第506話 初めての下宿先はお好きですか? 10
「赤石君お料理上手だね~」
暮石は赤石が料理する様子を傍で見ていた。
「料理に上手いも下手もないだろ。レシピ通りにやるだけ」
「そういうことが出来るのが上手いって言うんだよ?」
「そんなことないだろ。マニュアルさえあれば、業務は全て単純化することが出来る」
「ビジネスマンみたいなこと言ってる」
赤石はパスタを作り終え、皿に盛りつけた。
「あっち行ってくれ」
「え、どっちどっち?」
暮石は皿を持つ赤石の前に立ち、リビングまでの通路で立ちふさがった。
「リビング」
「抱っこして良い?」
「止めてくれ。パスタがこぼれる」
「冗談冗談」
暮石はリビングに向かい、机の前に座った。
「赤石君もほらほら」
暮石は自分の隣の席をポンポンと叩く。
「どうも」
赤石はパスタを机の上に置き、暮石の隣に座った。
「お料理作ってくれてありがとう~」
「ああ」
赤石と暮石は食前の挨拶をし、パスタに手を付けた。
「美味しい!」
「普通の味だろ」
赤石と暮石は料理を楽しむ。
「赤石君には味覚とかないの?」
「男は味覚が退化してる生き物だから、食事から得られる幸福が少ないんだよ」
「可哀想な人生」
「本当にな」
暮石は赤石の料理に、舌鼓を打つ。
「確かに普通の味だけど、普通に美味しいよ」
「それはどうも」
「何見る?」
暮石はリモコンを操作し、映画を選ぶ。
「これ見て良い?」
暮石は一本の映画を選択した。
「良いよ」
「赤石君はこれ見たことある?」
「いや、ないな。でも面白そうな映画だな」
映画の紹介ページに、その映画の内容が簡潔に記されていた。
「人の心の中の感情に乗り込んで、その人の感情を取って来る話……?」
「意味が分からないな」
「ね~」
暮石は映画を開始するボタンをクリックした。
「なんか彼氏の家で一緒にテレビ見るのって、ちょっとエッチじゃない?」
「俺は結構家族感があって、和やかな感じがするな」
「えへへ」
暮石が赤石に頭を預ける。
「のび~」
暮石と赤石は料理を時たまつまみながら、映画を鑑賞する。
「……」
「……」
「これどういうこと?」
「見てたら分かるんじゃないか?」
「難しい……」
暮石と赤石は映画を真剣に視聴する。
「あ」
映画に集中しながら料理をつまんでいると、いつの間にか全て平らげてしまっていた。
「私デザートセット取って来るね?」
「ありがとう」
暮石が席を外し、冷蔵庫に入っているデザートの詰め合わせセットを取って来た。
「どうぞ」
「ありがとう」
暮石が机の上にデザートセットを置く。
そして暮石は自席に戻らず、赤石の前に座った。
「えへへ」
そして赤石の両腕を、自身の首に巻き付けるようにした。
「抱っこ」
「ああ」
赤石は映画の視聴に夢中になり、暮石への意識が疎かになる。
暮石は赤石に抱かれるような形で、映画を見ていた。
「……」
暮石がデザートセットの果物に手を伸ばす。
果物を手に取り、赤石の口元に持って行く。
「ありがとう」
赤石は暮石の手から果物を口に入れられた。
咀嚼をした後、暮石に礼を言う。
「幸せ」
暮石は赤石に後方から抱かれたまま、映画を見る。
「赤石君、雛鳥みたい」
「誰がだ」
「適当な突っ込みだな~」
暮石は赤石に寄りかかり、徒食する。
『俺が殺した、って言うのか……?』
『ああ、そうだ。お前は自分が何者なのか、未だに理解しきれていない』
暮石が、ふああ、とため息を吐く。
赤石は映画にのめりこむ。
「これどういうことなの~?」
暮石が映画を見ながら、赤石に感想を求めた。
「作品自体が階層構造になってるみたいだな。今いる世界が現実なのか、相手の心の中なのか、心の中の感情の中の話なのか、今自分がどのレイヤーにいるのかを理解しながら見ないといけないみたいだ」
「なんで階層構造になってるの?」
「人間自体の感情が階層構造になってるから、それに合わせてるんだろうな。それに喜怒哀楽の感情を紐づけて、色んな感情の中で起きる物事を描いてるんだろうな」
「よく分かんないなぁ……」
暮石は大きなあくびをする。
赤石は暮石を抱きしめながら、映画を見る。
そうこうしているうちに、映画を見終わった。
「ふう」
「お疲れ様~」
暮石は後方にいる赤石の頭を撫でた。
「よく分かんなかったね」
「そうか? 俺はかなり楽しめたけど」
「そ~う?」
暮石は果物を食べ終えていた。
「あ、全部食べちゃった」
「美味しかったな」
「デブになっちゃうかも」
「諦めろ」
「デブになっても好きでいてくれる?」
「許容範囲を超えてなければ」
暮石が自身のお腹をさすった。
「ほら、触ってみて?」
暮石は赤石の手を掴み、自身のお腹を撫でさせた。
「パンパンだな」
「食べすぎちゃった」
暮石は眠たげに瞼をこする。
「赤石君って大学入ったらどこのサークル入るの?」
「映研」
「英検?」
「映画研究部」
「へ~」
暮石はスマホを手に取り、北秀院大学にあるサークルの一覧を見た。
「赤石君も見て~?」
赤石は前に座る暮石の肩越しに、スマホを見る。
「北秀院ってこんなにサークルあるんだって~」
暮石は赤石にスマホを見せた。
「赤石君が映画研究部に入るなら、私もそこ入ろっかな~」
暮石はスマホをスワイプしながら、何気なく言う。
「なんで映研入ろうと思ったの?」
「先輩に勧められて」
「先輩?」
暮石の耳がピク、と動く。
「何の先輩?」
「高校の頃の」
「大学は、って聞いてんの」
「北秀院。生徒会長の未市先輩だよ」
「ふ~ん……」
暮石は赤石から視線を外し、再びスマホをスワイプし始めた。
「入らないで、って言ったら入らないでいてくれる?」
暮石が上目遣いで、赤石に聞いた。
「いや、どうだろうな……」
赤石は悩む。
「嘘、冗談」
暮石がふ、と苦笑した。
「私も映研入るから良いよ」
「……そうか」
暮石は映研のホームページを出した。
「二人で思い出の大学生活作ろうね?」
「……そうだな」
赤石と暮石は二人、映研に入ることを決めた。
「あと、恭子ちゃん」
「……?」
暮石がスマホをぱた、と机の上に置いた。
「もう二人で一緒にどっか行ったりとか、なしだからね?」
暮石が嫉妬の炎を燃やした瞳で、赤石を睨めつける。
「別にお前より良い女が見つかったら別れても良いんじゃなかったのか?」
「昔はそう思ってたの」
「昨日の今日だが」
「じゃあ、こうしよう」
暮石がピン、と人差し指を立てる。
「もし恭子ちゃんと二人でどっか行ったりすることになったら、ちゃんと事前に連絡はしてね?」
「……ああ、分かったよ」
赤石は肩をすくめる。
だが、暮石という彼女が出来てしまった手前、暮石の言うことには従わないといけない。
「女の子の連絡先とかって、消せたりする?」
「いや、ちょっと無理があるだろ……」
赤石の自身のスマホを見た。
「冗談冗談」
「普通に生きていく上で全く関わりなく、ってのはちょっと難しいな。部活とか入らないなら容易かもしれないが」
「でも頭には常に私のことを思い浮かべててね」
「分かったよ」
「大好き」
暮石は赤石の首元にキスをした。
「痕が付く、痕が」
「良いじゃん、どうせ誰とも会わないんだから」
「勝手に引きこもり扱いにするな」
「でへへ」
二人はその体勢のまま、しばらくの間雑談を楽しんだ。




