第47話 文化祭の準備はお好きですか? 1
「おい赤石! お前おもろいやっちゃなぁ!」
「…………何?」
翌朝、赤石は三矢に声を掛けられていた。
「お前自分の考えとか何も言えん奴やと思っとったのに意外と自分の考え言う奴なんやな! ビックリしたぞ!」
「はぁ…………それはどうも」
「三矢殿、赤石殿が困ってるでござるよ」
赤石は三矢と山本に囲まれ、圧倒されていた。
昨日は櫻井に朝の時間を取られていたから一日日が空いたのか、と理解する。
「俺もあの空気は何とかしなあかんと思ったんやけどなぁ。まさかお前が何とかしてくれるとは思ってなかったわ! お前があの時動いてなかったら俺が動いとったと思うわ!」
「赤石殿、三矢殿は決して嘯いてるわけではござらんよ。三矢殿はあの状況を嘆いていたでござるし、拙者も何かしようと思ってたでござる。まぁ…………何かをするには拙者らには少々気合と覚悟が足らんかったでござるがな……」
「せや、赤石! お前は動いた! ようやった! 俺らはお前が間違っとったとは思っとらんぞ!」
「そうでござるよ赤石殿! 口は悪かったでござるが、赤石殿がいなかったら今頃もっとヒドい状況になってたでござるよ!」
「そ…………そうか。そう思ってくれたら何よりだ」
赤石は二人の滔々とした話に圧倒され、一言二言返すのがやっとだった。
ただ、あそこまで悪意を振りまいたのにも関わらず、距離を置こうとしない人間がいるんだな……と、少し感慨深く思った。
昨日神奈に言われた言葉を、思い出す。
『他人を避けるな』
あんなことをしても、いや、したからこそ話しかけてくれる二人には、素直に感謝の念を持った。
「あなた達だけじゃないわよ、別に」
「ん?」
三矢と山本は、顔を上げた。
「た…………高梨殿⁉」
「ふふ……そうよ」
視線の先には、高梨が嫣然とたたずんでいた。
「私も赤石君の行動は妥当だったと思うわ。勿論、言葉遣いも品位も性格もゴミクズ並みだったけれどね」
「碌なフォローじゃないね……」
赤石は苦々しい顔で答える。
「赤石殿にも仲間が…………良かったでござるなぁ、赤石殿! 拙者感激でござる……」
「泣くな泣くな、ヤマタケ。良かったなぁ、赤石。お前は一人じゃないぞ。どうせ友達おらんやろうからこれからは俺らがお前とつるんだるわ!」
「お前らもいないだろ」
「アホ言え! 他の奴らが俺らのテンションについていけんだけや!」
「赤石君、私も陰ながら応援してあげるわ」
赤石の席の周りで三人が交互に、喋り続けていた。
三矢も山本の性格も、赤石は詳しく知らない。
三矢と山本の二人は、八谷ら取り巻きと交流するための橋渡しとして自分に話しかけている。
もしくは、盗撮写真をバラまいた犯人と裏で繋がっている。
有り得ない、そんなことはない、と思いつつも、その可能性を否定出来ないでいた。
平田は赤石らの様子を睥睨する。
クラス一危険な人間だと思われていた赤石が話しかけられていることで、クラスの空気は、以前よりも和やかになった。
「じゃあ文化祭の話すんぞ~、お前らこっち向け~」
朝のホームルームも終わり、一時間目。
神奈は教壇に立ち、生徒たちに向けて文化祭の話をし始めていた。
文化祭が行われるのは六月の中旬であり、四月下旬の今から、文化祭の準備や用意が開始されようとしていた。
文化祭の内訳として、一年生は出し物を行うことが出来ず、二年生は演劇や自作映画の撮影、及び教室内を使ったイベント等を行い、三年生は屋台を出し、料理を売ると決まっていた。
赤石は二年生であるので、自作映画やお化け屋敷、演劇などの中からいくつかをピックアップして決める必要があった。
去年の学祭の様子を思い出しながら赤石は漢文の単語帳を見ており、教室内は何を行うかで生徒たちが熱くなっていた。
「メイド喫茶だ! メイド喫茶! メイド喫茶一択に決まってる!」
ある男子生徒が叫び、水城や高梨ら美女の方向を舐め回すように視線を動かす。
その男に限らず、多くの男子生徒が校内随一の美女である水城に目を向けた。
「水城さんがメイドやってくれたら完璧だぜーーーーーーーー!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」
突如台頭したメイド喫茶の存在に、教室内がざわめく。
で……出た~…………。
赤石は内心でそう感じていた。
ラブコメの文化祭と言えば鉄板のメイド喫茶に決まっているのは何故だろうか、と益体もないことを考える。
取りも直さず水城たちは櫻井に好意を寄せていることが明らかなのによくもそこまで盛り上がることが出来るな、とラブコメ的な展開に奇異なものを見るような目で視線を送る。
男子生徒は盛り上がり、女子生徒は死んだ魚のような目をする。
文化祭は校内で最も大きな一大行事であった。
クラスメイトから、メイド喫茶の要石と思われるような態度を取られた水城は困惑した顔で手と頭を振っている。
「わ……私のメイド姿なんて全然面白くないよぉ……」
「「「可愛いいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」」」
「水城さんがメイドやってくれたら校内一の売り上げも夢じゃないぞおおおおおおおぉぉぉぉ!」
水城は顔の前で手を交互に振り、眉根を寄せ上げ、嬌声を含んだ声で返答し、クラスの男子たちは湧き上がる。
赤石も何分、同意を示していたが、他の女子は露骨に顔をしかめ、舌打ちをしているような女もいた。
確かに、自分の存在を放置され、水城だけを持て囃すような男たちに嫌気がさすのも当然と言えるだろう。もしくは、男たちから熱い眼差しを受ける水城に嫉妬しているのか、あるいはまた別の理由か。
平田はゴミを見るような顔で、男たちを見回していた。
「んじゃあ、一つ目の案メイド喫茶な」
男たちの熱い要望もあって、メイド喫茶に一票入り、神奈が黒板にメイド喫茶、と書こうとした。
が、神奈がメイド喫茶の文字を書く前に、
「いや、私らメイド喫茶とか嫌だから?」
教室の隅で、嗄れ声が聞こえた。
突然の水を差すような一声に、クラス中の生徒たちが、声のした方向を向く。
そこには、平田が座っていた。
くちゃくちゃとガムを噛みながら、平田は再度口を開いた。
「だから、私はやらないから、メイド喫茶とか。男たちにそんな変な目で見られたくないし、いやガチで」
平田の一声に、教室内が静まり返る。
鶴の一声というか、鶴を引き合いに出すには少々不適切な平田の一喝だな、と赤石は思う。
あれだけ八谷を扱き下ろしておいて、何故まだそうも太々しくいられるのか。
自分があれだけ言ったのにも関わらず、平田には何も響いていなかったのか、と昏い感情を抱く。
確かに八谷の事件から既に四日が経過した。
だが、平田がこの教室で発言するような権利があるのか。あんな人間に何か物を申す権利があるのか。
そして、何故平田はあそこまでされてまだ自分の意見が通ると思っているのか。
平田の猟奇的な性格を目にした赤石は、心底恐怖に慄く。
何故平田はここまでも堂々としていられるのか。
赤石の理解の及ばない次元にあるような、そんな気がした。
平田の一声を皮切りにして、他の女子生徒たちも思っていたであろうことを声高に宣言しだした。
「私もやりたくないよそんなの! おじさんとか来るんでしょ⁉ 性的な目で見られるのなんて嫌!」
「私だっていやよ!」
「やだあああああぁぁぁぁ!」
「…………嫌あああああぁぁ!」
溜まっていた鬱憤が一気に噴き出す。
元々メイド喫茶なんてものは男の欲望のためのものであり、女子生徒自身は案外乗り気ではないのかもしれない、と赤石は考える。
それと同時に、平田がここまでも堂々と自らの意見を言っている理由の一端が分かった気がした。
自分が休んだ平日と休日を挟んで、派閥が出来たのかもしれない、と。そう、思った。
思えば、登校してきてから今まで関わり合いの無かった人間がやってくるようになったな、と思った。
先日の自分の一件を発端にして、平田を取り巻く人間達と八谷を取り巻く櫻井たちとの派閥が明確に浮き上がったのかもしれないと、そう感じた。
学年も上がり、クラスも変わって約三週間。派閥が出来上がるのに、丁度いいくらいの期間が経った。
人間は、群れれば増長する。
多数の人間達の意見は、一般に通りやすい。
多くの人間の意見というのは、それだけで無視できないものになる。恐らくは完成した派閥の頂点に君臨する平田は以前の一件を糧に、このクラスで地位を築こうとしているのではないか。
そう思えてならなかった。
もしくは、盗撮をした犯人が関わっているか。
いずれにせよ無視できないことになったな、と平田たちを睥睨する。
平田の派閥の意見が生まれたことでクラス内が冷戦状態のように静まり返り、櫻井たちと平田たち、そして三矢達が銘々ににらみ合っているかのような、そんな気がした。




