第495話 平田家はお好きですか? 1
「もう夜も遅くね?」
家に帰りながら、平田は赤石に話しかけた。
「そろそろ人を襲う化け物が出てくるくらいの時間帯だな」
「どんな世界住んでんのよ」
「ゴブリン退治としゃれこもうじゃないか」
「死ね、ゴブリン!」
平田が赤石を襲う。
「誰がゴブリンだ」
赤石はひょい、と避けていなした。
「全く……」
平田は再び前を向き、歩く。
「あと、良かったらさ」
髪をくるくると回しながら、赤石たちに背を向けたまま言う。
「良かったらさ、うちでご飯食べてかない?」
「……」
「……」
赤石と暮石は顔を見合わせた。
「え、食べる食べる! 良いの!?」
暮石は嬉しそうにジャンプした。
「もちろん赤石君も行くよね、もちろん!」
暮石は笑顔で赤石に詰め寄る。
「いや、俺は良いよ。女同士積もる話もあるだろう」
赤石は一歩引いた。
「そんなのないよ、赤石君も行こうよ!」
ねぇ~、と暮石は赤石の手を両手で掴みながらぶらぶらと揺らす。
「女水入らず、というやつだな。楽しんできてくれ」
「そんな言葉ないよ!」
暮石はぷんぷんと怒り、地団駄を踏む。
「お前も来いよ」
平田が赤石を誘った。
「俺平田の家、禁足地にされてるから……」
「そんなこと言ってないから! そうなら禁足地解くし! 良いからお前も来いよ!」
「はあ」
赤石は肩をすくめた。
「お母さんにお土産持って行かないと」
「いらんわ!」
良いから来いよ、と平田は赤石に怒る。
「お母さんへの挨拶、この格好で良いかな」
赤石は自身の服装を見た。
「何でもいいし」
「スーツとか」
「結婚挨拶かよ!」
暮石がにこにこと笑顔で赤石を見つめる。
「……」
赤石は暮石を瞥見する。
「いや、首脳会談……」
「まだ引きずってたのかよ、その設定!」
赤石は弁解する。
「そろそろ着くよ」
しばらくの間歩き続け、平田の家の近くまでやって来た。
「今から晴れるよ、みたいな言い方」
「お前は一生雨に降られとけ」
赤石の家を通り過ぎ、平田の家の前までようやくたどり着いた。
「ただいま~」
平田は家の扉を開ける。
「ただいま」
赤石も平田に続いて家に入る。
「お邪魔しま~す……」
暮石はおずおずと敷居をまたいだ。
「あら!」
平田の母、洋子は来客者に気付き、慌てて玄関へとやって来た。
「あらあらあらあらあらあら!」
洋子は珍しい物でも見るような目で、赤石と暮石を見た。
「悠人くん?」
「ご無沙汰です」
赤石は洋子に会釈した。
「それと……」
洋子は両手で口元を隠した。
「もしかして、朋美のお友達……?」
洋子は心底驚いたような表情で、暮石を見た。
「初めまして、朋美さんのお友達の暮石です」
暮石はぺこり、と洋子に頭を下げた。
「嘘……!」
洋子は声を荒らげる。
「朋美、朋美ぃ!」
洋子は朋美を呼びに行った。
「あんた、お友達が来てるんだから、ちゃんと歓迎しなさい!」
どたどたと忙しそうに、洋子は娘を呼びに戻った。
「もう、うるさいって~」
「朋美、あなた友達いなくなるわよ!」
「面倒くさいし、そんなことお母さんがやってよ~」
「あなたのお友達でしょ!」
洋子はリビングで娘をしつけていた。
「ということで、入るか」
「駄目だよ、人の家なのに勝手に入っちゃ、赤石君」
暮石は赤石の服の裾を掴み、玄関で座らせた。
「良いだろ、別に平田の家なんだから何しても」
「良くないよ! 朋美のメンツ保つのが常識でしょ!」
めっ! と暮石は赤石の唇に人差し指を当てる。
「俺に常識なんてものはない」
赤石は顎をさすりながら決め顔で答える。
「いやいや、別に自慢できることじゃないから」
暮石は眼前で手をひらひらとさせる。
「……」
暮石は周囲を見渡し、そっと、赤石の甲に手を合わせた。
「手、おっきいね」
赤石の指をなぞる。
「オスだから」
「押忍!」
暮石が気合を入れる。
「人の家で止めてくれよ、暮石」
赤石は暮石の手をどけた。
「人の家じゃなかったら良いんだ」
「時と場合による」
「時と場合とかあるんだ、私彼女なのに」
「あります」
「付き合ったんだから、赤石君はもう全部私のものでしょ? じゃあ何しても良いよね?」
「暴力をコミュニケーションの一環と考えてそうなセリフ」
「へへへ、良い体してんじゃねぇか。ちょっと触らせろよ」
暮石が赤石の胸を触る。
「今そういう気分じゃないから……」
「それ女の子が言うセリフだから」
暮石はけたけたと笑った。
「このスリルがたまらないんじゃない?」
暮石は小首をかしげながら、赤石の手の甲をそっとなぞった。
「お前の方が俺よりよっぽど常識ないな」
「女の子は恋愛にスリルを求めるものなの」
「バカだな、女って」
「あ、バカって言った! いけないんだ~」
ひとしきりリビングで娘に言い聞かせた洋子は、少しして玄関に帰って来た。
「ごめんねぇ、悠人くん。うちのバカ娘があんなで」
結局、朋美は母に赤石の対応を任せた。
「いやいや、全然。慣れてるんで」
「それだと朋美が普通にバカ娘なだけになっちゃうから」
否定して、否定、と暮石が赤石を教育する。
「いえいえ、本当あんなバカ娘で。悠人くんがうちの愚女と付き合ってくれて、本当に感謝してます」
洋子はぺこぺこと頭を下げる。
「愚女……」
「あんまり聞かない言葉だね」
愚息はよく聞くけど、と暮石は小声で赤石に耳打ちする。
「そんなところに座ってないで、ほら、早く入ってください」
「どうも」
「お邪魔しま~す……」
暮石は靴を脱ぎ、ぺこぺことしながら平田の家へと入った。
「どうぞ、こんな家だけどゆっくりしてってください」
赤石が後方にいる暮石に言う。
「なんでさっきから赤石君はちょいちょいホスト側な感じ出してくるの?」
「俺の家みたいなもんだから」
「そんなに入り浸ってるの!?」
あはは、と洋子が笑う。
「相変わらず悠人くんは面白い子だねぇ」
「恐縮です」
「はぇ~……」
暮石は赤石と洋子のやり取りに呆けていた。
「……」
暮石は前を歩く赤石をつつき、ちょっかいをかける。
「愚息」
暮石が背伸びして、洋子に聞こえない程度の声量で赤石に耳打ちする。
赤石は眉をひそめ、振り返った。
「やかましい」
「へへ」
「静かにしとけ」
赤石たちはリビングへと入った。
「どうぞ、こんな時間なんで夕食でもご一緒に食べてってください」
リビングに着くと、洋子が食材の準備をし始めた。
「大丈夫です、そのつもりだったんで」
「ちょっとは遠慮して」
暮石が赤石を小突く。
「朋美から一緒に夕食を食べて欲しい、って道中で泣きつかれて」
「泣きついてないから」
朋美はカバンを床に置き、ソファーに座りながらスマホを触っていた。
「あと名前で呼ぶな」
「この女がうるさくて」
赤石は笑顔で洋子に伝える。
「やっぱり名前で呼んで」
平田は半眼で赤石を見た。
「カバン下ろしたら?」
「ありがとう」
赤石は平田にカバンを渡した。
「いや、お前の執事じゃねぇから!」
「今日の予定は?」
赤石は上着を脱ぎながら平田に聞く。
「知らんわ!」
平田は赤石のカバンをそこらに投げ捨てた。
「なんてことするんだ。生卵入ってるんだぞ」
「なんで卒業旅行で生卵なんて買ってきてるわけ?」
洋子は、娘とその友人たちの様子を、嬉しそうに見守る。
「どうぞ、ゆっくりくつろいでください」
「あ、どうもありがとうございます……」
暮石は恐縮しながら、上着をハンガーにかけた。
「あ、それ上着用のハンガーじゃないから」
「なんでお前が知ってるわけ?」
赤石は暮石に上着用のハンガーを貸して渡した。
「ふふふふふ」
洋子は満足そうに、微笑んだ。




