第490話 平田清はお好きですか? 1
卒業旅行が終わり、赤石たち一団は蜘蛛の子を散らしたように、次々と帰途につく。
「赤石」
「赤石さん」
花波、上麦、鳥飼が、赤石の下にやって来る。
「帰る」
「元気でな」
赤石は上麦たちに手を振る。
「三葉、帰ろ?」
上麦が暮石を見る。
「あ~、ごめん。私これから用事あるから二人で帰ってて?」
「……りょーかい」
上麦と鳥飼は顔を見合わせる。
「大学入ってからも、たまに遊ぼ」
「ああ」
上麦は赤石と拳を合わせ、帰って行った。
「悠、か~えろ」
「悠~」
須田と三千路が赤石たちの下にやって来る。
「ごめん、今日は用事があるから二人で帰っててくれ」
「あらあら。お盛んなこと」
三千路が口元に手を当て、ぷぷぷ、と笑う。
「散れ散れ。ハウス」
「は~い。帰ろ、統」
「おう。また大学で、悠!」
「あぁ、大学に入ってからも頼むぞ」
「おう!」
須田と三千路は赤石に手をあげ、帰る。
「じゃ、また」
「また大学で~」
京極と新井が赤石たちに手を振る。
「悠人、また、一緒に……」
「ああ」
卒業旅行も終わり、まだ受験の合格発表を控えている船頭は、浮かない顔で赤石たちに手を振り、帰る。
「赤石君、映研で待ってるからね!」
それから、未市、三矢、佐藤と、卒業旅行に来ていた班員は次々とその場を後にした。
「……」
「結構減ったねぇ」
その場に残るは、赤石、暮石、平田、高梨、八谷、那須となった。
「……」
高梨は次々と去っていく友人たちを見送りながら、一人腕を組んで、壁に背中を預けていた。
「お嬢様」
高梨の横で控えていた那須が、高梨に声をかける。
「お帰りになりませんか?」
「……」
高梨は那須をギロ、と睨みつける。
「まだ帰らない」
「……承知いたしました」
那須は高梨の一喝を受け、再び無言で高梨を待つ。
「赤石」
八谷は赤石が一人になる機会を伺い、ずっと待っていた。
だが、いつになっても赤石が暮石、平田と共にいるため、痺れを切らし、赤石に話しかけた。
「どうした」
赤石が八谷を見る。
「まだ時間、あるわよね」
旅行が終わったとはいえ、まだ日の出ている時間帯である。
八谷はちら、と腕時計に視線を落とす。
「良かったらこれからどこか遊び行ったり……」
「あぁ、ごめん。無理だ」
「……」
赤石は八谷からの誘いを袖にする。
八谷は心配そうな表情で、赤石と暮石を見る。
「これからちょっと予定あるから無理そうだ。ごめんな」
赤石は平田と暮石を見た。
「そ、そっか……」
「ああ」
これからようやく赤石と二人の時間が取れると思っていた八谷は、がっくりと肩を落とした。
「じゃ、私、帰る……」
「ああ。車とか気を付けて帰れよ。またな、八谷」
「ありがと」
八谷は踵を返し、とぼとぼと歩く。
「じゃ、私たちも帰るね~。皆~、気を付けて帰ってね~」
後方から、暮石の声が聞こえる。
赤石は暮石と横になって歩き、八谷とは別方向から空港を出る。
「あ……」
八谷はようやく思いいたる。
赤石は暮石と交際することになったんだ、と。
段々と遠ざかっていく赤石と暮石の背中を、目に焼き付ける。
「赤石……」
赤石と暮石は交際することになった。
「……」
そう思っていたが、暮石と赤石の前に、平田がいた。
平田を先頭にして、赤石、暮石が後方についていた。
「平田さん……?」
気のせいか、と思い悩むことを止めた。
本当に交際をしているのなら、平田が間にいるわけがない。
八谷はほっと胸を撫で下ろし、空港を出た。
「お嬢様」
「……」
「……帰りましょうか」
「……ええ」
那須と高梨は静かに、帰ることにした。
「バス使うから」
「分かった」
「道案内よろしくね~」
空港を出て、平田は赤石と暮石を先導していた。
赤石と暮石は平田について行く。
「何しに行くの?」
「何か平田が見せたいものがある、って」
「スーパーコンピューターとかかな?」
「なんでスーパーコンピューター見に行かないといけないんだよ」
平田がカードをタッチし、バスに乗る。
赤石、暮石も続いてバスに乗る。
「ドアが閉まります。ご注意ください」
平田が席に座り、暮石は平田の隣に座った。
赤石は平田の後方の席に座る。
「……」
バスが発進し、走り始めた。
その時、赤石のスマホが震えた。
「……」
赤石は薄い目でスマホを見る。
バスの中でスマホを見続けると乗り物酔いが激しくなるため、通知だけ見た。
『今、どこ行ってるの?』
八谷からチャットが来ていた。
赤石は八谷に連絡を返す。
『平田が見せたいものがあるらしいから、連れて行ってもらってる』
赤石は八谷に連絡を返した。
『そっか。楽しんできてね』
『楽しめる内容なら良いけどな』
赤石は八谷にそう連絡を返し、スマホをカバンの中にしまった。
乗り物酔いを防ぐため、窓の外を見る。
「結構遠いんだな」
赤石は前の席の平田に声をかける。
「着く時は言う。空港の近くだから、あんまり時間はかからない」
「そうか」
平田は後ろを振り返り、赤石にそう教えた。
一体どこに連れていかれるんだろう、と悶々としながら、赤石は外の景色を見ていた。
しばらくバスが走り、いくつかの停留所を通った。
「ドアが閉まります、ご注意ください」
停留所でバスに人を乗せた後、平田が後方にいる赤石に振り返った。
「次、降りるよ」
「結構遠かったな」
「文句言うな」
平田は暮石にも声をかける。
次の停留所で、赤石たちはバスを降りた。
「……」
赤石は目の前の建物を、細目で見た。
「病院……?」
暮石が赤石をちら、と見る。
赤石たちの眼前には、山で囲まれた大きな病院がそびえていた。
「行くよ」
「あ、ああ」
平田は赤石たちに声をかけ、病院に入って行く。
病院で受付を終わらせ、平田は病室へと向かった。
「お見舞い……?」
「みたいだな」
赤石と暮石は緊張した面持ちで、平田の後を追う。
平田は指定された病室へと、入った。
「……」
ドアを開け、平田が病室に入る。
平田の向かう先には、やせ細った一人の老人が、ベッドで寝ころんでいた。
「散々、だった、なぁ……」
老人は窓の外を眺めながら、何かぼやいていた。
赤石と暮石は平田の後方から、距離を取りながらゆっくりと病室へと入った。
「なんで、だろう、なぁ……」
ぼそぼそと、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、老人はそうぼやく。
「お父さん」
平田は老人に、そう声をかけた。
「あぁ……」
平田の声掛けにも気付かず、老人はぼんやりと寝ている。
「お父さん!」
「……あ、あぁ」
平田の声に気が付いた老人は、平田の顔を見た。
「と、朋美、か……」
「お父さん……」
老人はくしゃくしゃの顔をさらにくしゃくしゃにして、平田にそっと笑いかけた。
老人のように老いている男は、平田の父、平田清であった。
およそ健康とは思えない様にやせ細った体をした清は、老い先が長くないように思えた。
手足に肉がなく、骨ばっていてあまりにも細い。
頬はこけ、目は爛々と輝いている。
目の焦点があっておらず、どこを見つめているのかよく分からない。
赤石と暮石は、平田の後ろにそっとついた。
「お見舞い、来たよ」
「あぁ……。ありがとう、ありがとう、な」
平田は道すがら買っていた果物の詰め合わせを、置いた。
「後ろは……?」
清は赤石と暮石を見る。
「友達、か?」
清は平田に尋ねる。
「……」
平田は不安そうな顔で、うつむいた。
「朋美さんの友人です。赤石と言います」
平田がうつむくや否や、赤石は真っ先にそう答えた。
「あ、と、友達、です。暮石と言います」
暮石は赤石に遅れ、そう名乗った。
「は、はは……」
清は赤石と暮石を見やり、破顔する。
「嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
満足そうに、自身の胸を撫でる。
「朋美に、こんな、立派な、友達が出来て……。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
清は赤石と暮石を見ながら、小さな声でそう喜んだ。
「朋美……」
清は細い目をさらに細め、目を弓なりにする。
「立派に、なったなぁ……。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
「お父さん……」
平田は父と見つめ合う。
「今まで、ロクに、友人も、できなかったのに、こんな、立派な友達ができて、嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
「……言いすぎだよ」
平田は洟をすする。
「出よう、暮石」
「……うん」
赤石と暮石は家族水入らずな時間を過ごす平田を気遣い、病室を出た。
「立派に、なったなぁ……」
清は娘の成長を、心底喜んでいた。
 




