第503話 初めての下宿先はお好きですか? 7
「う~、さむさむ」
暮石が赤石の隣で手をこする。
「さむさむ」
暮石が赤石のポケットに手を入れた。
「おい」
「良いじゃん良いじゃん、減るもんじゃないんだから」
手を温めることに成功し、はぁ、と暮石は和やかな顔をする。
「もみもみ」
「足を揉むな」
「お客さん凝ってますねぇ」
「足が……?」
暮石は赤石のポケットの中から、赤石の脚を揉む。
「家まであとどれくらい?」
「あと二十分くらいだな。着きそうになったら言うよ」
「おっけ~」
暮石は赤石に体を寄せた。
「赤石君、赤石君」
「なんだ」
「もうちょっと近うよれ」
暮石は赤石の顔をぐい、と自身に近づけさせた。
「やっぱり赤石君、背高いね」
「男の平均身長くらいだぞ」
「女の子からしたら、やっぱりそれでも大っきいよ」
暮石はスマホを取り出した。
「はい、チーズ」
「また古い……」
暮石は赤石と自分の顔が映るように、自撮りした。
「へへへ」
暮石は写真を見ながら、ニヤニヤとする。
「ツーショ撮っちゃった」
「ああ」
暮石に引っ張られ服に皺が寄ったため、赤石は上着の皺を手で直した。
「待ち受けにしていい?」
「バレるぞ」
「そっか~」
ん~、と暮石は悩む。
「家のパソコンの待ち受けにしよ」
「パソコン使うたびに俺の顔出てきたら萎えるだろ」
「興奮する」
「変わった奴だな」
暮石は再び赤石と手をつなぎ、赤石にくっ付いた。
「……」
「……」
二人は無言で、ゆっくりと歩く。
「人少ないねぇ」
「夜だからな」
道路には赤石と暮石の二人しか、いなかった。
車道を、時たま車が走る。
「夜なのに、結構明るいね」
「大通りだからな」
街灯が一定間隔で設置されており、赤石たちはある程度の明るさを確保できていた。
加えて、大きな満月が赤石たちをほのかに照らす。
「お月様出てるね」
「本当だな」
暮石の言葉を聞き、赤石は空を見上げた。
「赤石君って空見るの好きだよね」
「好きだ」
「もう一回」
「好きだ」
「でへへ」
「でへへ、じゃないんだよ」
暮石は頭をかく。
「俺も好きだ、赤石……」
暮石が顎に手を当てながら、赤石に言う。
「どうも」
「結婚しよう、赤石……。お前が好きだ」
「キャラ変わってるぞ」
「やん!」
赤石が暮石の横っ腹を掴む。
暮石は頬を膨らませながら、赤石に抗議する。
「バカ!」
「バカで結構」
暮石はふてくされながらも、赤石とつないだ手は離さない。
「お月様明るいね」
「ああ」
「……」
暮石はじっと赤石を見た。
「今夜は月が、綺麗ですね」
そして赤石に、そう言った。
「そうだな」
赤石は無感動に言う。
「お前の方がもっと綺麗だよ、って言ってよ~!」
暮石がぶんぶんと腕を振る。
「風情台無しすぎるだろ」
「もうっ!」
暮石は頬を膨らませ、ぷい、と顔を背けた。
「……」
「……」
道路を走る車の音だけが、二人の耳朶に届く。
春――
耳をすませば、小さな虫の鳴き声が、聞こえてくる。
「ね」
「ああ」
「綺麗だね」
「……ああ」
「……」
「……」
二人は無言で、ゆっくりと歩く。
まるで世界が二人だけのものになったかのように、静かに、そしてゆっくりと歩く。
コツコツと響く足音が、妙に心地良い。
風が二人の髪を揺らし、時たま葉っぱが飛んでくる。
草むらの中にしのぶ小さな命は二人の世界を演出するかのようにか細く、そして美しく鳴き、煌々と輝く満月が二人を優しく照らす。
「……」
「……」
リリリリ、と小さな虫が鳴く。
かすかに聞こえる虫の鳴き声に、二人は耳を澄ます。
「……」
夜風に紛れるように、草むらの奥から小さな命たちが、自分たちはここにいるよ、と主張する。
「……」
「……」
二人は手を握り、自宅へと向かう。
「大好き」
「……ありがとう」
暮石が赤石の手を、ぎゅっと握った。
「……」
「……」
二人はゆっくりと、自分たちの世界を、歩く。
「あ!」
「……?」
そぞろに夜の散歩を楽しんでいた暮石が、突如声を上げた。
「公園あるじゃん!」
「ああ」
大きな運動公園に、暮石が目を取られる。
「バスケしよ、バスケ!」
「ボールない」
「エアバスケ、エアバスケ!」
「全く……」
赤石たちは運動公園へと入った。
夜も深く、小さな街灯だけが二人を照らしている。
「ダム、ダムダム!」
暮石がコートに立ち、赤石に立ちふさがった。
「へへへ、赤石君! 私で抜けると思うなよ!」
「私を、な」
暮石がバスケットボールをついているようなジェスチャーをする。
「ダム、ダムダム!」
赤石も反対側のコートに立ち、暮石に立ちふさがった。
「おらあぁ!」
暮石が赤石目掛け、走る。
「フェイントだぁ!」
暮石が赤石の横をすり抜けようとする。
赤石は暮石のボールを奪い取る仕草をした後、相手側のコートへ向かった。
「私ボールまだ持ってるもん!」
そのまま暮石が赤石側のゴールに、ボールを入れるフリをした。
「俺が取ったよ。遅いな、お前は」
赤石は袖をまくり、暮石側のゴールの下でボールをつくようなジェスチャーをした。
「もう~!」
暮石が赤石に走り寄り、抱き着いた。
「好き~~~~~~~!!」
暮石と赤石は夜中、バスケ遊びに興じていた。
「はぁ……」
八谷はちら、とスマホを見た。
赤石からの返事は、まだない。
「赤石、遅いなぁ……」
時刻は二十一時を回っていた。
「……」
八谷は赤石の家の前で体育座りをし、膝に頬を当てながらふてくされた表情で赤石を待つ。
「赤石……」
八谷は、赤石のために持ってきた料理を手に取った。
赤石と二人で食べるために、八谷は家で料理をして来た。
作ったご飯をタッパに入れ、赤石のために、と持ってきたが、長い間待ちすぎたせいで、料理は冷え固まっていた。
「……」
赤石が好きかと思って作ったチーズハンバーグは、チーズがすっかり固まり、見るも無残な姿となっていた。
赤石が来たらビックリさせてやろう、と思い作った大量の料理は、全て冷めてしまった。
料理に不馴れな八谷は、赤石が帰って来る前に、と急いで自宅で料理をした。
赤石が帰ってきたら一緒に食べよう、赤石に褒めてもらおう、赤石に自分の料理スキルが上がったことを教えてやるんだ。
八谷の思いは見事打ち砕かれ、ただただ冷めて固まった、大量の料理だけがタッパに詰められていた。
「……」
泣きそうになる。
グッと、こらえる。
自分が好きで作ってきただけである。
赤石と何の約束もしていない。
自分の料理スキルが上がったと、自慢する相手もいない。
「まだかな……」
トントン、と八谷は交互に足踏みをする。
ふんふふ、と小さな鼻歌を歌いながら自分を鼓舞し、赤石を待った。
「……寒い」
三月になるはずなのに、妙に底冷えしていた。
十八時に家を出たはずの八谷には、少し堪える気温になって来ていた。
「す~……」
八谷は腕をこすり、なんとかやり過ごす。
見れば、足にも鳥肌が立っていた。
かわいい、と言われたいがために履いた短パンは、気温を防いではくれない。
「なんでこんなに寒いのよ……。もう四月になるってのに」
八谷は一人、呟いた。
「ふんふん、ふふん、ふん~」
だが、いずれ赤石が来ると思えば、それでも耐えられた。
赤石が来ると思えたからこそ、耐えられた。
ご飯はもう食べているのかもしれない。
だが、ここまで待った自分を、赤石はきっと拒否しないだろう。拒否できないだろう。
少しくらい家に上がらせてもらっても良いだろう。
八谷は上機嫌に、体を揺らしながら鼻歌を歌う。
「……っ!」
八谷はピン、と耳を立てた。
架空の猫耳が立つような感覚を得た。
「……赤石?」
曲がり角から見られないように、八谷は壁を背に、隠れた。
「ふふふ……」
階段を上る音が、聞こえる。
八谷は満足そうに笑った。
「赤石絶対ビックリするわよね」
八谷は赤石が階段を上って来るのを、待った。




