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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第499話 初めての下宿先はお好きですか? 3




「ジュースを買いたいのだっ!」


 赤石たちは飲み物のコーナーへやって来た。


「私これ好き~」


 暮石は無色透明の桃ジュースを持ってきた。


「水じゃねぇか」

「違うよ、違うよ!」


 これはそういうのじゃないの、と暮石は抵抗する。


「赤石君はどういうのが好きなの?」

「ん~……」


 赤石はカゴを持ちながら、飲み物コーナーを回る。


「これだな」


 赤石はレモンの炭酸ジュースを指さした。


「また酸っぱいのじゃん」

「好きなんだよ」

「私が?」


 暮石が赤石を覗き込む。


「は、はい」

「返答までに間があった。やり直し」


 パンパン、と暮石が手を叩く。


「……」


 赤石は暮石のサインを待つ。


「ほら、赤石君から!」

「え?」


 赤石は何を言ったか覚えていなかった。


「反応速度おじいちゃんじゃん」

「まだ十代だぞ」

「じゃあ赤石君の、大好きなんだ、から。よ~い、アクション!」

「そんなこと言ったか?」


 パンパン、と暮石が手を叩く。

 赤石は咳払いをした。


「大好きなんだ」

「私のことが?」

「はい」

「……」


 暮石はしばらく考え、赤石の周りをうろちょろとする。


「まぁ、今はこれでいいでしょう。及第点とします」

「まだ向上の余地が……?」

「当たり前じゃん! ラマヌジャン!」


 もう、と暮石は頬を膨らませる。


「全く……彼氏を教育するのにも一苦労だよ」

「そうか」


 暮石はやれやれ、と首を振った。


「赤石君はこういうのが好きなんだ?」


 暮石は、赤石のカゴに炭酸レモンジュースを入れた。


「ああ」

「酸っぱいのが好きなの?」

「酸っぱくて甘いのが好きだ」

「酸っぱいのなんて何が美味しいのか全然分かんないんだけど」

「良いだろ、酸っぱいの。人生みたいで」


 赤石は追加でレモンの炭酸ジュースをカゴに入れる。


「酸っぱい所が?」

「ああ。それでいて、意識をしたらほのかに甘いところが」

「なんでジュースに人生投影してんの」

「まぁ出るんだろうな、性格が」

「確かに、赤石君の人生そのものだね」


 暮石が赤石の前で、くるくると回る。


「赤石君の苦しく、ずっと酸っぱかった人生に舞い降りた、一人の天使……!」


 暮石は大仰に舞い踊った。


「今まで彼の人生はあんなにも酸っぱく苦しかったのに、なんと言うことでしょう。私という一人の天使が現れてからは、彼の人生もレモンジュースの甘みのように、ほのかな幸せを感じるようになったのです……」


 暮石はくるくると回る。


「あぁ、なんてことでしょう。彼の灰色で面白みのなかった人生は、私という一人の女神が現れてからは、極彩色に色づくことになるのです……。こんなのもうレモンジュースじゃない! フルーツジュースだ! 彼は喜びながら、私というジュースをちゅうちゅうと吸いつくすのです」


 暮石は目をつぶり、酩酊しているかのようにそう言い連ねた。


「止めて、変態! 赤石君のエッチ!」


 暮石が赤石を軽く叩く。


「……」

「はい、拍手!」


 赤石はパチパチと拍手した。


「お酒も買う?」

「お酒は二十歳になってから」


 暮石がカゴに酒を入れようとしたため、赤石がノーを突き付ける。


「そもそも身分証ないし」

「小学生の頃におままごとで子供の免許作ったんだけど、使えるかな?」

「使えるか」

「冗談じゃん」


 暮石は酒を元の場所に戻した。


「酸っぱい飲み物が好きだなんて、赤石君も案外エムなところあるんだね」


 にしし、と暮石は笑った。


「俺は別にエムでもエスでもないぞ」

「うそ~? どう見てもエスっぽいけど」

「そんなことないだろ」


 暮石は妖しく笑う。


「私はエムだけどね」

「お前もそんな風に見えないけどな」

「私エスっぽい?」

「ぽい」

「ふ~ん……」


 暮石は赤石に近づき、耳元に口を近づけた。


「私ドエムだから、赤石君にいじめられるの、楽しみだな」


 そう耳打ちした。

 ぞわぞわと、鳥肌が立つ。


「私、男の子に言葉責めされるの好きなんだよね」


 暮石は口元を隠し、にやにやと赤石を見た。


「お前って何にも出来ねぇよな、とか本当頭悪いよな、とかなんでこんなことも出来ないの? とか、詰られるの好きなんだよね」

「そんなやつ存在して良いのかよ、この世界に」

「性癖には無限の可能性が秘められている。我々には、可能性を切り開く責務がある」

「研究論文みたいな言い回し」


 赤石たちは人気ひとけのない飲料水のコーナーでぶらついていた。


「ねぇ、赤石君もちょっと罵倒してよ、私のこと」

「嫌だよ、こんな所で人罵倒するの」

「一年前の赤石君では考えられないようなセリフ」

「何も思いつかない」

「このメス豚が! って言って」

「なんで俺が女王様役なんだよ」

「ほら、早く早く」


 暮石が赤石を急かす。


「このメス豚が」

「んひいいいぃぃ!」


 赤石は無感情に言い放ち、暮石は小声で叫んだ。


「うるさいうるさい」


 赤石は静かにするように人差し指を一本立てる。


「ごめんね、ちょっと興奮しちゃって」


 じゅるり、と暮石が口元を拭く。


「じゃあ次は――」

「いや、もう言わねぇよ。うるさいし迷惑だろ」

「あんな小声だったのに!? 赤石君以外に絶対聞こえない声量だったよ!?」

「顔がうるさいんだよ」

「や~だ、赤石君のエッチ」


 暮石が赤石の胸にとん、と指を触れる。


「彼女のエッチな顔見てたんだ」

「物は言いようだな」

「良いよ、別にじゃあ」


 暮石は赤石に背を向けた。


「あとは別に、家帰ってからベッドで言ってもらったら良いわけだし」

「お前……」


 赤石はため息を吐いた。


「なんかお前、俺の知ってる暮石とちょっと違うな」


 暮石の妙なテンションに、赤石は複雑な感情を抱いていた。

 赤石の知っている暮石は、テンションこそ高けれど、ここまで下品なことを言う女ではなかった。


「付き合うってこういうことなんだよ、赤石君」


 分かるかね、と暮石が人差し指を立てる。


「絶対違うと思う」

「それまで知れなかった良い所も悪い所も見えてくるのが、付き合うってことなの。赤石君童貞だから分からないと思うけど。良い所も悪い所もあわせて、私なの。赤石君だってそうでしょ? 良い所も悪い所もあわせて、赤石君なの」


 暮石が赤石の瞳を覗き込んだ。


「それをなんだい、赤石君は。俺の知ってる暮石じゃない、だとか。下品な話ばかりするから暮石じゃない、だとか。ちょっと自分の理想と違ったからって、その言い方はひどいんじゃないかい? ねぇ、赤石君」

「はぁ……」


 暮石は赤石に説法を垂れる。


「……」


 そして一足で、赤石の眼前までやって来た。

 膝に手を当てながら前屈みになり、赤石を上目遣いでじっと見つめる。


「思ってたのと違うかったから別れるとか、絶対に許さないから」

「……」


 暮石は赤石の瞳を、じっと、じっと、見る。

 吸い込まれそうなほどに大きく、黒い瞳が、そこにあった。

 暮石は先ほどの幸せそうな表情とは一転、打って変わり、赤石に無感情な表情を見せた。


「私は元々、こういうのなの」


 そして軽やかな声に戻り、赤石から視線を外した。


「元々エッチなことを言ったりするのが好きだったけど、赤石君は友達だったから言ってなかっただけ」

「上麦相手にも言ってなかっただろ」

「彼女の裏の一面を知れるのは、彼氏だけなんだよ?」


 だめぇ? と暮石が後ろ手に、甘い声で赤石に聞く。


「お母さんもお父さんも、友達も親友も知らない、私の裏の顔」

「……」

「彼氏しか知らない、私の裏の顔」

「裏の顔がただのスケベ親父なの悲しすぎるだろ」


 赤石はふ、と鼻で笑った。


「赤石君はこれから私の変態性と付き合っていくことになるんだよ」

「前途多難すぎるだろ」


 赤石たちは食料品を購入し、レジへと向かった。









「……」


 はぁ、とため息を吐きながら手をこする。

 三月ではあるが、夜はさすがにまだ少し肌寒かった。


「遅いなぁ……」


 八谷はスマホを見た。


『もう帰ってる?』


 赤石に送ったメッセージは、数時間以上経つがずっと既読にならない。


「赤石、まだ帰って来ないのかなぁ」


 八谷はその場でしゃがんだまま、赤石からのメッセージを待っていた。


 赤石の、家の前で。



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― 新着の感想 ―
暮石との空虚なやり取りは読んでて疲れる やっと面白くなりそう?
後出しジャンケンでも押し切ってるなる
让人更加期待下一集的内容
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