第496話 平田家はお好きですか? 2
「夕食はお鍋でも良いですか?」
洋子は赤石たちに尋ねる。
「あ、別に何でも」
同様にカバンを下ろした暮石は、赤石の隣にちょこん、と座った。
「狭いって」
ソファーに平田、赤石、暮石の三人が座っている。
「そうだな。朋美、お前は床に座れ」
「なんで私の家なのに私が一番に外されるわけ!?」
「そうよ朋美、床に座りなさい」
「なんでお母さんはこいつの味方するわけ!?」
平田が足で赤石を蹴り、赤石はソファーから追い出される。
赤石は立ちあがり、近くをうろうろとする。
「赤石君も座りな?」
平田と暮石はソファーに座り、スマホをいじっている。
その辺りをうろうろとする赤石を見かね、暮石が自身の右隣りの席をポンポン、と叩いた。
「いや、大丈夫」
「ほらほら」
暮石が赤石の手を掴み、隣に座らせようとする。
「いや、俺は料理手伝って来る」
「あ、私もやった方が良いかも」
暮石はスマホをしまい、立ち上がった。
「お母さん、お手伝いします」
暮石と赤石はキッチンへと向かった。
「あらあら、お客さんなんだから大丈夫ですよ」
洋子が暮石を押しとどめる。
「いえいえ、私がやりたいので。ね、赤石君?」
「はい……」
「じゃあ、お願いしようかしら」
洋子は暮石と赤石をキッチンに招き入れた。
「許可が出ないと立ち入れないの、吸血鬼みたいだな」
「赤石君は吸血鬼っぽいけどね」
「吸血鬼は陽の当たる場所を嫌うからな。まぁ似たようなもんだ」
赤石は袖をまくった。
「何作ってるんですか?」
赤石が鍋を覗く。
「あごだしのお鍋ですけど、苦手な物とかありますか?」
「赤石君は?」
「苦手な物はあるけど、食べれない物は多分ない」
「意外~」
暮石がぱちぱち、と拍手する。
「赤石君って人の好き嫌い多いから、食べ物の好き嫌いも多いのかと思ってた」
「偏見すぎるだろ」
「悠人くんは人の好き嫌い多いのねぇ」
「お義母さん……」
赤石がため息を吐きながら洋子を見る。
「お義母さん言うな」
朋美がキッチンにいる赤石に突っ込みを入れる。
「お母さん以外呼び方ないだろ」
「そうよ、朋美。悠人くんに謝りなさい」
「謝るほどのことじゃないから!」
平田は足を上げ、返事する。
「テーブル拭くね、私」
暮石はテーブルを拭きに行った。
「何すれば良いですか?」
「じゃあそこの白菜切っておいてくれる?」
「分かりました」
赤石は白菜を洗い、包丁で切る。
洋子は赤石が切る野菜を鍋に敷き詰める。
「お皿どこですか~?」
テーブルを拭き終えた暮石が皿を探す。
「食器棚の上から二番目」
「なんでお前が知ってるんだよ」
暮石は食器棚を見に行く。
「ありがとうねぇ、悠人くん」
「何がですか?」
洋子は料理をしながら、赤石に話しかける。
「朋美と友達になってくれて」
「……いえ」
赤石は平田を見る。
平田はソファーで縦型の動画を見ていた。
「よし!」
洋子は気合を入れる。
「今日は朋美のお友達も来てくれてるし、良いお肉出しちゃおっかな!」
洋子は冷蔵庫から高級肉を取り出した。
「もう、良いってお母さん! こんなのに良いお肉とか出さなくて」
平田は母にブーイングする。
「朋美の大切なお友達なんだから、ちょっとはお母さんが良いところ見せるのよ」
ね、と洋子は赤石とアイコンタクトを取った。
「俺は別に……」
赤石はたじろいだ。
「本当に、ありがとうね」
「……」
洋子は赤石に再び、頭を下げた。
「そろそろできますよ」
洋子は料理を終え、鍋をテーブルへと持って行った。
「お箸どこ?」
「食器棚の一番下」
「だからなんでお前が知ってるんだよ」
赤石たちは皿や箸などを用意する。
「はい、出来ました~」
洋子はテーブルの中央に鍋を置いた。
「やっとできた~?」
平田がのそのそとやって来る。
「え~、なにこれ? 私の嫌いなやつ入ってるんだけど~」
これとこれ、と平田が指を指す。
「大丈夫だ、俺がお前に食べさせてやるから」
赤石は平田の皿に鍋をよそう。
「赤ちゃんじゃないから」
「離乳食ってもう卒業しました?」
「赤ちゃんじゃないから」
「市販の普通のドッグフードなんですけど、食べてくれますかね……?」
「金持ちの家で良い物食べてるせいで、安いドッグフードに口付けなくなった犬じゃないから」
貸して、と平田は自分の皿に鍋をよそった。
その後、洋子が全員分の鍋をよそう。
「さ、じゃあ皆さん座って」
洋子がパン、と手を叩いた。
赤石と洋子が向かい合うように座り、赤石の隣に暮石が、そして暮石と向かい合うようにして平田が座った。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
赤石たちは鍋を食べ始める。
「お茶、ちょっと少ないわねぇ」
四人のコップにお茶を注ぎ、洋子が少なくなったお茶を見る。
「おい朋美、取って来い」
「なんでお前が指図するわけ? お前が取って来い」
赤石はお茶を取りに行った。
「ごめんねぇ、お客さんなのに」
「いえいえ」
赤石はテーブルにお茶を置いた。
「暮石ちゃんは下の名前はなんて言うの?」
「あ、三葉です。暮石三葉」
まぁ、と洋子が頬に手を当てる。
「三葉ちゃんね」
「はい、はい」
暮石はぺこぺこと頭を下げる。
「うちの娘とはどういう関係なの?」
「あ、お友達やらせてもらってます。二年生の頃同級生で」
「まぁ、まぁ」
洋子が暮石と朋美とを交互に見る。
「容疑者みたいだな」
「取り調べじゃないから」
「ふふ」
洋子は小さく微笑んだ。
「三葉ちゃんと悠人くんとはどういう関係で?」
「……」
暮石が赤石を取る。
「こっちも、二年の頃の同級生で」
暮石が赤石を紹介する。
「で、赤石君は二年と三年で朋美の同級生で」
「あら~」
洋子が嬉しそうに手を合わせた。
「娘がお世話になってます」
「娘をお世話してます」
「されてないわ」
どうぞ、と洋子が赤石の皿に肉をよそう。
「本当にありがとうね、うちの娘と友達になってくれて」
「いや、もう、そんなの全然!」
暮石が手を振る。
「面倒くさいでしょう、うちの娘?」
「はい!」
赤石が元気よく答えた。
「主人が病気で入院してからは、娘ともめっきり話す機会が少なくなってねぇ……」
洋子は昔を思い出すようにして、語り始めた。
「毎日毎日夜遅くに帰ってきて、友達もガラの悪そうな女の子か、悪い顔の男の子をたまに家に連れてくるくらいで」
「赤石君もそこそこガラ悪いけどね」
「失礼だな、お前」
赤石が暮石を半眼で見る。
「そのお友達も、たまに家に来たらずっと部屋にこもりきりで、私が話しかけてもほとんど無視されて」
「今はもう関わってないから」
赤石と暮石は洋子の話を静かに聞く。
「お父さんが入院してからは、私も一人で食事をする機会が増えて」
「……」
朋美が顔を伏せる。
「でも、こうしてお友達が家に来てくれて、こんなに明るい食卓は久しぶりです」
目元に深い皺が刻まれている洋子は、くしゃりと笑った。
「そうですか」
「……」
赤石と暮石は照れくさそうに笑った。
「良かったら、これからもうちの娘と仲良くしてもらえると嬉しいです」
「いや、こちらこそ」
赤石たちはリビングで団欒し、お互いに同じ鍋をつついた。
「送りましょうか?」
食事を終え、しばらく歓談した赤石たちは平田の家を出ようとしていた。
洋子が車の鍵を持って、外に出る。
「いや、もう全然。家近いんで」
「でも危ないでしょう?」
「大丈夫です」
「三葉ちゃんも」
「あ、私お母さんに車で迎えに来てもらうように頼んでて」
「そう……?」
洋子は残念そうに二人を見送る。
「本当に大丈夫?」
「いや、もう全然!」
「お母さんが迎えに車で待ってても良いのよ?」
「あ、もう待ってもらってて」
「じゃあ一緒に……」
「いや、もうそんな、大丈夫です!」
暮石は洋子の善意を遠慮する。
「じゃあ……また、来てくださいね!」
「おやすみなさいませ」
「ありがとうございました~!」
赤石たちは平田の家から出る。
「ほら、あなたも!」
「お、おやすみ~……」
朋美は恥ずかしそうに頬を赤らめ、赤石たちに手を振った。
「……」
赤石たちは平田の家を出て、道路を歩く。
「楽しかったね」
「そうだな」
夜も遅いため、真っ暗になった道を、二人で、歩く。
「……ね」
「どうした?」
暮石は赤石の手を握った。
「手、つなごっか」
暮石はニコニコとしながら、赤石に顔を近づける。
「あんまり外でこんなことしたくないんだよな……」
赤石は困惑する。
「良いじゃん良いじゃん、誰も見てないんだから」
「誰も見てないかどうかは分からないだろ」
「彼女の言うことが聞けないわけ?」
「いや、別に嫌とは言ってないだろ」
「じゃあ良いじゃん」
「ん~……」
「大丈夫だって。ほら、先っちょだけ、先っちょだけだから!」
「何の先っちょだよ」
暮石は赤石の手を握りしめる。
じっとりと、手に汗をかいていた。
「やば」
暮石はハンカチを取り出し、手を拭く。
「緊張して汗かいちゃった」
あはは、と暮石は苦笑する。
「汚いよね」
「いや、別に良いけど……」
暮石は再び赤石の手を握り、体を寄せた。
「二人っきりだね」
「結構色んな家とかあるけどな」
向かいから、人が歩いて来る。
赤石は暮石の手をぱっと離した。
「……」
横を通り過ぎたことを確認し、暮石は再び赤石と手をつなぐ。
「なんか悪いことしてるみたいだね」
ふふふ、と暮石は嫣然と微笑んだ。
「悪いことなんじゃないか、じゃあ?」
「赤石君のえっち」
暮石は胸元をパタパタとあおいだ。
「ね」
「……?」
暮石は赤石の耳を引っ張った。
「今日、私帰りたくないの」
暮石は赤石の耳元で、そっと囁いた。




