第505話 初めての下宿先はお好きですか? 9
「よしっ!」
赤石と暮石はタッパーについた汁を拭きとり、全て冷蔵庫の中に入れた。
「全部入ったね」
「そうだな」
「全部……入ったね」
「二回言うな」
「ね~」
にこにこと暮石が赤石に微笑みかける。
「恭子ちゃんのお料理楽しみだな~。今から食べる?」
「いや、重そうだし良い」
「そっか。じゃあ明日の朝とか食べる?」
「そうしよう」
赤石はカバンを下ろし、購入したフルーツの詰め合わせセットなども冷蔵庫に入れる。
「拙者フルーツ大好き侍でござる……」
暮石もデザートの詰め合わせセットを冷蔵庫の中に入れるのを手伝う。
「嫌いな奴いねぇよ」
「お姉さんはそんなことないと思うなっ!」
「はいはい」
スーパーで購入した、冷蔵が必要な食料を全て入れ終えた。
「よし」
赤石は軽く伸びをした。
「リビング行くか」
赤石家では玄関の近くに冷蔵庫が置いてあり、その先の部屋にリビングがあった。
「あ」
暮石が人差し指を立てる。
「どうした」
「その前に……」
暮石が赤石に向かって、両手を広げた。
「……?」
赤石は小首をかしげる。
「抱っこ」
暮石が赤石の目を見つめながら、物欲しそうな目でそう言った。
「赤石君、外にいる時ずっと人がいるから人がいるから、って何もしてくれなかったよね? 今は誰も見てないんだから、できない理由はないよね? そうだよね? おかしいもんね? 赤石君の言葉が全部嘘だったってことになるんだから。赤石君は私に嘘なんて吐かないよね? そうだよね?」
「……」
赤石は複雑な表情をする。
「だ~っこ」
暮石が再び、赤石にねだる。
「まだ付き合ったばっかりだろ」
「彼女のこんなささやかなお願いも聞いてくれないの? 彼氏の赤石君は」
「……」
「彼氏の赤石君」
暮石はくすくすと笑う。
「付き合ったばかりじゃ抱っこもしちゃ駄目なの? そんなおかしいこと? 私はずっと赤石君のこと考えてたのに、赤石君はそうじゃないんだよね? 私の言ってることって、そんなにおかしいこと? 彼女が彼氏に抱っこを求めることが、そんなにおかしいこと? 私が悪いの? 赤石君が悪いの? どっちなの?」
暮石は次々に赤石に質問を繰り出す。
「分かったよ」
赤石は軽くため息を吐いた。
そして暮石が広げた腕の中に入り、暮石を抱きしめた。
「きゃーーーーーーーーーーーー!!」
暮石が赤石を強く抱きしめ返す。
「抱っこ、抱っこ!」
赤石は暮石の頭をポンポンと撫でた。
「やば」
暮石が赤石の胸に顔をうずめたまま、吐息を漏らす。
「死にそう」
「止めとくか」
赤石が暮石から距離を取ろうとする。
「無~~~~理~~~~~!」
暮石は赤石の体をぎゅっと掴んで、離さない。
「んあ~~~~~~~~~~~」
暮石は赤石の胸に顔をうずめたまま、話す。
「ヤバい」
「……そうか」
赤石はどうとも言えない表情で暮石に身を任せた。
「優越感ヤバい」
「何に対してだよ」
「…………」
暮石は赤石にぎゅっと抱き着く。
「……」
「暮石?」
「赤石君を十八年間も必死に育ててきたお母さんとお父さんに」
「そうか」
「お母さんとお父さん、あなたたちが十八年間必死で育ててきた息子は全部私の物になりました」
「大袈裟だろ」
赤石は苦笑する。
「は~~~~~~~~~~~」
暮石が赤石の胸の中で息を吸う。
「あ~~~~~~」
暮石は、ぷは、と赤石の胸から顔を離した。
「すっごい良い匂いする」
「するわけないだろ」
「いや、本当本当」
暮石はもう一度赤石の胸に顔をうずめ、深呼吸する。
「やば」
「そうか」
よだれついちゃった、と暮石は赤石の服の胸辺りをゴシゴシとこする。
「もういいか?」
「まだ無理」
「動かせてくれ」
「あと十分くらいこのままで」
「おいおい……」
暮石は赤石をギュッと抱きしめたまま、十分間そのままの体勢でいた。
「もういいか?」
赤石は暮石に再び問いかける。
「はぁ……」
名残惜しそうに、暮石は赤石への拘束を解いた。
「仕方ない。一旦離してあげる」
暮石は赤石を解放した。
「とりあえず部屋入って良いか?」
「うん、話はそこからだよね」
赤石と暮石はリビングへと入った。
「わ~」
暮石は赤石の部屋を見渡す。
「殺風景~……」
赤石の部屋にはこれといって鮮やかな物も何もなく、ただただ必要な物だけが必要な場所に置かれていた。
「そんな人来る用の部屋じゃないんだよ」
「私のぬいぐるみとか今度持って来てあげるね」
「いらん、そんな物。何に使うんだよ」
「心の癒しじゃん」
「俺にそんな感情はない」
赤石は冷蔵しない食料、食材を定位置に置き始めた。
「私、何手伝う?」
「そこら辺座っておいてくれ。客だし」
「おっけ~」
暮石はちょこん、と座った。
赤石は卒業旅行に持って行った衣服や、購入したお土産をしまう。
「楽しかったね~、卒業旅行」
「そうだな」
「つい昨日のことのように思い出されるよ」
「つい昨日のことなんだよ」
赤石は服を洗濯カゴの中に入れる。
「ふむふむ」
気付けば、暮石が赤石の後方にいた。
「どうした?」
「赤石君のパンツはそんなところにあるんだねぇ」
「そうだ」
「今度漁ろっと」
「何も出て来ないぞ」
「全部引き出したら、一番下になんか冒険にお得なアイテムとか眠ってるじゃないの?」
「眠ってない」
赤石は下着用の引き出しを閉めた。
「お前に自由にさせておいたら、いつの間にか俺の私物が消えそうだ」
「良いじゃん、彼女なんだから。パンツの一枚や二枚くれても」
「無断で持って行かれるのが問題なんだよ」
「頭にかぶるくらいしかしないよ!」
「するな、そんなこと」
「何さ、ケチ!」
暮石はぷんぷんと怒りながら、元の場所へと戻る。
「今からさ、何、する?」
そして暮石はそっと、赤石に尋ねた。
「もう結構夜遅いからな」
赤石はその場で立ち止まり、考えた。
「映画とか見るか?」
「お、良いじゃん」
赤石は暮石にリモコンを渡した。
「サブスク入ってるから、何か見たそうなやつあったら選んでくれ」
「ほぇ~。気が利く~」
赤石が荷物を片付けているうちに、暮石が映画を選ぶ。
「一番エロそうなやつにしよ」
「普通に面白そうなやつ選んでくれ」
赤石は一通り荷物を片付け終え、キッチンへと向かった。
「赤石君~?」
リビングに一人にされたため、暮石がキッチンにいる赤石の下へと向かった。
「何か食べたいだろ? 軽く作る」
「ほぇ~」
暮石が赤石の下までやって来た。
「女がキッチンに入るな!」
「行き過ぎた時代の末路だ……」
暮石が赤石を後方から優しく抱きしめる。
「何作るの?」
「何が食べたい?」
「赤石君が作るなら何でも」
「じゃあパスタ」
赤石は暮石に抱き着かれたまま、パスタ用の食材を探す。
暮石は赤石の動きに合わせ、抱きしめたままついて行く。
「邪魔だなぁ」
「金魚のフン」
「汚いことを言うな」
「女の子らしくない?」
「ああ」
「女の子らしくなきゃダメかな?」
ダメぇ? と暮石が赤石にキラキラとした目を見せる。
「お前はお前らしくいれば良いよ」
「スパダリじゃん」
暮石が赤石の背中にくっ付いた。
「スパダリやん」
「変な関西弁使うな」
赤石はパスタ用の食材を見つけ、調理を始めた。




