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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第493話 平田清はお好きですか? 4




 赤石と暮石は二人、病院の外で平田を待っていた。

 患者の心の安らぎのためか、いたるところに植えられた木を見て、二人は一息つく。


「遅いな」

「ね」


 赤石と暮石は木に留まる小鳥を指さし、雑談する。


「積もる話も、あるんじゃない?」

「……そうか」


 二人は穏やかな空気の中、平田の帰りを待った。


「平田だ」


 赤石が病院の中を見てみると、平田が瞼をこすりながら、赤石たちの下に戻って来ていた。


「平田」

「ひっ、ひっ……」


 平田が両手で何度も瞼をこすりながら、病院を出て来た。


「平田……?」

「あ、あか、あか、あかい、し」


 平田は病院を出ると、真っ先に赤石に駆け寄った。


「わた、わ、わた、私、ひっ、あ、あか、あか、赤石に、お礼、お礼、言いたく、て」


 平田は赤石の両手を握る。


「私、私の、こと、怒って、くれて、あり、あり、ありがとう」

「あ、ああ……」


 明らかに平常心を失った平田の状況に、赤石は狼狽する。


「わた、わた、私と、ひっ……とも、友達に、なって、くれて、ありがとう」

「……ああ」


 平田は何度も嗚咽しながら、赤石に感謝の言葉を並べる。


「わた、私、ほん、本当に、悪い、子だった、から」


 平田はボロボロと涙をこぼしながら、赤石に頭を下げる。


「悪い、子、だった、から、赤石、おこ、怒って、くれて、あり、あり、あり、ありが、とう」


 平田は赤石の両手に頭を乗せる。

 赤石は困惑した表情で暮石を見た。


「どこか座れるところでも探そう」


 赤石と暮石は平田を静かな場所まで連れて行く。


「わた、私、お父さんと、話して、話し、話して、きて」

「ああ」

「おと、お父さん、ひっ、お父さん、ひっ、お父さん、が、わ、わた、私に、あや、あや、謝って、きて」

「ああ」

「お父、お父、お父さん、ひっ、私が、わた、私が、悪いのに、ずっと、あや、あや、謝って、きて」

「……そうか」

「わ、わた、わた、私、泣いたら、だ、だ、ダメ、ダメだと、おも、おも、思って」


 平田は詰まりながらも、少しずつ言葉を紡ぐ。

 平田の置かれている状況が、赤石たちにも少しずつ伝わっていく。


「そうか……」


 父親の前では泣けなかったんだろう。

 父親に心配をかけたく、なかったんだろう。

 必死で泣くのを我慢してきた平田は、堰を切ったかのように号泣する。


「わた、わた、ひっ、わた、私、お、おと、お父さんに、ず、ずっと、ヒドい、こと、言って」


 平田を静かな場所に誘導し、座らせた。


「おと、お、お父、お父さん、おと、おと、お父さん、が……」


 ゴホゴホ、と平田は咳をする。

 赤石と暮石は平田の背中を撫でる。


「お、おと、おと、お父さん、が、わた、私、私の、ひっ、こと、全然、おこ、お、怒らなくて、わた、わ、わた、私、私が、ず、ずっと、わ、悪い子、だったのに、おと、お、お父さんが、ぜん、ぜん、全然、お、おこ、ひっ、おこら、怒ら、なくて」

「ゆっくりでいいよ」


 話を急ごうとする平田を、赤石がなだめる。


「おと、お、お、おと、お父さん、が、私に、何も、でき、で、でき、できなかった、こと、後悔、してる、って、ずっと、ず、ずっと、私に、あや、あ、謝って、きて」


 平田が涙をボロボロとこぼしながら、伝える。


「わた、わた、私、私、わた、私が、悪かった、のに、私、私に、わた、ず、ずっと、謝って、きて」


 ゴホゴホ、と咳をする。

 赤石は平田の背をさする。


「わた、わ、わた、私の、せい、せい、で、お酒、いっぱい、飲んで、わた、わた、わた、私の、せい、せ、せい、なの、に……」

「……」


 それはきっと、平田の責任でもあるのだろう。

 父親は平田の非行を止めることが出来ず、責任を重く感じた。

 平田を上手く育てることが出来なかった、自分自身への怒りもあったんだろう。

 その根本の原因になったのは、確かに言う通り、平田なんだろう。


 平田の非行が間接的に父親を追い詰めたという、ことなんだろう。


「わた、わた、わ、私の、せい、なの、に」


 赤石は平田にハンカチを渡す。

 平田はハンカチで涙を拭う。


「わた、私、私、おと、お父、お、お父、お父さん、に、し、死ね、とか、ひっ、いっぱい、言って、言って、言って言って、きて」

「……」


 平田の言葉が父親に悪く伝わってしまったのも、きっとそうなんだろう。

 平田の言葉に父親が苦しめられ、酒に逃げるようになったのも、きっと事実なんだろう。

 平田自身が、自分の言葉を。

 そして行動を思い返し、後悔しているんだろう。


「わた、わた、わ、私、おと、お、ひっ、お父さん、お父さん、に、し、死ね、って、な、なん、何回、何回も、言って、言う、ひっ、言って、言って、きて」

「……」

「おと、お、お父、お父さん、が、ひっ、おと、わた、私、わた、私の、せいで、死んじゃう」


 平田は号泣しながら、ハンカチに顔をうずめた。


「……」

「……」


 赤石と暮石は二人で顔を見合わせ、平田の背中をさする。


「お前のせいじゃないよ」


 赤石は平田にそう呟く。


「わ、わた、私、わた、私の、せ、せい、ひっ、な、せい、なの、に、お、お父、お父さん、私、わた、私の、ひっ、私の、こと、ぜん、全然、怒ってなく、て、わた、私、わ、私、ひど、ヒドい、ひっ、ヒドい、こと、しちゃ、って」

「……」


 言葉が、出ない。


「おと、お、お父さん、お、お父さん、お父、お父さん、が、し、しん、し、しん、死んじゃう」


 平田は痩せこけて焦点の合わなくなった父を思い出し、再び号泣する。


「げ、ゲーム、げ、ゲーム、で、わた、私、私に、いじ、ひっ、い、意地悪、し、したこと、覚え、覚え、てて、ずっと、ず、ずっと、私の、私のこと、悪い、わる、ひっ、悪い、こと、した、って、い、言って、て。そ、そんな、どう、どうでも、どう、どうでも、いい、こ、こと、なのに、ひっ、辛かった、よね、って、言って、きて」


 平田にとって、それは大した思い出ではなかったんだろう。だが、平田の父の中では娘を泣かした、という罪の思い出になっているんだろう。

 娘を泣かせた、という事実だけが先行し、自分自身の犯した罪を思い出させるモチーフになってしまっているんだろう。悪い思い出だけが自分自身の中で何度も何度も増幅され、娘への後悔の一つになってしまっているんだろう。


 そしてそのまま、娘を泣かせてしまった思い出がコレクションとして積み重なり、ほんの小さな、平田にとってどうでも良いようなことでも、罪を感じる要因の一つに、なってしまっているんだろう。

 良くも悪くも、娘を泣かした経験として、父の中で強く残ってしまっているんだろう。


 娘への罪を何度も何度も自身の中で反芻して、そのたびに罪悪感を増幅させてしまっているんだろう。

 自分が娘にとってどれだけ悪い父親だったか、と結論ありきで自己本位に、こじつけようとしてしまっているんだろう。

 自己嫌悪が膨らみ、死を目前にして、娘への罪悪感と後悔で、頭がいっぱいになっているんだろう。


「お、おと、お父さん、おと、おと、ひっ、おと、お父さん、が、わた、私、わた、私、私の、ため、に、死ぬこと、死ぬ、死ぬこと、しか、ひっ、でき、できない、って」


 平田が父に死ねと言ったことが果たして父に影響を与えたのか。

 父は平田の言葉をどこまで真剣に受け取っていたのか。


 平田の父にとって。不出来でどうしようもない、と自称する父にとって、そんなどうしようもない父が娘の前から消えることこそが、娘にとって一番の幸せであると、そう、言いたかったんだろう。


 何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も。


 娘を苦しめ、苦しめ続けた自分が。


 娘のためにしてやれることは、何なのか。

 大病を患い、ロクに動けなくなった自分が、娘のために出来ることは何なのか。


 きっと。


 それは、死ぬことだったんだろう。


 娘の前から消え、自分自身がいなくなることが、娘にとって一番の幸せだと、思ったんだろう。


 平田は自分が父に死ね、と言ったことが原因で父が死に瀕していると考えているだろうが、実際はそうではないだろう。


 平田の父は、自分自身を、強く、罰そうとしている。


「わた、私、わた、私、わ、わ、私、ひっ、私の、せい、だ。わたし、わた、わた、私、の、せい、だ」


 平田は声を上げて、泣く。

 

 人目も、はばからずに。


 まるで、赤子の、ように。


 平田は嗚咽しながら、泣き続けた。


「ごめ、ごめ、ごめん、なさい。ごめ、ごめ、ご、ごめ、ごめん、なさい。ごめ、ごめんな、さい。悪い、娘、でご、ごめ、ごめん、なさい。おと、お父、お、お父さんに、何回、なん、何回も、死ね、って、言って、ごめ、ごめん、ごめんなさい。ごめ、ご、ごめん、ごめん、なさい。悪い、娘、で、ごめ、ご、ごめん、なさい。いっぱい、めい、め、迷惑、かけて、ご、ごめんな、さい」


 平田は涙をボロボロと流しながら、その場にいない父に向かって、謝罪し続けた。


「……」


 赤石は平田の背中を、ただ、そっと撫でてやることしか、出来なかった。




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― 新着の感想 ―
思春期を迎え親に対し嫌悪することはある しかし親から「俺さえ○ねば(生活も)楽に」は 心にくるわ、、、
悲しいね、私は両親を早くに亡くしたので記憶が朧げと言うか余りにも悲しくて脳が現実を逃避したのかな、思い出がないんです。中学生の時だったのに記憶が全くありません。自己防衛しないと正気でいられない 程苦し…
いずれにせよ、平田のお父さんには少しでも楽しく生きてほしいですね。自ら進んで苦しんでいる人を見ると、いつも悲しくなります。それは簡単に抜け出せる状態ではないですから、特にこの年齢の方にとっては。
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