなに偉そうに人のこと馬鹿にしてるくせに、こういうことには弱いんだ? こういうことなら、赤石君は一方的に防戦なんだ? そんなに顔赤くしちゃって」
暮石は馬鹿にしたような口調で、赤石を追い詰める。
「赤石君、女の子のこと全然知らないんだ。全然防御力ないんだ? こんなことですぐ恥ずかしがっちゃって、赤石君はかぁいいかぁいいねぇ」
暮石は赤石の頭を撫でながら、赤石の首元に顔をうずめる。
「大好きだよ、赤石君」
暮石は赤石の首元に唇を当て、吸った。
「これで赤石君は私の物だね」
赤石の首元についたキスマークを眺め、暮石は満足そうにそう言った。
「全く……」
赤石は顔を赤くしながら、かつ呆れた顔で暮石を見る。
「私のご主人様」
暮石は赤石の首に腕を回したまま、真正面から目を見つめる。
「今回はこのくらいで許しといてあげる」
「ふざけてるな」
赤石は短文で返すことしか、出来なかった。
「愛してるよ、赤石君。誰よりも」
暮石は赤石から離れ、落としたタオルを取りに戻った。
タオルを拾い、再び体に巻く。
「赤石君のファーストキス、奪っちゃった」
そしてくるりと振り返り、赤石にポーズを取った。
「……そうだな」
赤石は自身の唇を軽く撫でた。
「じゃあ私たちが出来るのはゴールデンウィークかな、それとも夏休みかな。楽しみにしてるね」
「ああ」
暮石はるんるんと上機嫌で、浴室へと戻った。
数分後、暮石が再びリビングへ戻って来る。
「三葉ちゃん、再び参上!」
下着だけを装着した状態の暮石が、赤石の前に登場する。
「赤石君、私が裸の時も全然目逸らさなかったね」
「レアだからな、そんなの見れるの」
「私は赤石君の身体見てないけどね」
「そんなの見ても面白くないだろ、別に」
「えぇ~」
暮石は赤石の背後に回る。
「とりゃっ!」
そして赤石の服の中に手を入れた。
「くすぐったい」
「とりゃとりゃとりゃとりゃとりゃぁ!」
暮石はそのまま赤石の身体をまさぐる。
「お主、良い身体しとるじゃないかぁ、ほれほれほれぇ」
「変態おじ止めろ」
暮石が赤石の身体を撫でまわす。
「ここがええんかぁ? ここがええんかぁ?」
暮石は赤石の腹を撫でて、つねって、遊ぶ。
「すべすべお腹ガニだ」
「蟹じゃない」
「赤石君お腹ぷにぷに~」
「放っといてくれ」
暮石が背後から、赤石の腹をまさぐる。
「筋トレしてくれない? 私腹筋割れてる人が好きだから」
暮石が後方から顔だけ出し、赤石に相談する。
「やっておくよ」
「よろしい」
暮石は赤石の服の中から手を抜いた。
「もう遅いし、そろそろ寝るか」
日をまたぎ、時刻は一時を回っていた。
「そだね。私も満足できたし」
二人はベッドに潜った。
「じゃあ、おやすみ」
赤石は電気を消し、暮石とは逆方向を向いた。
「ちょっとちょっと赤石君、なんでそっち向くの?」
「なんか向かい合ってたら寝づらいだろ」
「全然そんなことないよ!」
暮石は後ろから、赤石に密着する。
「ぎゅ~」
暮石は赤石を抱きしめた。
「落ち着く」
「そうか」
「赤石君は?」
「向かい合ってないならまだ大丈夫そうだ」
「人と向かい合って寝れないの?」
「安心できない」
「人の顔とか苦手なんだね」
「鏡で自分の顔見ても落ち着かないくらいだからな。人の視線って結構有害だと俺は思うよ」
電気も消し、完全な夜の中、二人は会話する。
「なんか修学旅行の夜みたいだね」
「はは。そうだな」
赤石は苦笑した。
「……」
「……」
暮石は無言で、赤石を抱きしめる。
「私の裸、どうだった?」
数秒の沈黙の後、暮石は赤石にそう尋ねた。
「どう、って……」
赤石は返答に窮する。
「女の子の裸とか見たの初めてでしょ? 赤石君童貞だし」
「……」
赤石は再び返答に窮する。
「え?」
暮石が赤石の顔を覗き込んだ。
「お母さんの、とか言わないよね?」
「……」
赤石は無言を貫く。
「おい、寝たフリするな赤石被告」
暮石が赤石の鼻をつまむ。
赤石は口で呼吸する。
「赤石被告!」
暮石は赤石の口を塞いだ。
「起きてる、起きてるから止めてくれ」
赤石は暮石の手をどけた。
「え、彼女とかは初めてなんだよね?」
「ああ、初めてだよ」
「え、じゃあなんで女の子の裸とか見る機会あったの?」
「……」
「どういうこと、どういうこと? もしかして私が知ってる人?」
「……」
赤石は何も、言わなかった。
「これはまた裁判ですね」
「そんなお前が思ってるようなことはなかった、と、思う」
「もう遅いから、また今度聞きます。覚悟しててください、赤石死刑囚」
「殺される……?」
暮石の表情が見えない。
赤石は後ろを振り返るのをためらった。
「……」
「……」
裸の一件から、二人の間に妙な沈黙が流れる。
「もみもみ」
「揉むな」
暮石が赤石の胸を揉む。
空気を明るくしようとしたんだな、と察して赤石は暮石に突っ込んだ。
「おっぱいって大きければ大きいほどいいんでしょ?」
「女に限るだろ、それは」
「赤石君もメスにしてあげるから」
「恐ろしい脅しを使うな」
「メス石悠人」
「勘弁してくれ」
言いながらも、暮石は赤石の胸を揉み続ける。
「そいえば赤石君、今日スマホ見た?」
「あ~」
赤石はカバンをガサゴソと漁り、スマホを手に取った。
「見てなかったな、しばらく」
「女から連絡来てないかチェックして? 私も一緒にチェックするから」
「まぁ、別に良いけど」
情報を秘匿することに抵抗がある赤石は、暮石の言うことを聞いた。付き合っているのなら全ての情報を開示するべきである、というのが赤石の信条でもあった。
赤石はスマホの電源をつけ、アプリを開いた。
赤石宛に、八谷からの新しい連絡が来ていた。
「来てるじゃん、恭子ちゃんから」
「弁当の件かな」
「恭子ちゃんからの連絡見せて」
「分かった」
「一緒に返信メッセージ考えよっか?」
「俺の意志で返信させてくれよ」
二人は八谷からのメッセージを、開いた。




