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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第2章 文化祭 前編
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第49話 葉月冬華はお好きですか? 1



「…………」

「…………」


 掃除時間、赤石は八谷と共に掃除をしながら、黙り込んでいた。


 赤石は一人黙々と掃除をこなしていた。


 八谷と二人になる機会を出来るだけ減らしながら、掃除をしていた。


 八谷も赤石も、共に言いしれない居心地の悪さがあった。二人は、既にどれだけ関わらずに過ごすか、ということに要点が置かれていた。









 翌朝――


 赤石は眠たげな目をこすり、いつものようにのろのろと通学していた。


 学祭で脚本家に選ばれた赤石は夜遅くまで様々な小説や漫画を読み漁り、ちょっとした睡眠不足に陥っていた。

 幸い両親が読書家であるので、家には一〇〇〇冊を超える蔵書があり、ストーリーの組み立て方を勉強するには悪くない環境であった。

 高梨の人選は、幸運にもそこまで悪くない人間へと収束していた。


 何もない所でつまずきかけた赤石に、後ろから小石が当たる。


「眠そうじゃない、赤石君」

「あ…………ああ」


 後ろから、高梨が声をかけてきた。


「石投げたのか、高梨?」

「そうよ。何か悪い?」

「いや、石投げるなよ…………。危ないだろ」

「投げたんじゃないわ、蹴ったのよ。たまたま当たった事は謝るわ。悪かったわね」


 自己嫌悪の欠片すら思わせない表情で、高梨は謝罪した。 

 はぁ、と小さくため息を吐く。 


「俺を脚本家に選んだのは、俺を同級生たちから引き離すためか?」

「その通りよ」


 全く悪びれず、高梨は断言した。

 間違った対応ではなかったため高梨を怒ることも出来ないが、釈然としない表情をする。


「釈然としない、って顔をしてるわね」

「いや…………厚意は、受け取った」

「赤石君に好意なんてないわよ?」

「厚い意で厚意だ。お前の好意の行き先は櫻井だろ」

「あら」


 どうして知っているの、と言いたげな顔で手で口元を押さえる。仰々しく驚いた顔をする。


 白々しい…………。


 高梨の表情を見た赤石は、目を細める。


 白々しい。

 普段、櫻井の正妻だと公言しているのにも関わらず、その好意がバレていないとでも思っていたのか。


 そう、思った。


 それと同時に、何故自分はこんなことを言ってしまったんだろうか、と自己嫌悪にも陥った。

 高梨の策謀にはまったというべきか、誘導尋問にはまってしまったというべきか、いかにも自然な対応で、反射的に高梨の好意を話してしまったのかもしれない、と客観的に見る。


 客観的に見ていると、赤石自身は思っている。


 いや、もしくは…………。


 考えを改める。


 もしくは、自分はお前の好きな人を知っているんだぞ、と脅し、優位な立場に立とうとしたのかもしれない。

 或いは、どうせお前も櫻井が好きなんだろう、と自身の悪辣な思考を相手にぶつけたのかもしれない。


「…………」


 全てを高梨の責任にしようとした自分の浅ましさを責める。


「…………」


 どうせお前も櫻井が好きなんだろう。


「…………」


 皆が皆櫻井櫻井うるせぇんだよ。


「…………」


 敬意を示している高梨だからこそ、そんな高梨が櫻井を慕うのが、気に入らなかったのかもしれない。


「…………」


 そんな自分の昏い感情がそう言わせたような気がして、ならなかった。

 赤石は光のない目で高梨を見る。

 だが、高梨に自分を責めるような感情は見られないな、とうっすらと安心する。 

 

 傑物。

 

 そう、思っていた。


 まだ数少ない回数しか高梨と接触していなかったが、高梨に対する印象は、その一言に尽きた。

 

 傑物。才女。叡智の結晶。


 高梨はありとあらゆる言葉の贅を尽くしても言い表せることの出来ないようなカリスマ性を持っていると、感じていた。


 理知的な返答に、それでいて相手を黙らせるだけの正論。


 いや、正論ではないこともあったのかもしれない。

 だが、白を黒にしてしまうほどの弁舌の確かさと、自身の論を正論に見せかけるだけの実力があると、そう思った。


 どうしてここまで傑出した才能を持っているのに櫻井の悪行に気が付かないのだろうか、と考えるが、屋烏の愛というべきか、妄信や溺愛に近い感情が働いているのかもしれないな、と思う。


 高梨はうっすらと頬を染め、両手で顔を挟んだ。


「自分の好きな人が余人に当てられるのは何とも恥ずかしいものね」


 くねくねと上体を捩らせながら、目をつむる。

 

「…………」


 赤石は高梨を白眼視する。

 尊敬していたからこそ、その好意が櫻井に向くのが嫌だった。


 高梨は上体を捩らせながらも、そんな冷たい視線を送る赤石のことを睥睨していた。

 

 赤石と高梨が益体もないやり取りをしているすぐそばを、八谷が通った。


「…………」


 高梨に視線を向けていた赤石は、八谷を見た。

 八谷もまたほんのわずかに振り向き、赤石を瞥見した。


「――――――」

「…………」


 八谷はほんの少し口を開き、何かを喋ろうとしたが、


「あら、八谷さんじゃない。おはよう」

「…………」


 高梨が、八谷に声をかけた。

 八谷は眉をひそめ、赤石を見る。


「………………おはよう」


 八谷は小声で挨拶をすると、小走りで学校へと向かった。


「愛想のない子ね」

「…………」


 高梨は八谷を見送りながら、個人的な感想を送る。

 

 八谷は高梨とあまり仲が良くないように見える。


「私と八谷さんは、別に仲は悪くないわよ」


 そんな赤石の胸中を察した高梨が、答えるようにそういった。

 

「仲が悪くないだけで、良くもないわ。いわば、ほとんど他人のようなものよ」

「…………」

 

 同じ部活で同じように櫻井と共にいつもいるのに、そうなのか。

 そんないびつな関係なのか。


 一体お前らは何なんだ。櫻井を取り合っているから仲が悪いのか。

 ありとあらゆる感情が沸いて出てきては、泡沫のように消え失せる。


 赤石は櫻井を取り巻く女たちのあまりにも擦れた人間関係を、肌で感じていた。



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