第486話 固い牙城はお好きですか?
2025/03/01(土)暮石が北秀院へ行く旨の表現を修正しました。
「そういえば」
「……?」
良い機会に、と赤石は平田に問いかける。
「気になってたことがあって」
「いいよ。聞きな」
「引っ越しの手伝いもそうだったけど、お父さんとかには手伝ってもらえなかったのか? お父さんとかなら、一人娘の引っ越し準備に関われなくて寂しかったりしてそうだが」
赤石は頭の隅にうっすらと引っ掛かっていたことを、言葉にした。
平田は茶化して誤魔化していたが、自分や須田が行かなくても、父親に引っ越しの荷造りをしてもらえれば良かったのではないか。
そう思って、ならなかった。
加えて、平田家には父親の影をあまり感じなかった。平田家にお邪魔した時も父親の影が見えず、赤石は疑問に思っていた。
いや。正しくは。
父親の私物と思しき物で、家があふれかえっていた。
それなのに、平田は父を頼りにする素振りが見えない。
その違和感が、ずっと引っ掛かっていた。
「……」
平田は無言で、前を向く。
腰に手を当て、風を感じている。
赤石の問いかけには、答えない。
「……」
平田は前を向いたまま、口を固く結んでいる。
何か聞いてはいけないことを聞いてしまったか、と赤石は内省する。
家庭内の暴力や離別など、少なくはない出来事である。好奇心は猫をも殺す。平田への過度な詮索は迂闊だったか、と赤石は険しい表情をする。
「いや、ごめん、忘れてくれ」
「お前は――」
「……」
赤石が答えるのと同時に、平田が口を開いた。
「お前は、知っておいた方が良いかもしれないな。一度、見てた方が良いかもしれない」
「……?」
一体何を言っているんだ、と赤石は頭に疑問符を浮かべる。
「空港出たらお父さんの所行くからさ、一緒に来る? そんなに遠くないし」
「……あ~」
赤石は語尾を伸ばしながら考える。
つい先日交際にいたった暮石と、卒業旅行後にどこかに行く可能性がある。
まだ何の約束もしていなかったが、赤石はここで平田との約束を取り付けても良いものか、と思い悩み、暮石を見た。
「……!」
赤石の視線をキャッチした暮石は、即座に赤石の下に駆け寄って来た。
「なになに、何の話してるの、お二人さん」
にこにこと笑顔で暮石が平田に聞く。
「あぁ~……」
次は平田が言い渋る番だった。
「向こうの空港着いたらお父さんの所行くんだけどさ、お前も来る?」
「え、なにそれ!? ともちゃんのお父さんと会えるの!? 行きたい行きたい!」
暮石は嬉しげに小さくジャンプする。
「ね、ね、赤石君も行こうよ、ねぇ~」
暮石が赤石の手を掴み、ぷらぷらと振る。
「いや、平田のお父さんだろ? 家族水入らずってのもあるし、あんまり人の家族に入り込んじゃ、平田も気まずいんじゃないか?」
「……」
平田がまた、遠い目をする。
何か赤石の意図とは違う何かを感じている、そんな目だった。
「いや、大丈夫。私そういうの気にしないから」
「そうなのか……?」
「それに」
平田は赤石の目を覗き込む。
平田と赤石の視線が、真正面から交錯する。
「お前は、一度見ておいた方が良いと思う」
「……?」
含みのある言葉に、赤石はまたも小首をかしげる。
「きっと……いや、絶対、お前の今後のためになると思うから。絶対、お前も一度は会っておいた方が良いと思う、私のお父さんに」
「……そうなのか?」
「うん」
赤石は疑問を残したまま、頷いた。
「私にとっても、お前にとっても、良い経験になると思う」
「はぁ。それは……どうも」
何を言っているかはよく分からなかったが、赤石は平田の厚意を受け取ることにした。
「じゃあ向こう着いたら、ともちゃんの所に集まろっか」
「あぁ」
赤石は平田を気にする。
「本当に良いのか、平田? 折角の家族水入らずに」
「別に……大丈夫」
平田は複雑な表情で、赤石から顔を背けた。
「……」
赤石は息を飲む。
「そうか……。じゃあ、平田のご厚意に甘えて一度会わせてもらおうか」
「いいよ」
「やったーーー!」
暮石がぴょんぴょんとジャンプする。
「ともちゃんに似て格好良いのかなぁ?」
「お前は平田のことをイケメン枠で見てたのか」
「ふふ」
平田は苦笑した。
空港を出た後の三人の予定が、決まった。
「ふんふん、ふふふ~」
暮石は空港へと向かうバスの中で、上機嫌に鼻歌を歌っていた。
連日の旅行の疲れもあり、バスの中では赤石たちの多くは車内で眠っていた。
「上機嫌ね」
「あ、分かる?」
暮石はにこにことしながら、隣の席の高梨に微笑みかけた。
「卒業旅行楽しかった~」
「……そう」
高梨はそっと、呟いた。
「高梨さんは、楽しくなかった?」
「別に、そんなことないわよ」
高梨は暮石と目を合わせないまま、答える。
「旅行と恋愛は女の子の一大ハッピーイベントだって、皆知ってるじゃん!」
「単純な性格でうらやましいわね、あなた」
高梨はどっと疲れた表情で暮石の相手をする。
「なに、あなたは恋愛でもしている最中なの?」
高梨は暮石にカマをかけてみる。
「え? あ、あぁ~! いやいや、これから拙者らも大学に入学するでござるからな! これからある数多の出会い、恋愛チャンスに拙者、胸をときめかせておるのでござりまするぞ!」
「そう……」
にんにん、と暮石は目を細くして答える。
そう易々とは答えないか、と高梨は冷たい目で暮石を見る。
「高校を卒業したばかりなのにもう次の人間関係に目を向けてるなんて、冷たい女ね、あなた」
「ちょ、ちょっと高梨氏~! そんなこと言ったら私が悪者みたいになるじゃん~!」
もう~、と暮石は高梨の肩を叩く。
「今までの交友関係は大事だと思ってるよ、本当に。私の宝物。でも、大学に入ってからの新しい人間関係に期待を膨らませてるのも本当。もう会えない人より、これから会える人を私は大切にしていきたいんだ」
「……」
暮石は鹿爪らしい顔で、そう答える。
「そう」
「うん」
「…………」
高梨は、下唇を噛んだ。
「そういう高梨氏は恋愛してるんですか~? うりうり~」
暮石は下世話な顔で高梨の脇腹を肘で突く。
「ちょっと、止めてよ」
高梨が暮石の腕を掴み、止める。
「女の子は恋愛しないと駄目ですぞ~。蜜を吸われるために花は美しく咲き誇っているのですから」
「……」
高梨は黙り込む。
「ほらほら、高梨さんも後悔してる恋愛があるのなら、当たって砕けろですぞ! もう高校も終わるんだから、もし地元にどうしても好きな人がいるのなら、当たって砕けてしまった方がきっと楽になりますぞ!」
暮石は高梨の背中を押す。
「大学に入って住む場所も変わったら、もう成人式まで普通に会えないんじゃないかな? もし高梨さんが後悔しそうなら、アタックだよ!」
「そんな……」
暮石が両手でガッツポーズをする。
「まぁでも、高梨さんレベルなら男の子なんて皆好きになっちゃうよね。高梨さんみたいな絶世の美少女、男の子が放っておくはずないんだもの」
ねぇ、と暮石は虚空に向かって話しかける。
いいな~、と暮石は頬を膨らませながら、恨めしそうに高梨を見る。
「そんなこと、ないわよ……」
高梨は床に視線を向ける。
「またまたぁ~。絶世の美少女にも、落とせない牙城はあるでございますかぁ~?」
うりうり、と暮石は高梨を突く。
「そんな固い牙城があるのなら、私もお目にかかりたいものでございますわぁ~」
高梨さんも色々苦労してるのかなぁ、と暮石は他人事のように言う。
「女の子なんだから、恋愛しないとダメ! 恋愛は女の子を可愛くするんだよ! 恋愛イズエブリシング!」
「……」
あちょ~、と言いながら暮石は一人、盛り上がる。
「恋愛は、私たちをかわいくするのです! さぁ、復唱!」
「恋愛は……」
高梨はうっすら、暮石に続く。
暮石は一人、ハイテンションで恋愛を語っていた。
「恋愛は……私たちを、かわいく……するのです」
高梨は憑りつかれたかのように、そう、呟いていた。




