第497話 初めての下宿先はお好きですか? 1
「今日、私帰りたくないの」
暮石は赤石の耳元でそっと囁いた。
赤石はバッと飛びのく。
「あはは」
暮石は笑いながらお腹を抱えた。
「どーてーだ、赤石君」
「やかましい」
赤石は頬をかく。
「こんなことで顔真っ赤にして、かわいい~」
暮石は赤石の頬をつつく。
「止めろって、だから」
赤石は暮石から距離を取る。
「彼女のやることに反対しないで」
「こわ」
「私が法律だから」
「将来とんでもない事件起こしそう」
「赤石君は私の要求を全て叶える義務がある」
「どんな不平等な契約結ばされたんだよ、俺は」
「私と契約して、魔法少年になってよ」
「男の魔法使い見たくないだろ」
赤石は暮石の横に戻った。
「外であんまりベタベタしたくないんだよ」
「外でやるのが一番良いんじゃん」
「どこがだよ」
「私たちカップルですよ~、って皆に自慢してる感じなのが良いんじゃん」
「理解できないな」
赤石は肩をすくめる。
「え、何? もしかして浮気してる? 許さないからね?」
暮石は光のない目で赤石を追い詰める。
「いや、昨日の今日で無茶言うなよ」
「それもそっか」
暮石はすん、と表情を直した。
「別に遊びで良い、って言ってたのにな」
赤石はぼそ、と呟いた。
「何? 私に反抗するの?」
再び暮石が赤石を睨みつける。
にこにこと笑顔で暮石が赤石に詰め寄る。
「いや、反抗っていうかそういう契約っていうか」
「気持ちが変わったの」
「こんな短期間で……」
「女心と秋の空」
「それ本人の免罪符で言うセリフじゃないから」
「他の女に目移りなんて許さない」
「契約不履行すぎるだろ」
暮石は赤石の胸をトントン、と二度人差し指で突いた。
「浮気した時はどうなるか、ちゃんとその胸に刻んでおいてね」
暮石は満面の笑みで、赤石に言う。
「選択を間違えたのかもしれない」
赤石は苦笑しながら、体勢を立て直した。
「でもさ、やっぱり良くない? あの子たちカップルなんだ、って思われるの?」
暮石は赤石に釘を刺した後、再び赤石と手を握った。
「いや、全然」
「自慢したくないの?」
「全然」
「じゃあなんで付き合うの?」
「自慢するためではないだろ」
「えぇ~……」
暮石は道端の小石を蹴る。
「変な子だね、やっぱり赤石君って」
「普通だよ、俺は。俺が普通で、俺以外の人間が全員おかしいんだよ」
「絶対赤石君が変なんだけどなぁ」
暮石は赤石の手をギュっと握った。
「赤石君は今まで女の子と手、繋いだこととかないんでしょ?」
暮石はつないだ手を持ち上げ、赤石に上目遣いを仕掛ける。
「こういう風に繋いだことはないな」
「どーてーだ」
「やかましい」
「赤石君の初めて、もらっちゃったな」
ふふ、と笑い、暮石は赤石を細目で見る。
「そういうお前はあるのかよ」
意趣返しに、と赤石が暮石に水を向ける。
「……」
暮石は顔を真っ赤にして、うつむいた。
「どーてーだ、どーてー」
「童貞ちがわい!」
バシバシ、と暮石が赤石の肩を叩く。
「もう……!」
ふんす、と暮石は腕を組んだ。
「で」
暮石は赤石の手を離し、後ろ歩きで赤石の前を歩いた。
赤石と目を合わせながら、暮石は後ろ向きに歩く。
「危ないぞ」
「危なそうになったら赤石君が教えてよ」
赤石は暮石の後方にも目を配らせる。
「私、今日帰りたくないんだけど?」
再び暮石は嫣然と微笑み、赤石を見た。
「いや、お前お母さん迎え来るんだろ?」
「来ないけど?」
暮石はきょとんとした顔で小首をかしげた。
「というか、元々赤石君の家泊まろうと思ってたけど?」
暮石はさらに小首をかしげる。
「平然と嘘吐いてたんだな」
「しょうがないじゃん。ああ言わないとお母さんついて来そうだったんだから」
「……」
赤石は複雑な表情をする。
「良いじゃん、別に。人を貶めたり、自分が利益を得ようとするための嘘じゃないんだから。お母さんのための嘘だよ」
「……そうか」
「赤石君はいちいち堅苦しんだよ」
暮石は、め、と赤石の口元に指をあてる。
「それとも、赤石君は私のこと嫌い?」
暮石は赤石を覗き見た。
「いや……」
赤石は言いよどむ。
「赤石君のルールには反してないはずだよ?」
「……そうか」
「それとも、私が赤石君の家泊まるんです、って言った方が良かった?」
「別に何も言わなくても良かったと思うけど」
「はいは~い、分かりました、ごめんなさ~い」
暮石は二つ返事で謝り、赤石に背を向け、前を歩き出した。
「……」
暮石はそれから、無言になった。
「……」
「……」
二人とも、しばらくの間無言になる。
「……」
はぁ、と赤石はため息を吐いた。
「分かったよ、悪かったよ」
暮石の機嫌を損ね、赤石は謝罪した。
「分かれば良いんだよ」
よしよし、と暮石は背伸びして赤石の頭を撫でた。
「今日は赤石君の家、泊まるね?」
「もう着くけど、親の許可が取れるかどうか難しいな」
赤石の実家は、もうすぐそこに迫っていた。
「赤石君の下宿先に泊めてよ」
「……え?」
赤石は腕時計を見た。
「赤石君、一人暮らししてるんだよね?」
「まあそうだけど、そんなこと言ったか?」
「私は赤石君に詳しいから」
ふふん、と暮石は胸を張る。
「そう、か」
大方、高梨か八谷から聞いたんだろう、と察しが付く。
赤石は少し悩み、スマホに入っている地図アプリを見た。
大学近くにある赤石の下宿先は、実家からそこそこの距離があった。
「大学の近くにあるから、ここから結構遠いぞ?」
「良いよ! お母さんとお父さんのいるところにはちょっと行けないし」
「そう、か」
赤石は悩む。
「ほら、早くして! 早く決めて赤石君! バスなくなっちゃうよ!」
暮石が赤石を急かす。
「とりあえず、今日は下宿先に帰るって言ってくる」
「言うなら言う! やるならやる! 早くして! ハリアップ!」
「分かった」
赤石は実家に入り、母親にことの経緯を話し、帰って来た。
「ほら、バスさん終わっちゃうよ!」
帰って来た赤石を見て、暮石は小走りで足踏みする。
「走る走る!」
暮石は赤石の背中をトントンと叩いた。
「まだそんな時間じゃないだろ」
「急いで急いで!」
「急かさないでくれ」
赤石はゆっくりとバスへ向かう。
「は~や~く~」
暮石はその場で小走りをする。
「焦らない焦らない、一休み一休み」
「一休みしてる場合じゃないんだよ」
赤石たちはバス停に着いた。
「赤石君の家に行ったら、もう九時とかなってるかな?」
「そのくらいかもな」
「良い時間帯だね」
「何にとってだよ」
しばらくして、バス停にバスがやって来る。
「これ乗ったら赤石君の家まで直通?」
「どんなバスだよ。遊園地か、俺の家は」
「私にとっては、遊園地よりはるかに魅力的だけどね」
あはは、と暮石は笑った。
「やはり赤石氏、私たちの掛け合いは合いますなぁ」
暮石はにやにやしながら赤石を見る。
「俺は誰に対してもこんなだよ」
赤石と暮石はバスに乗った。
「体の関係も合いそうなのじゃ……」
「下品な女だな」
暮石は赤石の隣に座る。
「ようやく隣に座れたね」
「そうだな」
「卒業旅行の時はお互い知らないフリしてたから」
暮石はにこにこと体を揺らす。
「ちょっと嫉妬しちゃったな、他の女の子と楽しそうにして」
「すんません」
「いや、いいよいいよ。私も須田君とかとたくさんお喋りしちゃったし」
「良い奴だから仲良くしてやってくれ」
「ふふふ」
暮石は、赤石に体をポンポンとぶつける。
「彼女の会話って感じ」
「浮ついてるな」
「女の子は皆こんななの」
暮石は自慢げに言う。
「私たち、このままどこにでも行けそうだね」
「バスの運行範囲以外にはどこにも行けないぞ」
「そんな夢のないこと言わないでよ~」
赤石は窓の外を見ながら、暮石と会話する。
「……」
暮石は無言で、赤石の手の上に自身の手を置いた。
驚いた赤石が肩を跳ねさせる。
「止まれボタン、ポチポチ押していいかな?」
暮石は目を輝かせながら、ボタンを見る。
「子供みたいなこと言わないでくれ」
「ふふ」
暮石はにこにことしながら、赤石と雑談を楽しんだ。
「到着~!」
とう、と掛け声を上げながら暮石はバスから飛び降りた。
「お嬢様、どうぞ」
暮石は片膝をつき、赤石に片手を差し出した。
「苦しゅうないぞ、若いの」
赤石は暮石の手を取り、姫君のような厳かな所作でバスを降りた。
『ドア~しやりやっす。ちゅーいだっせぇ』
運転手の声と共に、バスのドアが閉まる。
「バスの人って毎回何言ってるかよく分からないよね」
「毎日やってたら面倒くさくなるんだろ」
赤石と暮石は、街の中心部にある主要な駅に降り立った。
「わ~、すごいねぇ、ここの駅」
「大学近くだから結構栄えてるんだよ」
夜になるというのにも関わらず人で賑わっており、様々な店が立ち並んでいた。
「ここから三十分くらい歩くことになるけど」
「ちょい待ち!」
暮石が赤石を制止させた。
「実はワシはなぁ、行きたいところがあるんじゃが」
「そうか」
暮石は顎をさすりながら言う。
「エッチなお店行かない?」
暮石は赤石に、そう提案した。




