第484話 黒野の告白はお好きですか?
「須田」
赤石の下を離れた須田は、偶然にも黒野と遭遇した。
「おぉ、おはよ~」
須田はラフな笑顔で黒野に手を振る。
「おは、おは、おはよ」
「おはようございます」
須田はペコリと頭を下げる。
黒野と挨拶を交わし、そのまま料理を見始める。
「須田、暇?」
「俺なんて毎日、毎時毎分暇みたいなもんだよ。暇だけで出来てる暇暇人間」
「あぁ、そう」
黒野はくくく、と笑った。
「黒野さんは今起きたところ?」
「さっき」
黒野はぼさぼさの髪をいじりながら、答える。
「毛先遊ばせてるねぇ」
「髪、長いから」
黒野は首元がよれよれになった服を着崩し、須田の横を歩く。
「黒野さんも一緒に取りに行く?」
須田が料理の方に視線を向けた。
「あぁ~……」
黒野は少し考えた後、
「言いたいことが、ある」
そう言った。
「どうぞどうぞ」
「ここじゃ無理。ついて来て」
黒野は須田を人気のない場所に誘導する。
「すごい、チュートリアルみたいだ」
須田は黒野に言われるがままに、ついて行く。
須田と黒野は人気の少ない通路に到着し、黒野は須田の方を振り向いた。
「好き」
「おぁぇっ!?」
黒野は須田に、抱き着いた。
「私、黒野佐々良は須田統貴のことが、好き」
「え、え、えええぇぇぇ!?」
唐突な展開に、須田は顔を赤くして困惑する。
「須田は、今好きな人はいる?」
「い、いや、そんな……」
須田はうやむやな態度で返答する。
「彼女は?」
「いや、そりゃあ、いないけど……」
須田は頬をかきながら答える。
「じゃあ、好きな人も彼女もいないなら、私が付き合いたい」
小さな体の黒野は、上背の大きい須田を抱きしめたまま、見上げた。
「あぁ~……」
須田は困惑した表情で黒野を見る。
「うん、そうだなぁ……」
須田は一時、間を置く。
「告白してくれて、ありがとう」
須田は黒野の肩に、優しく手を置いた。
「多分、こうやって人に告白するのはすごい勇気がいることだろうし、今もすごい俺のために頑張ってくれてるんだと思う」
須田は黒野を優しく引き離した。
「でも、ごめん、俺は黒野さんとは付き合えない」
「……」
黒野は垂れる前髪の隙間から、須田を見る。
「なんで?」
「なんで。う~ん……」
須田は考え込む。
「黒野さんはすごい魅力的な女の子だし、可愛くて頭も良い、すごい女の子なんだと思ってる」
「じゃあ付き合って」
「でも、う~ん……」
須田はうつむいた。
「俺の好きな人のタイプからは、ちょっとずれてるかなぁ、って……」
須田は最大限に言葉を選び、そう言った。
「……そう」
黒野は肩をがっくりと落とす。
「でもでも、魅力的だと思ってるのは本当だし、すごい可愛いと思ってるのも本当で!」
須田は黒野をフォローする。
「もし黒野さんが嫌じゃなかったら、これからも俺と友達でいて欲しいかな、って……。わがままかな」
須田は複雑な表情で、黒野にそう微笑みかけた。
「……」
黒野は黙ってうつむく。
「うん……」
そして絞り出すように、そう言った。
「ごめんね、こうやって告白するのもすごい勇気が必要だっただろうし、俺のことをそう思ってくれてるって気持ちは、嘘偽りなく、本当に嬉しい」
「……」
「これからも俺と、友達でいて欲しい。そしてもし俺に、あるいは黒野さんに何かあったら、支え合うような関係でいたい」
須田は黒野に手を差しだす。
「……分かった」
黒野は渋々ながら、須田の手を取った。
「ごめんね、黒野さん」
「……いい」
黒野は顔を上げず、うつむいたまま小走りでその場を後にした。
「……」
須田は申し訳なさそうな表情で、胸のあたりを掴んだ。
赤石、上麦、鳥飼、暮石の四人は依然としてビュッフェ会場で食事を共にしていた。
「そこ、誰かいるの?」
暮石が食事を取りながら赤石に聞く。
赤石の前は空席になっていた。
「さっきまでアンパンヒーローのぬいぐるみ置いてて」
「ぬいぐるみと話しながら食べてたの!?」
暮石が驚いたリアクションをする。
「パトロールがある、って言ってお前らが来る前に飛んで行ったよ」
「ぬいぐるみが!?」
再び大仰にリアクションする。
「いや、全部嘘」
「嘘なの!?」
「いや、そこは驚くところじゃないだろ」
再三にわたる大仰なリアクションに、赤石が突っ込みを入れる。
「本当は統。今は中座してる」
「ん~」
暮石は軽くうなずく。
「上麦、ソース取ってくれ」
「そんなのない! 自分で取る!」
「厳しいなぁ」
上麦はポテトとソーセージを頬張りながら、赤石を叱咤する。
「そんな頬いっぱいに料理詰め込んで。どこに食べ物隠しに行くつもりだ」
「白波リス違う。赤石はスリ」
「上手いこと言うな、じゃないんだよ。誰がスリだ、誰が」
「人の話よくスるもんね、赤石君」
「話題泥棒じゃないんだよ」
上麦は取って来た料理をどんどんと食べる。
「本当によく食うな。そんな小さい体のどこに入ってるんだよ」
「料理は別腹」
「別腹ワンストック制じゃねぇか。大食いチャンネルとかやった方が良いんじゃないか?」
「大食いチャンネル……!?」
上麦がカッと目を見開く。
良いね、と上麦が赤石に親指を上げる。
「大食いじゃなくても、料理系の動画って結構人気あるし」
「考えとく。やりたい時、赤石連絡する」
「考えとく」
赤石は料理に手を付ける。
「お待たせ~」
須田が料理を持って、ようやく帰って来た。
「あらあら、なんか人増えてるね」
須田は元の席に座る。
「白波、人連れてきた」
「おぉ~、ありがとう。おかげで賑やかになったよ~」
「へへ」
上麦は嬉しそうに笑う。
「役者も揃ったことだし、この村も発展させるか」
「村だったんだ」
「統は木を切って集めて来てくれ。上麦は田畑を耕してくれ。モミを食べつくすなよ。暮石は倉庫の整理を、鳥飼は敵部隊の偵察に行ってくれ」
「なんで私だけそこそこ危なそうな指示なんだよ」
鳥飼がケチをつける。
「赤石君は何するの?」
暮石が純粋な疑問を呈する。
「俺は王だから、指示をするだけだ」
「せこっ!」
「頭を使ってるんだよ、頭を」
赤石はとんとん、と頭を指でつつく。
「朝から楽しそうね、あなたたち」
「あ、おはよ~」
「おはよ」
談笑をしながら食事を楽しむ赤石たちの下に、高梨がやって来た。
「なんか疲れた顔してるな、お前」
「何よ」
高梨は目が十分に開いておらず、疲労した表情だった。
髪、衣装と普段から整然とされている高梨とは、少し様子が違っていた。
「ちゃんと寝れたか?」
「……別に」
「枕が変わると寝れないタイプの人間だな」
「朝からうるさいわね、あなた本当に。耳障りだから黙っときなさいよ」
高梨はぶっきらぼうに、赤石に当たる。
高梨は赤石を一睨みした後、ビュッフェ会場へ向かった。
「……」
暮石は高梨の背を見やる。
「なんだか朝からご機嫌斜めだったね、高梨さん」
「そういう日もあるだろ」
「優しっ!」
暮石が赤石に小さく拍手する。
「今まで見た赤石君の中で一番優しかった」
「良かったな、じゃあすぐにその記録は更新されそうだよ」
「洋画見たいな言い回し」
よっ、と暮石は赤石を持ち上げる。
「あんま見たことないなぁ、高梨があんななってるの」
中学の頃から高梨と関係の深い須田は、物珍しそうな顔をする。
「髪もちょっと跳ねてたし、服もいつもよりきちんとしてなかった。高梨にもああいう時があるんだなぁ」
「完璧超人の高梨にも憂鬱な朝があるってことなんだろ」
赤石はパンをちぎりながら、高梨を見た。
「高梨八宵は、憂鬱な朝を過ごさない」
「ラノベのタイトルみたい」
「ふふ」
赤石たちはそのまま、談笑を続けた。




