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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第487話 支配階級はお好きですか?



「着いた~」


 赤石たち一行は空港に到着した。


「いや~、よく寝た」

「寝すぎだろ、お前は」

「悠も結構寝てたよ」


 バスを降りた赤石たちは遂に空港へと到着し、残すは帰るのみとなった。


「でもちょっと早く着きすぎじゃない?」


 新井がスマホで時間を確認する。

 飛行機の出る時間まで、まだ数時間ある。

 幾分かの時間を残し、余裕を持った状態で赤石たちは空港へと着いた。


「早く着いて悪いことは何もないからな」

「ん~」


 新井は上麦を見た。


「皆、飛行機まだ。ここの近く、ちょっと観光してて良いよ」


 上麦はそう言うと、トコトコとどこかへ向かい、姿をくらませた。


「飛行機は五分前に着いたからといって、すぐに乗れるものじゃないわよ。三十分は余裕を見て集まっておいて。心配な人は飛行機が来るまでここで待ってなさい。皆、一旦解散」


 高梨が手を叩き、一同を解散させた。








「……」


 一同を解散させた高梨は、フラフラと周囲を見回っていた。


『後悔をするくらいなら、当たって砕けろ』


 暮石の言葉が、高梨の胸に突き刺さる。

 自分にとって、これが最後のチャンスかもしれない、と頭を抱えた。


 本当は自分が告白するはずだった。

 本当は自分が赤石と付き合っているはずだった。


 それを、全て奪われた。

 ぽっと出のあの女が、全てを奪って去って行った。


 高梨は屈辱の炎に、身を焦がされる。


「……っ」


 歯ぎしりをする。

 何故やることなすことが、こうも上手くいかないのか。


 高梨は空港の周囲で、赤石を探していた。


「……」


 赤石の出て行った方角を頼りに、探すこと三十分。高梨はついに、赤石を発見した。

 備え付けの木製ベンチと木製テーブルにデザートを置き、赤石は一人で食事をしていた。

 これ幸いに、と高梨はすぐさま赤石の下へと向かった。


「赤石君」

「……?」


 赤石はデザートを頬張りながら、高梨を見た。


「あぁ、高梨か」


 そう短く呟くと、次のデザートに手を付け始める。


「何してるのよ、こんな所で」

「いや、近くの店で買ったデザート食べてるだけだけど」


 高梨は赤石と向かい合うようにして、ベンチに座る。


「男のくせに甘い物なんて食べて、女々しいわね、あなた」


 赤石と向かい合うと、どうしてもまず最初に悪態をついてしまう。

 相手との距離が近くなればなるほど、気を許してしまい、家にいるかのように振る舞ってしまう。


「さすがに甘い物くらい食べさせてくれよ」

「ふん」


 高梨はテーブルに置いてあるデザートに目を落とす。


「こんな、そこら辺のコンビニで売ってそうなちっぽけなデザートを後生大事そうに抱えて、あなたもつまらない男になったものね」

「止めてくれよ、そんな言い方。特産品だぞ、北海道の」


 高梨はデザートを一つ取った。


「いただくわよ」

「どうぞ」


 赤石は眼前に広がる雄大な景色を眺めながら、もぐもぐと咀嚼していた。


「綺麗だなぁ……」


 北海道ならではの雄大な自然に、赤石は圧倒される。

 赤石の地元とはまた違った厳かな自然を目にすることで、自分がいかにちっぽけな存在かと、自覚させられる。


「私のことかしら?」

「あ、あぁ、そうだな」


 高梨は頬杖をつき、赤石の顔をじっと見る。

 赤石は高梨を一瞥し、視線を外した。


「あなた自然が好きなのね」

「そうだな、とても」

「空、森、川、山、あなた自然が好きで仕方ないのね」

「そうかもしれないな」

「犯罪者みたいね」

「犯罪者は自分のしたことの罪深さを直視したくないから自然を見る、みたいな論法止めてくれよ」


 赤石はくすくすと笑った。


「そんなに自然が好きなら、また私がどこかに連れて行ってあげるわよ」

「そうしてもらえると嬉しいよ」


 高梨の、小さなアプローチ。

 赤石は所在なさげに、答える。


「免許でも取ったら、乗せてあげるわね」

「嫌だよ、怖い」


 赤石は半眼で高梨を見る。


「事故るやつだろ、それ」

「失礼ね、ちゃんと練習してから迎えに行ってあげるわよ」

「近場で頼むよ」

「分かってるわよ」


 高梨は頬を薄く染める。

 ドライブデートを取り付けた、と小さくガッツポーズをする。


「これが終わったら俺たちも大学生かぁ」

「……」


 赤石と高梨は大学で、別々になる。


「楽しみだなぁ、大学生」


 赤石は呑気な表情で、大学への喜びを語る。


「きっと色んな出会いがあるんだろうな」

「……」

「今まで経験できなかったこととか色々経験できるんだろうな」

「……」

「やっぱ大学生って自由っていうもんな」

「……」


 高梨の表情が、どんどんと曇っていく。


「生徒が主導で学祭成功させたりとかあるって聞くよな」

「……」

「やっぱライフステージの転換点ってわくわくするよな」

「……」

「高梨も日本一の大学だもんな、色々ありそうだな」

「……」

「四年間もモラトリアムがあれば、色々経験したことのないことも出来そうだな」

「……」

「楽しみだな」

「……」

「早く大学生になりたいもんだな」

「……」


 高梨は一層、暗い表情をする。

 赤石のことが、不愉快でたまらなかった。

 自分と離れることを喜んでいるかのように思えた。

 まるで自分と離れることが出来てせいせいした、と言っているように感じた。

 今までの人間関係を清算しようとしている赤石の姿を見て、心底腹が立った。

 赤石にとって、自分たちは無価値な人間関係であり、より良い人間関係を構築できることを楽しみにしているようにも、聞こえた。


「……無理に決まってるでしょ」


 無意識に、そうこぼれた。


「え?」


 高梨は引きつった笑顔で、赤石を見る。


「あなたなんかが大学で上手くやっていけるわけないでしょ」

「……」


 顔を引きつらせながら、歪な笑顔で、高梨は赤石にそう言う。


「あなたみたいな不出来な人間が、大学生活を楽しめるわけないでしょ。自分に何の力もないのに、自分に何の魅力もないのに、甘えた空想ばかり言ってるんじゃないわよ。見てて痛々しいのよ。愚かしてく見てられないわよ、あなた」


 一度こぼれた思いは、もう止められない。


「高校でさえまともな人間関係も築けなかったあなたが、大学でそんなに上手く人間関係を築けるわけないでしょ。甘えるのも妄想するのも大概にしなさいよ。私なんかよりもはるかに頭も悪いあなたが、一体何を成せるっていうのよ」


 違う。


「頭も悪い、才能もない、努力もしない、あなたみたいな無能の愚図が楽しい大学生活なんて遅れるわけないじゃない。せいぜい、またいじめられて終わるくらいよ。今まで周りの皆の協力があってこそ、あなたは生かされていたようなものなのに、全部が全部自分の力だと、自分の手柄だと過信して、愚かしいのよ、あなたは」


 そんなことが言いたいわけではない。


「今まで人にさんざヒドいことを言っておいて、あなたは周りの優しい皆にただ守られて来ただけよ。周りの皆が愚図のあなたを許してあげてただけよ。自分の力も見極められないのに、自分一人で無暗に突っ込んで皆を危険にさらして、本当に不愉快なのよ、あなた」


 高梨が心の奥底に隠していたものが。

 高梨の甘えが、全て赤石に注がれる。


 距離が近ければ近いほど、言葉も強くなる。

 彼なら、彼女なら、これだけ言っても自分のことを許してくれる。

 これだけ言っても、受け入れてくれる。

 家族の様に仲良くしている赤石なら、これだけ言っても自分のことを受け入れてくれるはずだ。

 自分の悪態も、優しく受け止めてくれるはずだ。


「私の忠告もまともに聞かずに、結局あなたは失敗したじゃない。私がいないとあなたは失敗してばかりじゃない。あなたの人生、今までずっと失敗続きよ。私が言うことを実践できないから失敗したのよ。私の言うことに最初からずっと従ってたら、こんなことにはならなかったじゃない」


 赤石が自分ではなく暮石を選んだという事実に、心底腹が立っていた。

 何故自分を選ばなかったのか。

 何故暮石を選んだのか。

 一体自分の何が駄目だったのか。

 赤石の一挙措一挙措が、不快に思えて、ならなかった。

 不愉快で、ならなかった。


 自分を選ばない赤石に、一言お灸を据えてやらないといけないと、思った。

 また間違えた選択をしている赤石をこらしめてやらないといけないと、思った。


「今まで間違った選択をし続けてきたあなたが、大学になって急に正しい選択をできるようになるわけ? 大学になって急に頭が良くなって、良い人間関係でも築けるわけ? そんなわけないでしょ。高校の時だって、私の言うことを聞かずに皆から嫌われて、あなたは一体何がしたいの? まだ来てもない大学生活を羨ましがって、見ていて滑稽ね、あなた本当に。嗤っちゃうわ」


 気の置けない赤石へ言葉を紡ぐたびに、自分の発言が父親と近づいていくことを、感じる。

 あぁ、自分はやはりあの親の娘なのだ、と。

 自分があれだけ苦しめられた発言が。

 自分があれだけ悲しく思えた父からの発言を。

 

 今度は自分が、赤石に対して、してしまっている。


 自分があれだけ批難していた父親そのものの姿に、なろうとしている。


「浅ましいのよ、あなた! 最初から最後まで徹頭徹尾。私のアドバイスも聞かずに自分勝手なことをして、自分で突っ走って皆に迷惑をかけて、最終的に私たちに泣きついてきて、見ていて気分が悪いのよ! あなたを見てたら不愉快な気分になるのよ! ちょっとは私の言うことが分かったのなら、頭を下げて、今! この場で、謝罪しなさいよ! 私たちに迷惑をかけたことを謝罪して、今この場で頭を下げなさいよ!」


 高梨は立ち上がり、赤石をその場で怒鳴りつけた。


「……」


 赤石は顔を上げないまま、しばらく沈黙した。


「……」


 赤石は高梨を見る。


「……」


 そして。


「……なんで、そんなこと言うんだよ」


 赤石は悲しげな表情で、高梨に、そう、呟いた。


「お前は今までずっと、俺のことをそんな風に思ってたんだな」


 信じていたはずだった。

 高梨はそうではないと、信じていたはずだった。


「ぁ、ぇ……」


 高梨はわなわなと震える。


「やっぱりお前も支配階級の人間だからな。俺みたいな下層の住民を見下してたんだな」


 赤石は自嘲気に、そう呟いた。


「ぃや、違う、違うくて……」


 やってしまった。

 赤石なら受け止めてくれると、思った。

 冗談として軽く受け流してくれると、思った。

 赤石なら、きっと自分の気持ちを理解してくれると、思った。

 暮石と付き合った自分の選択が間違いだったと気付いてくれると、思った。

 今までいくつもの言葉を紡ぎ、互いに貶しあい、言葉を交わした自分たちなら、ちゃんと意図が伝わると思った。

 自分のしたことが間違いだと気付き、ちゃんと理解してくれるんじゃないかと、思い込んだ。

 赤石なら、きっと分かってくれるはず。

 自分が今どれだけおかしなことをしているのか、ということを。

 そして、暮石と付き合っていることに腹が立っているという気持ちも、きっと気付いてくれるはず。


「違う、違う……」


 高梨は目を潤ませる。

 そんなものは、ただの方便。

 高梨はただ、自分を選ばなかった赤石を、詰りたくて、仕方がなかったのだ。

 常に自分の思った通りに動かない赤石のことが嫌いで嫌いで、仕方なかったのだ。

 届かない自分の思いに不満が溜まり、好意を寄せる赤石が自分に振り向かないことが、不愉快で不愉快で、たまらなかっただけなのだ。


「謝るよ、ごめん」


 赤石はデザートを片付け、その場で高梨に頭を下げた。


「俺が全部悪かったよ」


 赤石は顔を上げ、薄く、高梨に微笑んだ。


「違う、違う……。そうじゃなくて……」


 赤石を怒らせてしまった。

 微笑んでいるのに、その根幹には怒りがあることが、目に見えて分かった。


「じ……」


 高梨は笑った。

 歪に、笑った。


「冗談、冗談よ。そ、そんなこと思ってないわよ。試しただけ。なに本気になってるのよ」

「……」


 あはは、と冷や汗を垂らしながら、高梨は腕をブンブンと振る。


「……」


 赤石は微笑んだまま、高梨を見る。


「そうか」


 赤石は高梨に、背を向けた。


「どこ行くの!?」

「そろそろ空港に行こう。遅れたらコトだ」

「ま、待って……!」


 高梨は急ぎ、荷物をまとめて赤石の背中を追う。


「ビ、ビックリしたかしら、赤石君!」


 高梨は赤石に追いつき、後方から話しかける。


「ああ、びっくりしたよ」


 赤石は高梨を振り返らずに、歩く。


「冗談、冗談だからね!」

「あぁ、分かってるよ」

「本当に冗談だから!」

「あぁ」


 赤石は、振り返らない。


「……」


 高梨は、その場で足を止めた。


「……」


 そしてその場で歯を食いしばり、目に涙を溜めた。


 赤石を、怒らせてしまった。

 間違いなく、自分に対して怒っている。


 自分の甘えが。

 自分の愚かな自己肯定が。

 薄汚れた自分の精神が、赤石を傷付けた。


 本当は自分が一番言われたくなかったはずなのに。

 あれだけ父親から言われて自分が傷ついた言葉なのに。


 無意識のうちに、赤石にその言葉を投げつけてしまっていた。


 自分が赤石を傷つけた。


 赤石を傷つけてしまった自分への義憤が、自己嫌悪が、高梨に大きな傷をつける。


「……」


 高梨はその場で、動けなくなった。


「最低だ……」


 高梨は膝を折り、しゃがみ込んだ。


 赤石は高梨を振り返ることなく、一人、空港へと向かった。




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― 新着の感想 ―
高梨はここで失敗して良かったと思うわ。赤石と下手に付き合うより、きちんと内省して成長して、良い人と巡りあった方が幸せになるよ。頑張って
がんばれ!がんばれ!た〜か〜な〜し最後は貴方が勝つのよ!
口で素直になれないことわかってるんだから文に頼るんだよそういう時は
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