第502話 初めての下宿先はお好きですか? 6
「お、おう……」
櫻井が暮石に挨拶をし、軽く手を上げた。
「う、うん」
暮石は櫻井から視線を外す。
「……」
「……」
以前の件もあり、櫻井と暮石は気まずい雰囲気の中、対峙する。
「なんでこんな所に……?」
しばらくの沈黙の後、暮石が櫻井に問いかけた。
「あぁ、妹と来てて」
櫻井が後方を振り返った。
「もう、お兄~。勝手に先行かないでよ~」
櫻井の妹、櫻井菜摘がトコトコとやって来た。
「あ、お兄の友達?」
「あぁ、同級生の……」
「あ、そうなんだ~! いつも兄がお世話になってます~」
菜摘が暮石に頭を下げる。
「あぁ、こちらこそ……」
暮石が菜摘に頭を下げる。
「じゃあ私もうちょっと見とくね~」
兄の同級生と聞き、菜摘はその場を離れた。
「気、遣われたね」
「ああ」
「……」
「……」
暮石は赤石の様子が気になり、振り返った。
「誰かと来てるのか?」
「あぁ~……」
櫻井が背伸びをし、暮石の視線の先に誰がいるのかを突き止めようとする。
「あ、別になんでも……」
暮石が櫻井の視線を遮るように立ち回る。
「……は?」
女性用の下着売り場のその先で、赤石がバッグを物色していた。
「遠いけど……」
櫻井は目を凝らす。
「もしかして、あれ――」
「あ~~~!」
櫻井が言い終わる前に、暮石が割って入る。
櫻井の視界を遮った。
「本当にさっき、たまたま友達とそこで出会って~!」
暮石は聞かれてもいないことを話し始める。
「同級生の男の子で~、本当にたまたまさっき出会って~、なんかついて来られてるって感じで~」
「それ……」
櫻井が鼻白む。
「そんなの許せねぇだろ! 俺がガツンと言ってやる!」
櫻井はぐいぐいと先に進んだ。
「いや、本当に良いから!」
「いや、でも……」
暮石が櫻井の進行方法に立ちふさがる。
「ここがどこだか分かってんのかよ!? こんな所までついて来るようなやつ、お前が許しても俺が許せねぇよ! 女の子に迷惑かけて平気な顔してるような奴、許せるわけねぇだろ!」
「本当にいいから!」
暮石は声を荒らげる。
「いちいち人のプライベートにまで、ずかずか入って来ないでよ」
「……でも」
「お節介なんだよ、櫻井君」
「……」
櫻井は押し黙る。
「確かに、俺はお節介かもしれない。お前からしたら、俺はただのお節介焼きなのかもしれない。でも、俺はお前に何を言われても、お前にどう思われても、お前が今後被害に遭うようなことを見過ごす方が、よっぽど苦しいんだよ……!」
櫻井は胸を抑える。
「お前が変な男につけられてるのに、俺は見て見ぬふりなんて出来ねぇんだよ……! 俺の自分本位でも良い。俺の勘違いなら、それで良いんだよ。だから……だから、俺……!」
櫻井は暮石の横をすり抜けて、女性用下着コーナーを突き進もうとする。
「だから、良いって言ってるじゃん!」
「……」
暮石の一喝に、櫻井は立ち止まった。
「いちいちいちいち、本当に櫻井君は鬱陶しいんだよ。お節介だし、自分本位な優しさはただの害悪でしかないって、言ってんじゃん。なんで櫻井君には何回同じことを言っても、何も伝わらないの? 赤ちゃんでもちゃんと学習してくれるよね?」
暮石は不機嫌な態度を隠そうともしないまま、櫻井に詰め寄る。
「迷惑なんだよ、お前」
「……」
暮石は眉を顰め、櫻井を見上げる。
「あの子の方が、櫻井君なんかよりもよっぽど、ずっとずっとずっとずっと大事な人だから。大切で、私の好きな人だから。私は好き好んであの子と一緒にいるの。それを可哀想だとかつけ回してるとかさ、失礼だと思わないの? 私が良いって言ってるのに、なんで櫻井君にはちゃんと伝わらないの?」
「……」
「なんで櫻井君は私の意志より自分の意志を優先するの? 良いって言ってるんだから、もう放っといてよ」
「……」
櫻井は暮石からの直接の暴言に、面食らう。
「自分よがりな正義なんて迷惑以外の何物でもないから」
「……」
「もう私のことは放っといて。早く妹ちゃんの所行きなよ」
「……ああ、分かったよ」
櫻井は引き返した。
「もう二度と私たちのこと邪魔しないで」
「……」
櫻井は暮石の言葉を背中で聞きながら、妹の下へと引き返した。
「赤石君~」
下着を買い終えた暮石が、赤石の下へと帰って来た。
「おまた~」
「ああ」
バッグを物色し、赤石は奥へ奥へと入り込んでいた。
「あ、お股とかいっちゃった。あせあせ」
暮石は自身の下半身を手で隠す。
「そうか」
「相変わらず冷たいなぁ……。全く」
暮石は不満そうに頬を膨らませた。
「見て見て」
暮石は頬を膨らませて、赤石に見せる。
「かわいい?」
「膨らむことでしか抵抗できない無力なフグみたいでかわいいよ」
「棘ある~!」
「棘があるのはフグのお前だろ」
「き~~~~! 何よ、この男! むかつく~~!」
暮石はぶんぶんと腕を振る。
「おパンツ買ってこれたよ」
「偉いな」
「良い子良い子して?」
「……」
赤石は恐る恐る、暮石の頭を撫でる。
「そんな怖がらなくても……」
「刺されるかと思って」
「まだフグネタ終わってなかったの!?」
再び暮石は頬を膨らませ、抗議の意思を見せる。
「おパンツ見たい?」
「別に」
「ふふふ」
暮石は上機嫌で赤石に近寄った。
「夜のお楽しみね」
そして赤石に、そう耳打ちする。
ぞく、と鳥肌が立つ。
「いちいち耳元で言うな」
「赤石君の性感帯見っけ~」
「性感帯と言うか……なんかゾワッとするんだよ」
「それを性感帯って言うんだよ?」
「違う違う、なんか黒板を爪でひっかいたみたいなゾワッて感じがするんだよ」
「それも性癖なんじゃない?」
「絶対違うと思う」
暮石の買い物も終わり、二人は店を出た。
「じゃあ帰りますか、赤石訓練兵」
「なんで俺訓練兵なんだよ」
「上官の言うことは聞くように! 良いね、赤石訓練兵」
「良くない」
赤石を先頭にして、歩き始めた。
「なんか縦に並んでるとゲームみたいだね」
「結構昔の、な」
暮石は赤石の横に並んだ。
「バスももうないから、歩きで家に帰るぞ」
「らーじゃ!」
「結構遠いけど、我慢してくれ」
「いんよ~」
ニコニコとしながら、暮石が赤石と手をつないだ。
「これだけ寒くても、二人で歩けばあったかいね」
暮石は赤石に体を寄せる。
「結婚式の惹句みたいだ」
「惹句って何? 豆の木?」
「結婚式の広告のキャッチコピーみたいだな」
「結婚する?」
暮石が赤石を上目遣いで、見た。
「さすがにまだお前のことよく知らないから、もっと先の話だな」
「そっか」
二人は手をつなぎながら、寒空の下、自宅へと向かった。




