第48話 文化祭の準備はお好きですか? 2
神奈はクラス内の事情を察知し、大声をあげた。
「あーーーーもう、うるさいうるさーーーい。他にも案を出してから言い争ってくれ」
事態を収拾すべく神奈が声を張り上げたことで、少しずつ教室内は平穏を取り戻していった。
「じゃあ、他に案があるやつ」
「……」
クラス中が押し黙る。
誰も案を出さず、数分が経過した。
ピリピリとした空気の中、高梨が手を上げた。
「ビデオ映画と演劇と、二つやるのはどうでしょうか?」
「おぉ」
高梨のアイデアに、神奈は感嘆の声を漏らした。
メイド喫茶を行えば平田たちから反対意見が出る。
ビデオ映画は教室内で上映するだけで済み、演劇も一度の公演で済むので、メイド喫茶よりも負担が少なく済む。
それは演劇と教室内の展示の両方を行わねばならない文化祭のルールに則った上での、最も負担の少ないアイデアだった。
「自作映画なら教室の中で放映するだけなんで、余り手間もかからないと思います」
「「「おぉ~~」」」
メイド喫茶に代案として認められたのか、クラス中が俄かに騒ぎ出す。
演劇や映画製作を通して櫻井の取り巻きと仲良くなれると思ったのか、先程までメイド喫茶を主張していた男子たちは、こぞって演劇や映画製作の案に流れ込んだ。
結局、その後様々な案が出たが、演劇と自作映画の二つで決定した。
文化祭に積極的に参加するか否かは自身で決めることが出来るので、平田たちからの異論は出なかった。
次に、演劇と自作映画の人選が行われた。
出来るだけ何もしない役職が良いな、と思いながら赤石は機会を伺っていたが、何もしない役職など存在しなかった。赤石にとって、学祭に時間をかけること程ナンセンスなことはないと、そう感じていた。
大学受験を控えた自分に、学祭に力を入れることが一体何の利益があるのか分からなかったためだった。
最初に自作映画と演劇の脚本の人選が行われた。
脚本は自作映画にとっても演劇にとっても命であり、主軸でもある。が、それと同時に、脚本は孤独な作業であり、小道具班や照明班など文化祭に関わる全ての役の中で、最も人との関わりが薄かった。
所詮高校の文化祭であり、脚本家の役目は脚本を書くだけだと、説明されていた。
脚本の役職に就きたくないのは誰でも同じで、文化祭の準備で脚本という地味な仕事を押し付けられるのが嫌だという人間ばかりだった。
「誰かやりたい奴はいないのか~?」
神奈は再度問いかける。
が、以前教室内は静寂を保っており、静謐な空気が重苦しく生徒たちに圧し掛かる。
全く誰にも白羽の矢が立たず、五分が経過しようとしたその時、
「私は赤石が脚本に適任だと思います」
一人の美しく高らかな声が、教室内に響き渡った。
出し抜きにも過ぎるその提案にクラスメイト達は発言者に視線を送る。
発言者、高梨八宵に。
ふざけるな、何で俺がそんな無駄なことをやらないといけないんだ、と言いたいのを我慢し赤石は目線で高梨を射抜くが、高梨は胸を張る。
こいつ…………。
赤石は、高梨の意図に感づく。
少なくとも自分に対して協力の姿勢を貫く高梨の意図に、気が付いた。
つい先日教室の中で暴れまわった自分に、最も人と関わらなくていい役柄を推薦しているんじゃないか、と理解する。
確かに三矢や山本など自分を肯定してくれる人間はいたが、それでも尚、教室内での赤石の下馬評は地に失墜していた。
脚本の役に徹することが出来れば殆ど関わらなくても良いと、そういうことかと、理解した。
おせっかいというべきか、推薦した高梨に感謝するべきか、赤石は高梨を振り向く。
高梨に対してどういう感情で接すればいいか分からない赤石はどっちつかずな反応を示す。
平田や他多くの生徒たちは赤石に興味を示さず、関わらないようにと、顔を背けていた。
「俺も赤石は脚本係が良いと思う、美穂姉」
高梨が赤石を推薦したことに加え、もう一人の声が教室内に響いた。
赤石は声を聞き、静止する。
意見を述べた櫻井の声を聞いて。
何故このタイミングで櫻井が自分を推薦するのか。
今までほとんど接点がなかったのにも関わらず、何故このタイミングで自分を推薦してくるのか。
高梨に乗っ掛かったのか? いや、そんな理由で櫻井が推薦する必要があるのか?
もしかすると…………。
胸中に芽生えたたった一つの、昏い感情。
櫻井は、自分を八谷から遠ざけようとしているのではないか。
脚本は基本的に、孤独な係だ。誰と密接に関わることもない。八谷と接触する可能性も低くなる。
だが、他の役割は違う。特に、文化祭などの大きなイベントごとの前後には、必ずと言っていいほど多くのカップルが成立することになる。
イベントごとに便乗して男女の仲が深まる可能性は、大いにある。
櫻井は自分と八谷とが仲が深まるのを阻止したかったんじゃないか。
赤石は発言者である櫻井に振り向く。
櫻井は毅然とした態度で言葉を連ねていた。
邪推なのかもしれない、と思った。
八谷に対して言い知れぬ感情を抱き始めた自分の、嫉妬にも近い邪推なのかもしれない、と思った。
赤石自身の、ほんのわずかな劣等感から生じたただの邪推なのかもしれないと、思った。
櫻井と高梨の二人のとりなしにより、教室内の空気は赤石が脚本係という方向性に決まった。
「じゃあ赤石が脚本係で、お前ら異論はないかー?」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も言葉を発さない。
誰も言葉を発したくないんだろうな、と思った。
文化祭という一大イベントの際に、狂人足り得る赤石とは関わりたくない。
そういう心算があるんだろうな、と理解する。
櫻井と高梨の推薦、赤石と関わりたくないという生徒たちからの悪意、赤石は、考える。
「…………」
赤石は無言で神奈を見る。
「赤石、お前はそれでいいのか?」
「…………」
視線を交錯させる。
今ここで否定することが出来るのか。平田を扱き下ろし、他クラスにすら悪名を轟かせてしまった自分が否定出来るのか。
誰もやりたくないことを断って、更にクラスメイトから悪意を受け取るのか。
もしここで自分が断れば、何かしら他の役職に就かされるだろう。そしてクラスメイトたちは、脚本を断った狂人と共に文化祭の準備をしないといけないと思うだろう。
それは果たして自分に対してどういう意味があるのか。
自分は他者からそこまで否定的な目で見られて、腫れ物でも触るかのように扱われてまで脚本を辞退する理由があるのか。
選択肢は、一つしかなかった。
最早赤石に逃げ道はなかった。
赤石は苦々しい顔をしながら、ゆっくりと首肯した。
「じゃあ赤石が脚本で決めるぞー」
赤石の意図を察した神奈は、脚本係に赤石を据えた。
「じゃあ他の役も決めてくぞー」
それからは、早かった。
教室内の誰もが赤石の係を決めかねており、互いに互いを牽制し合っていた。
どの派閥が赤石を抱えるか、という牽制をしあっていた。
だが、どの派閥にも関わりのない脚本という形をとることで、一応の決定がされた。
爆弾のような扱いをされているな、と自重気に嗤い、赤石は係の決定が済むのを待った。
結果的に、演劇には櫻井とその取り巻きたち、及び平田の派閥が入ることになり、自作映画には三矢や山本、その他の生徒たちが徹することになった。
赤石を避けたが故の、平田たちの方針だった。
最も難関であった脚本の担当が赤石に決まってからは五月雨式で、演劇や自主映画の配役などもつつがなく決定した。
そうして文化祭の係決めが終わった。
これから二か月後に向けて少しずつ学祭の準備が進んでいくことになる。
赤石は痛くなる頭を押さえ、頭の隅に脚本家としての責務を追いやった。




