第498話 初めての下宿先はお好きですか? 2
「行きません」
暮石の提案を、赤石は即座に一蹴した。
「や~だ~、行くの! エッチなお店行くの~!」
暮石は赤石の手を引っ張りながら、声を上げる。
「おい、止めろ人前で」
赤石は暮石の手をほどき、人気の少ない場所へ移動した。
政令指定都市で最も人の出入りの多い中央駅に到着したため、夜にも関わらず賑わっていた。
時計の針は八の字を指していた。
「私たちもう大人だよ!? 成人なんだよ!? 合法だよ、合法! ごーほー! エッチなお店行きたいの!」
「また今度にしなさい」
赤石は駄々をこねる暮石を一喝する。
「ちぇっ!」
「鼻たれ小僧みたいな悔しがり方」
暮石は足元の石を蹴った。
「……」
そして少し考え、再び赤石を見た。
「じゃ、じゃあ普通のお店にエッチなものが置いてある場合は……」
暮石はちらちらと赤石に上目遣いをする。
「それは不可抗力だから可」
「やったー!」
暮石はその場で小さく飛び跳ねた。
「変態だな、本当お前」
「女の子は皆変態だから」
「すごい範囲に飛び火してるぞ」
暮石は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあエッチなのが売ってる普通のお店行かない?」
「クソみたいな提案だな」
赤石たちはとりあえず、店のある方向へと向かって歩き始めた。
「それにしても、やっぱりここの駅は何でも揃ってるねぇ」
「駅周辺は人の出入りが多いから、基本的に色んな店が立ち並んでるんだよ」
赤石と暮石は歩きながら、周囲にそびえたつ様々な店に目を向ける。
「赤石君の家着いてからも、ゆっくりして良いよね?」
「それは、まぁ……」
「じゃあ最初はショッピングモール行かない? ご飯とか食べ物買いたい」
「お前まだ食うのかよ」
赤石と暮石はショッピングモールへと向かった。
「もうすぐこのお店も閉まるねぇ~」
「そうだな」
「カゴ持って?」
ショッピングモールに着いた赤石と暮石は、食料品を見て回る。
「なんか夜のお店ってちょっとドキドキするよね」
「分かる」
「悪いことしてるみたい」
暮石はこそこそと隠れながら歩く。
赤石は食料品を見ながら、店を回る。
「お」
暮石がトコトコと走り、フルーツの詰め合わせを持ってきた。
「返してきなさい」
「やだ、や~だ! 私フルーツ食べるの! フルーツ食べるの!」
「そんなの高いって」
「ふふふ、よく見てみなさい、赤石氏」
暮石が持ってきたフルーツ詰め合わせセットに、半額のシールが貼られていた。
「この暮石、半額の商品だけは見る目があるのでござる……にんにん」
「しょぼい異能だな」
赤石は半額のフルーツ詰め合わせセットを手に取り、カゴに入れた。
「夜にお店来ると色々半額になってるし、最高だね」
「皆夜に来たら良いのにな」
「こういうイレギュラーがないと夜に動いたりしないんじゃない、普通?」
暮石が赤石の顔を覗き見た。
「逆に、私たちはこうしてイレギュラーを楽しんでるわけだ」
くす、と暮石が笑う。
「夜に店を回る男女カップル、何も起きないわけもなく……」
「店では普通何も起きないだろ」
赤石は料理に使う食材をカゴに入れる。
「お菓子買ってい~い?」
暮石がお菓子を持って帰って来る。
「どうぞ」
「やった~」
暮石は赤石のカゴにお菓子を入れた。
「赤石君好き好き~」
「安いな、お前の好きは」
「お菓子買ってくれる人好き好き~」
暮石は赤石の周りをトコトコと歩く。
「赤石君は何買ってるの?」
「料理用の食材」
「お母さんみたいだね」
「お前は子供みたいだな」
暮石はカゴの中を見て、ほぇ~、と感心した。
「でも夜は惣菜とか食べ物も安くなってるから、普通に良いな」
「でしょ~?」
暮石はえくぼを見せながら赤石に笑いかける。
「三葉ちゃんの予定通りの展開なのら!」
「そうですか」
赤石は食料品をゆっくりと眺め、カゴに入れていく。
「お菓子コーナー行こ? お菓子コーナー」
「はいはい」
暮石が赤石を引っ張り、赤石はお菓子コーナーへと足を向けた。
「何のお菓子食べる? 何のお菓子食べる?」
「何でも」
「赤石君の好きなお菓子教えてよ」
赤石と暮石はお菓子コーナーをゆっくりと見回る。
「グミとか好きだぞ」
「メンヘラ彼女みたいなお菓子好きだね」
「放っといてくれ」
「私はポテチとか好きかな~」
暮石は赤石のカゴにポテトチップスを入れた。
「太るぞ」
「女の子ってムチムチしてる方がかわいいから」
ほら見て~、と暮石はグラビアポーズを取る。
「私の体、もっと見てくれる?」
「お前は結構細いよ」
「ほらほら、舐め回すように見て! もっと私を見て! 早くっ!」
「別にいいよ、もう」
赤石は暮石から目を逸らした。
「ポテチの栄養は全部おっぱいにいくのです」
よいしょ、と暮石が胸を持ち上げる。
「ポテチに栄養なんかない。あるのはカロリーと罪悪感だけ」
「とんでもないこと言うね、君」
「事実は時に、人を傷つける」
「聞く人が聞いたら国が動くよ」
「ポテチ国家かよ」
暮石はカゴにグミを入れた。
「私、赤石君のことあんまり知らないからさ」
グミを入れながら、赤石と目を合わせる。
「私彼女だけど、一年間同じクラスなっただけだからさ」
暮石は小さく息を吐いた。
「私、もっと赤石君のこと知りたいな」
穏やかに目を伏せながら、暮石は嘆息した。
「……そうか」
言われてみれば自分も暮石のことをよく知らないな、と思う。
「私たちお互い、そこまで詳しくないよね」
「そうだな」
「でも、こうやって付き合っていくことでお互いをよく知っていけるのかな?」
「……そうだな」
暮石はグミのコーナーの前に立った。
「赤石君の好きなグミとかさ、もっと教えてよ」
暮石は赤石の腕を掴み、グミのコーナーまでやって来させた。
「こういう酸っぱいパウダーがかかったやつとか好きだな」
「へぇ~、そっかそっか。赤石君はそういうグミが好きなんだね」
ほぇ~、と暮石は軽く頷く。
「うんうん、そっかそっか。それは彼女さんが全部悪いね。私だったらそんなことしないのにな~。うんうん、本当に彼女さんは悪いね」
暮石は酸っぱいパウダー入り、と書かれたグミを取った。
「じゃ、入れるね」
暮石はグミをカゴの中に入れた。
「全然違う意味に聞こえたのは俺だけか?」
「彼女さんがどうなのか全然私には分からないけどさ、赤石君にもなんか悪い所あったんじゃない?」
「終わって冷たくなってる……!?」
暮石はパンパン、と服の埃を掃う。
「私の好きなタイプのポテチは聞かないの?」
「あぁ……」
暮石は赤石の前に立った。
「いや、別に……」
「なんで? 赤石君は私のこと知りたくないの?」
歩こうとする赤石の前で、暮石が邪魔をする。
「ふ~ん、そっかそっか。赤石君は別に私が好きな物とか全然興味ないんだ。私が何を好きかなんてどうでもいいんだ? そもそも私に興味がないからなのかな? それとも私のこと最初から好きじゃないからなのかな? 私と一緒に人生を歩もうって思ってないからなのかな? そうだよね、そうなの、そうなんだ。どうせ私なんか遊びなんだ。そうやって私のことポイして、別の女の子と一緒に遊んじゃえばいいんだ。そうやって私は捨てられるんだ。すぐに別の女の子に乗り換えるつもりなんだ。そっかそっか、ふ~ん」
暮石は息もつかせぬ勢いで赤石に迫る。
「考えすぎだろ」
しっし、と赤石は暮石を追い払う。
「じゃあなんで? なんで私の好きな物も聞こうとしないの? ねぇ、なんでなんで?」
暮石が後ろから赤石を追いかける。
「ポテチなんかどれもこれも全部同じだろ」
「はぁ!? はい、殺す~」
ぐさ、と暮石が指で赤石の背中を突く。
「国が動いたから、さっき。赤石君のポテチ蔑視のせいで」
「聞いたことない罪状」
「我々もここまでコケにされて何もしないわけがないんで」
「もう国を代表している……?」
「ポテ知識搾取だ! 赤石君はポテ知識搾取だ! ポテチ蔑視を止めろ! 止めろ~!!」
暮石は指を折り曲げ、大衆が抗議をしているかのように見せる。
「なんだ、ポテ知識搾取って。知識は皆で共有するものだから」
「そうやって赤石君はポテチを下に見て来たんですね! 私許せないです!」
「ポテチは好きだよ、俺も」
「もうイヤ! そうやって赤石君は嘘ばっかり! 私赤石君のこと嫌い! こんな粗暴な人だとは思わなかった!」
「粗暴な人だろ、俺はどう見ても」
「最低! そうやって今まで、私たちポテチ派のことをずっと見下してきたのねっ!」
よよよ、と暮石は泣くふりをする。
「分かった分かった、聞くから聞くから」
「ちょろい男なのよ」
根負けした赤石は暮石の下へと戻った。
「えっとね、私の好きなのは、この固いポテチ」
「はぁ」
「職人が手作りしたかのような触感の、伝統的なポテチなんざます」
「はぁ~……」
暮石はポテチをカゴの中に入れた。
「まぁ、どのポテチもほとんど味変わらないけどね」
「お前が一番言っちゃいけないセリフだろ、それ」
「ポテ知識搾取の中に、私も組み込まれていた……?」
暮石はわなわなと震えた。
「最低だ……。ポテトニティーの中に私も組み込まれてたなんて……」
「聞いたことない横文字を使うな。ほら、行くぞ」
「ふえぇ~、もうこんなのこりごりだよ~!」
「こっちのセリフだよ」
赤石と暮石はお菓子コーナーを抜けた。




