第483話 強制仲直りはお好きですか?
「もうお話は終わった?」
ようやく赤石と鳥飼が料理に手を付け始めたタイミングで、暮石が姿を現した。
「三葉……」
暮石の顔を見た鳥飼は、目元を拭った。
「何してたの?」
暮石はにこにこと笑顔を張り付けながら、そう聞いた。
「別れ話でもしてた?」
「こんなやつと、そんなことあるわけ……」
鳥飼は声を荒らげるが、尻すぼみになる。
「赤石君は何してたの?」
「いじめられてた」
「はぁ!? お前……」
鳥飼は拳を振り上げる。
「お前が私をいじめてたんだろ!」
「お前の世界では石を投げた相手が石を投げ返して来たら、いじめられたことになるのか?」
「お前っ……!」
鳥飼が拳を振り上げる。
「あかね?」
「……はい」
暮石の一喝で、鳥飼は振り上げた拳を下ろした。
「ずっと見てたのか?」
「うん」
「途中で入って来てくれよ」
「途中で入ったら、また赤石君とあかねとの関係がうやむやになったままになるでしょ? だからここで、二人には言いたいことを言いたいだけ言ってもらいたくて」
「お前……」
赤石はげんなりとする。
「特にあかね」
暮石はにこにこと笑顔のまま、鳥飼の方を向いた。
「前に赤石君にごめんなさいしたよね? なんで今になって、また赤石君に突っかかってるの? 赤石君にごめんなさいしたのに、なんでまた赤石君に怒ってるの? おかしいよね? 違うよね?」
「いや、別に突っかかってたわけじゃなくて、ただの世間話を……」
「ただの世間話なら、あんなに感情むき出しにしたりしないよね? どう見てもあかね、怒ってたよね? 赤石君にごめんなさいしたのに、また赤石君に怒ってたらおかしくない? 自分でおかしいと思わない? どういう理由で怒ってたの? それはちゃんと私が納得できる理由?」
「いや、私は三葉と白波のために……」
「私のためを思うなら喧嘩なんてしないで、って前も言ったよね? 全部の責任を私に押し付けて、自分は悪くないと思いたいの? あかねは私の言うことより、自分の思ってることの方がやっぱり大事なんだね? 別にそれならそれでも良いよ。私は私のしたいことをするだけだから」
「そんな、こと……!」
鳥飼は席を立つが、再び座る。
「そんなこと、ないです……。全部、私の個人的な行動でした。ごめんなさい」
「うん」
暮石は笑顔で、鳥飼の背後に立つ。
「じゃあほら、赤石君にごめんなさいして? ちゃんとごめんなさいして? 赤石君がこれで許さなかったら、またヒドい目に遭うかもしれないよ? また私たち面倒くさいことになるかもしれないよ?」
「うぅ……」
暮石は鳥飼に耳打ちする。
鳥飼は嫌そうな表情で、暮石と赤石とを見る。
「ごめん……なさい」
「うん」
満足そうな表情で、暮石は赤石の方へと向かった。
「赤石君はこれで許してくれる?」
「いや、別に怒ってない……」
赤石は首を横に振る。
「でも、赤石君も悪いところあったよね」
「えぇ……」
赤石は困惑する。
「赤石君はいつもそうだけど、使ってる言葉が強すぎるよね? 使う言葉が強すぎるから、その言葉を受けた相手も、不快な気分になるよね? ただでさえ赤石君は人の気分を害するんだから、赤石君が正しいことを言ってたとしても相手が反発するかもしれないって、赤石君は分かって言ってるよね?」
「言葉の強さって、そんな昆虫ゲームじゃないんだから」
「でも、そうだよね?」
「話術王者、モジキングみたいなことか? 消えろ、が強さ一六〇で、消滅しろ、が強さ一八〇みたいなことがあるわけだ」
「いま私はそんな屁理屈が聞きたいわけじゃないってことは、分かるよね? 赤石君ならきっと、分かってるはずだよね?」
「……はい」
暮石は笑顔で赤石に詰め寄る。
「赤石君もあかねにごめんなさいして?」
「えぇ……」
にこにこと満面の笑みでそう語る暮石に、赤石は嫌そうな表情をする。
「私の言うこと、聞けるよね?」
「……」
暮石はにこにことしながら、赤石に顔を寄せる。
「私の言うこと、聞けるよね?」
「黙秘します。弁護士を呼んでください」
「私の言うこと、聞けるよね?」
「……」
暮石の高圧的な表情に、赤石は言葉を失う。
「私のお願い、聞けるかな?」
暮石は両手の指の腹をつけ、上目遣いでお願いするように、赤石に言った。
「はい……」
「よろしい」
赤石はため息を吐いた。
「悪かったよ、鳥飼、俺も」
「……ううん、私も」
「……」
「……」
気まずい沈黙が二人を包む。
「はい!」
暮石はパン、と大きく手を叩いた。
「喧嘩はこれでおしまい! 良いよね、二人とも?」
「はい」
「はい」
「ちゃんと納得して仲直りした。これで合ってるよね?」
「はい」
「はい……」
暮石は赤石と鳥飼に、握手を交わさせた。
「私、友達が喧嘩したり仲悪くしてるの嫌いなんだ。だって私にも被害が及ぶから。二人とも、仲良くできて良かったね!」
暮石は溌剌とした笑顔で、二人に笑いかけた。
「ははは」
「ははは……」
二人はただ、笑った。
暮石は赤石の隣の席に座り、赤石の周囲に小さなグループが出来た。
依然として須田は、帰って来ていなかった。
「うぅ……」
暮石が着席してしばらく後に、上麦が帰って来た。
皿いっぱいに料理を乗せた上麦が、ふらふらとしながら帰って来た。
「おいおいおいおい」
ふらつきながら大量の料理をお盆に載せた上麦に、赤石が恐怖する。
「落ちる落ちる落ちる」
「ふぐぅ、ふぅ、ふぅ……」
赤石は上麦に近寄り、食べ物が落ちないように警戒した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「手伝うか?」
「今触る、料理崩れる、白波泣く」
「泣くなよ」
赤石は上麦が有事の際のサポートをしながら、席まで連れて行った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
上麦はどうにかこうにか席に料理を置くことが出来た。
「飲み物」
上麦は鳥飼のオレンジジュースを飲み干した。
「足りない!」
上麦は赤石のリンゴジュースを飲み干した。
「俺のリンゴジュース!」
赤石のリンゴジュースは、上麦に飲み干された。
「なんてことしてくれたんだ! このリンゴジュースを集めるのにどれだけ時間がかかったと思ってるんだ!」
「そんな、ミツバチじゃないんだから」
リンゴジュースを見つめる赤石に、暮石が横槍を入れる。
「白波、飲み物ない」
上麦は料理を取って来ただけで、飲み物を取って来てなかった。
「あかね、赤石、ドリンクバー、行こ」
上麦が赤石と鳥飼を誘う。
「あぁ~……」
鳥飼は暮石をちら、と瞥見する。
「私は後で行くから大丈夫」
「じゃあ、赤石」
「行くしかないだろ、飲み物なくなったんだから」
赤石と上麦は飲み物を注ぎに行った。
「赤石」
道中で上麦が赤石に話しかける。
「あかねと何、話してた?」
「お前もタイミングを見計らってたんだな」
自分たちの会話が白熱していることを察した上麦は気を遣い、席に戻る時間を調整していたのだと感じた。
あるいは、ただ料理に目がくらみ、帰りが遅くなったのか。
「あかね、嫌い?」
「だってあいつが俺のこと嫌いだろ」
「そっか」
上麦と赤石は、ドリンクのサーバーに到着した。
「白波は赤石、好き」
「それはどうも」
恋愛に全く興味のない素振りの上麦からして、人間としての評価なんだということは、自明だった。
そして上麦がそれを意識していない以上、赤石は上麦にそう意識させるようなことは言わないように、気を付けていた。
「赤石、性格悪い」
「そんなの俺の両親に言ってくれよ」
「ひひ」
上麦は肩を震わせて笑う。
「赤石、おもしろ」
「全然面白くないよ、俺の立場からしたら。面白くなくて良いから、平穏に日常を送りたいね」
「おもしろは、非日常に、ついてくる」
「深いな……」
「深い」
「玄孫まで語り継いでいきたい」
「そんな良い話、してない」
「一子相伝のおもしろテクニックとして」
「おもしろテクニック……!」
「おもしろは、非日常に、ついてくる」
赤石は渋い声で、子に言い聞かせるように語る。
「白波、そんなに声、汚くない」
「風船が割れる時みたいな声してるもんな、お前」
「そんな不快じゃない! 許すまじ!」
上麦が赤石の脛を蹴る。
「痛い!」
「痛いは、大事」
「味わう必要のない痛いは大事じゃないと思う」
「赤石は、痛い」
「それ別の意味になってるだろ」
コップを持った上麦は、ドリンクサーバーの前に来た。
「赤石、ソーダ」
「そうだそうだ」
「メロン、ソーダ」
「あぁ、入れるのか」
メロンソーダは、ドリンクサーバーの一番上のボタンに位置していた。
上麦の身長では届かないか、と赤石は察する。赤石はボタンを押し、メロンソーダを出した。
「やったった」
「普段はどうしてるんだよ」
「泣いて諦める」
「メロンソーダごときで」
「メロンソーダは、偉大」
「メロンソーダもビックリしてると思うよ、多分。え、俺のことなんスか、って驚いてると思う」
上麦は笑顔を作りながら、小さな両手で大切そうにメロンソーダを持つ。
「アイスも」
「なるほどね」
赤石もメロンソーダを入れた。
上麦はアイスゾーンで皿にアイスを乗せる。
「クリームソーダにするわけだ」
「そ」
「頭良いな」
「白波、賢い」
「今まで見た上麦の中で一番賢かったかもしれない」
「二年間の白波、ずっとこれ以下だった……!?」
上麦は驚愕する。
「席、帰ろ」
アイスを取った上麦はその場を後にする。
「いやいや、俺はまだアイス取ってないって。俺の分もよそってくれよ」
「自分でやって。白波、早くアイス食べたい」
「えぇ……」
赤石は自分で皿を取った。
「鶴でも恩返ししてくれるのに……」
上麦は赤石を置いて自席に戻った。
赤石は仕方なく、一人でアイスを取った。
「好きな人、いる?」
その頃、須田は黒野に呼び出されていた。
「須田、好きな人がいないなら、私が付き合いたい」
黒野は須田に、告白をしていた。




