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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第481話 下層のサルはお好きですか?




「そんなの……」


 赤石の告解に、鳥飼は腕を組んだ。


「そんなの、知らないよ」


 鳥飼はそう、言い放った。


 鳥飼に、そして水城に、同時に正反対な意見で罵倒されたことで、鳥飼の言葉が入って来なかった。

水城の意見があったからこそ、鳥飼の言葉がひどく軽薄で、薄っぺらいものに思えた。


「そんなに俺を特別視してくれるなら、お前らもちょっとは俺のことを大切にして欲しいね」


 赤石にとっての人生とは、反抗と衝突の連続だった。

 自分が何かをコントロールして、意のままにして、自分の思うがままになったことなど、ただの一つもなかった。

 ただ自分が侵されないように必死に戦って、ただ自分を貫くためだけに必死で戦った。他者を懐柔してやろう、だとか思いのままに操ってやろう、という意識は、赤石にはなかった。例え赤石の根底がそうだったとしても、赤石自身は、自分の人生を反抗の連続だと、捉えている。

 赤石は権力や周囲の空気に飲まれ、自分を失うことを極端に嫌っていた。

 周りの意見や大多数の意見に屈服して自分の意見を曲げることが、大嫌いだった。

 赤石はただただ純粋に負けたくなくて、正しさを求めたくて、ひたすらに言葉を、紡いできた。


「俺はお前の言葉で一年間排斥され続けて来たよ。暮石の言葉をずっと引きずって来たよ。どれだけ周囲の人間に蛇蝎のごとく嫌われたとしても、俺はただ俺でいたかっただけなんだよ」


 赤石は静かに、語る。


「お前らからしたらちっぽけな自尊心かもしれない。守るべきようなものでもないかもしれない。どこかのタイミングで、ただ一言ごめんなさい、と。俺が間違っていた、と。そう言って屈していれば終わっていた話かもしれない。他者と関わらず、慎ましやかに生きていけば、こんなことになっていなかったのかもしれない」


 赤石は一度顔を伏せ、再び顔を上げる。


「でも、駄目だった。例えそれが最善だとしても、俺にはできなかった。眼前の状況と自分の意志とを天秤にかけて、俺は自分の意志を、矜持を、自分自身を失うことが、出来なかった」


 赤石は天を仰いだ。


「変われなかった」


 赤石は手で顔を覆う。


「元来の悪人で嫌われ者なんだよ、俺はきっと」


 赤石は長く、深いため息を吐いた。


「人と同じ感情を持てない。人と同じ感想を持てない。人と意見を共有することができない。人間社会では、大衆に迎合できずにあぶれた人間から死んでいく。それはお前にとって……いや、お前らにとって、俺なんだろうよ。滑稽なら笑えば良い。頭が悪いと思うなら、死ぬまで俺をこき下ろせば良い。大衆に迎合できない人間を排斥して、群れからはぐれた悪人が四肢を引き裂かれて死ぬのを笑って見ていれば良い。こうなりたくてなったわけじゃない。人と対立したくて対立しているわけでもない。ただ俺はこう生まれ落ちて、こう育って、こう生きるしか、なかったんだよ」


 赤石は自身の半生を振り返るようにして、そう言った。

 赤石自身の奥に巣食う何かは、少しずつ、そして確実に、言葉になって、形になって、掴むことが出来るように、なっていた。


「……そんなの、全部お前の自己責任じゃん」


 鳥飼は冷や水を浴びせ、赤石を軽蔑した。


「……」


 赤石は静かに、鳥飼の主張を聞く。


「自分かわいさか何か知らないけど、本当気持ち悪いよ、お前」

「……」


 鳥飼は言葉を継ぐ。


「自分に都合の良いように意見を捻じ曲げてるだけじゃん。どうせ私のことも、白波のことも三葉のことも、私の友達のことだって、頭の弱い馬鹿な女だとしか思ってないんでしょ」

「……はぁ」


 赤石は心底だるそうな表情で、鳥飼を見る。


「分かったよ。もう分かったよ、うるせぇな。確かにお前の友達は頭が弱いと、思ったよ」


 赤石はついに、そう漏らした。


「やっぱりお前は、悪人だ」


 ようやく本性を現した赤石に、鳥飼は舌なめずりをした。

 ほら、ようやく化け物が顔を表したぞ、とでも言いたげに。


 討伐の、時間だ。


「男に騙された女は頭が弱いとは、確かに思ってる。男に逃げられたのか男のせいで人生滅茶苦茶になったのか知らないけど、全くもって自業自得だね。自分の人生を他人に預けてるような人間が偉そうに説法垂れてんじゃねぇよ、全部お前の自己責任だろうが。他人を悪罵して悦に入ってるような時間があるなら、死ぬ気で立って歩いて、学んで努力して、お前の割けるリソースを全て割いて自分の人生を好転させろよ、と思うね」

「お前は……」


 鳥飼が赤石の胸倉を掴む。


「お前が言ったんだろ」

「やっぱりお前は、真正のクズだよ」

「お褒めにあずかり光栄だよ」


 赤石は胸に手を当て、恭しく振る舞う。


「場合によっちゃ、正直ざまぁみろ、とすら思うね。ざまぁ見ろ馬鹿共が、と思ってやまないね」

「お前は……」


 鳥飼は目に涙を溜める。


「お前は、なんでそんな言い方しか出来ないんだよ……」


 鳥飼は握っていた拳を、下ろした。


「女の子が、私の友達がヒドい目に遭って、お前はどうしてそんな血も涙もないことが言えるんだよ……」


 鳥飼は、まるで言葉の通じない化け物を見るような目で、赤石を見る。


「場合によっちゃ、って言っただろ。詳しいことを知らないから何も断定はできない。本当に可哀想なだけかもしれないし、あるいはそいつ自身も、唾棄すべきクズなのかもしれない。お前の主観でしかない話には何も答えられない」

「クズの男に騙されて逃げられたんだよ。これ以上詳しい情報がいるのかよ……」

「どういう男なのか俺がこの目で見てない限り、何も言えないだろ」

「どういう場合ならお前の理論が成立するんだよ」

「ちょっと考えたら分かるだろ」


 赤石は再び料理に手を付ける。


「例えば悪に加担してる奴が見捨てられたら、別に俺じゃなくても、誰だってせいせいするだろ」

「……はは、ははは」


 鳥飼は心底見下した表情で、赤石を見る。


「お前からしたら、女の子が全員悪に見えてるんだな。そうだよな、お前みたいな人間からしたら、女の子が悪に見えて仕方ないんだな」


 鳥飼は赤石を睨みつける。


「最低だよ、お前。早く死んだら良いのに」


 抑揚のない声音で、鳥飼は赤石をそう詰った。


「人の死を願う人間と悪を憎む人間がいるのだとしたら、世論はどっちの味方をするだろうな」

「茶化すなよ」

「だから時と場合による、って言ってるだろ」

「男のせいで女の子がヒドい目に遭ってんだぞ!? 何をどう考慮する必要があるって言うわけ!?」


 鳥飼は頭をかきむしりながら、赤石に尋ねる。


「男が暴力主義でいじめ主犯の不良とかだった場合だろ」

「……は?」


 鳥飼は呆然とした。


「は、ははは……。何言ってんの、お前? 男が不良だったら女の子が悪いことになるんだ」

「女が悪くなるとは言ってないだろ。両方悪い、って言ってるだろ。自分に都合の良いように話をすり替えようとするなよ」

「男が不良だったら、お前らみたいな何の力もないゴミ共は怖くて仕方ないから、女の子を悪者扱いしてなあなあにしようとしてる、ってわけ?」


 鳥飼は、はは、と鼻で笑う。


「結局、お前らもあいつらと同じじゃん。だっさ」


 鳥飼は赤石に嘲笑の目を向ける。


「別にそんなこと言ってないだろ。なんでもかんでも極論に持っていこうとするなよ」

「じゃあ何?」

「いや、そんな奴と付き合ってたなら、普通にそいつも加害者だろ。なに勝手にお前らまで被害者面してんだよ」

「……はぁ?」


 鳥飼は大きく口を開けた。


「不良の男と付き合ってたら、不良の男に孕まされても女の子が悪者扱いなんだ? はぁ~、良いねぇ、男は脳機能が単純で。お前らみたいなゴミ男は脳機能が単純で羨ましいよ。自分より相手が強いか弱いかでしか判断してないんだから」

「人質を取られて仕方なく、とかならともかく、自発的に付き合ってんだから言い逃れようもない加害者だろ」

「暴力を振るってる男が悪いんじゃなくて、付き合ってる女の子まで悪人扱いなんだ、お前の中じゃ?」

「そりゃそうだろ」

「はっ。はははっ」


 鳥飼は嗤う。


「悪に加担してた奴が悪に見捨てられてたら、そりゃあ自業自得だと言わざるを得ないだろ」

「はいはいはい、じゃあお前の中ではどういう理屈になってるわけ? ちゃんと丁寧に説明してくれる?」


 鳥飼はダンダンと足で床を鳴らしながら、赤石に詰め寄る。


「大きい音立てるなよ。俺は大きい音が苦手なんだよ。暴力や癇癪で何でも解決しようとするなよ」

「はいはい、もう話逸らすの良いですから。自分が間違ってるから話逸らそうとしてるの丸見え。どういうことか説明してください、さぁどうぞ」


 鳥飼は赤石に先を促した。


「……」


 赤石は軽く息を吐いた。


「例えば仮に、お前の友達が自分からいじめの主犯と付き合ってるんだとしたら、お前の友達もいじめの加害者だよ」

「暴力を振るってないのに、付き合ってるだけでいじめの加害者になるのは何でですか~?」


 鳥飼が半眼で、手を上げる。


「いじめの主犯格に許しを、そして正しさを与えようとしているから」

「……はぁ?」


 理解できない、といった風体で鳥飼は眉を顰める。


「いじめの主犯格と付き合うというのは、例えばクラスでいじめが起きた時に、主犯格さん、ほらもっとやっちゃってくださいよ。主犯格さんは本当に正しいことをしてますよ、あのバカな男をやっちゃってくださいよ、と言ってるのと同じだろ」

「……」


 意味が分からない、といった表情で鳥飼は口をぽかん、と開ける。


「喧嘩をしてる男に鉄パイプを渡したなら、相手を滅多打ちにするように誘導してるのと同じだろ。いじめ主犯格のためにいじめ相手の居場所を伝えたなら、いじめに加担してるのと同じだろ。お前らは自発的にそうなるように誘導してた、って話だよ」

「意味が分からん」


 鳥飼は尚も小首をかしげる。


「猿の世界で考えるなら、ボスザルにくっ付いてるメスザルみたいなもんだな。俺らはヒエラルキー下層の、何の価値もない下級ザル」


 きぃきぃ、と赤石は両手の人差し指を立てて演じる。


「例えば群れの中で俺たち下級ザルがボスザルに殴り、蹴られ、顔面をボコボコにされ、立つこともままならないほどに痛めつけられていたとする。群れの中で誰もがそのボスザルに怯えていた時に、お前の友達のメスザルは真っ先にボスザルにすり寄って行くわけだ」

「……」


 話の概要が見え、鳥飼は赤石の話を聞く体勢になった。


「きゃあ格好良い、ボスザルさん素敵。そう言ってメスザルはボスザルにすり寄り、ボスザルと一緒になって下級ザルをいじめるわけだ。そしてこう言うんだよ」


 赤石は指でメスザルを表現する。


「ねぇ、今日も下級ザルがうるさくな~い? あんたらそいつ羽交い絞めにしちゃいなよ~。ボスザルが良い気分になるように、お前らはそう言うはずだ。自分からは手を出さず、周りの人間にそう指示するはずだ。失っても痛くないおもちゃで遊ぶように、ボスザルの機嫌を取るように、お前らは下級のサルを折檻するために、そうけしかけるはずだ」


 右手に二本の指を立てた赤石は、一本の指を立てた左手を攻撃する。


「当然、顔面もボコボコ、立ち上がれないほどに痛めつけられた下級ザルは、ボスザルとメスザルに恐怖することになる。場合によっちゃ、引きこもったり精神を病んで動けなくなったり、内臓に障害を負ったり、一生消えない傷を負ったり、最悪の場合は命まで落とすだろうな。金を無心されて犯罪に手を染めたり、母親に傷害を負わせて金を作ることもあるかもな」


 赤石は左手の一本指を右手の二本指から引き離す。


「ボスザルとメスザルの貢献のおかげで、力のない……」


 赤石は鳥飼を見る。


「まぁ、お前の言う所の、下層兵士のゴミザルだな。ゴミザルはボスザルから死ぬまで痛めつけられることになる。あるいは、良くても猿の群れから追い出されることになる。排斥され、群れから追い出されたゴミザルは一人で食料にありつくことも出来ず、結局どこかで野垂れ死ぬことになるだろうな。飢えて死ぬのか、凶暴な獣に四肢を食いちぎられて殺されるのかは知らんが」


 赤石はぱたり、と一本立てた左手を寝かせた。


「ゴミザルを群れから追い出し、見事殺害することが出来たボスザルとメスザルは、有頂天になるわけだ。やったね、ゴミを一掃できたよ! ボスザルの大勝利だ! ゴミが死んでくれて良かった! 周りにメスザルがいることから、ボスザルは自分のやっていることが正しいと思うようになり、より一層過激に、群れの猿に暴力を振るうようになる。ボスザルが暴力を振るい、群れを成立させている間はメスザルもヒエラルキーの頂点で、食にも暴力にも権力にも苦労せずに生きていけるわけだ」


 赤石はそこで鳥飼を見た。


「……」


 赤石は話を続ける。


「例えばゴミザルが大量に殺処分された後、群れの中から、ボスザルに挑戦しようとする猿も出てくるはずだ。そこでボスザルを見事うち倒した下剋上猿に向かって、メスザルのお前らはこう言うはずだ。彼をいじめないで! と」


 赤石は故意に大仰に、メスザルの演技をする。


「彼はそんな悪い人じゃないよ! 今はこう見えるけど、根は良い人なんだよ! 私の彼氏をいじめないで! だっていつも彼は、私たちに食料を分け与えてくれるんだから! 本当は良い人なの! よってたかって、皆で彼をいじめないで、と」


 赤石は眉根を顰める。


「そりゃそうだ。自分は殺される心配がないんだから、そりゃあ良い人に見えるだろう。全体的な視点で見ればどう考えても仲間のサル殺しのボスザルなのに、お前らから見たら食料をくれる、強くて格好良いサルになるわけだ」


 赤石はそこで両手の芝居を止めた。


「これでもお前は俺の言うことが分からないか?」

「……」


 鳥飼はまだ、黙っている。


「下層のゴミザルが殺処分されている時に、メスザルが少しでも下層のゴミに寄り添っていれば……いや、違うな」


 赤石は首を振る。


「寄り添わなくたって良い。見て見ぬふりをするのは同罪だ、だなんて酷なことは言わない。メスザルにもメスザルの立場があるし、俺らみたいなゴミのサルと一緒になっていじめられる必要性なんてない。せめて、見て見ぬふりを、してくれよ」


 赤石は語り掛けるようにして、言った。

 それは赤石が中学生時代に受けたいじめから学んだ、一つの結果だった。


「せめて、見て見ぬふりをしてくれよ」


 赤石は鳥飼に語り掛けるように、そして頼むように、言う。


「ボスザルと一緒になって俺たち下層のサルを蹴り殺そうとするのは止めてくれよ。せめて見て見ぬふりを、してほしいよ」


 赤石は目を伏せた。


「メスザルが許しを与えたから、メスザルが好意を寄せたから、ボスザルのやることも過激になるんだよ。メスザルから好意を向けられる俺たちは正しいんだ、と思い込むようになるんだよ。メスザルがここでボスザルを非難、ないしは誰もボスザルとまともに付き合わなかったら、もう少しマシな結果になってただろ」

「……」


 鳥飼が何も反論しないため、赤石は話を続ける。


「例えば海外なら、いじめはしてる方がおかしい、ってなるらしいぞ。これが日本なら、いじめをしてる方がモテて賞賛され、いじめられる方が不登校に追い込まれるわけだ。どういう理屈なんだよ、お前らの中では」

「……」

「はぁ……」


 鳥飼が何も話さなくなったため、赤石はため息を吐き、飲み物を取りに行った。


「……」


 鳥飼は、黙ってテーブルの上を見つめていた。






「別に」


 赤石が席に帰って来ると、鳥飼が話し始めた。


「別に、下層のサルが死ねばいいとまでは思わない」

「……」


 赤石はドリンクバーで入れたりんごジュースを飲みながら、鳥飼の話を聞く。


「下層のサルが死ねば良いとまでは思わないけど、私たち女の子だって、ちょっとは格好良い、地位が高い男を選んだって良いはずだろ?」


 飲み物を取りに行っている間ずっと考えていたのか、と赤石は感心する。

 健気だな、と思った。


「お前らにとっては暴力を振るういじめの主犯格が、格好良くて地位が高いサルなわけだ」

「だから、別にそれを選ぶ女の子は悪くない……はず」

「それならいよいよ、俺らみたいな下層のサルからしたら、お前らは仇討ちをするべき宿敵だよ。何がどうなろうとも、自業自得だとしか思えないね」

「……」

「俺を言い負かすために反論しようとして、本来の目的を忘れてないか? お前の目的は俺に反論することじゃないだろ。主客転倒、目的を見失ってるぞ。お前の目的は、お前の友達を引き合いに出して、俺が悪人であることを証明することだろ。友達の名誉まで汚してどうするんだよ。可哀想だろ」


 赤石はため息を吐く。


「まぁ、その友達がどういう男と付き合ってたのかは本当に分からないままだから、俺は何も言えないんだけどな。仮の話をしただけで」


 赤石はりんごジュースを飲む。


「良いことは誰が言ってても良いことだし、悪いことは誰が言ってても悪いことだ。是々非々、俺憎しで自分の友達を引き合いに出して、名誉を傷つけるのは止めてやれよ」

「……」


 鳥飼は何も言わない。


「で、結局どういう男だったんだ?」

「……らない」

「え?」

「知らない」

「……そうか」


 さして興味がある話でもなかったため、赤石は話を切り上げた。


「人を支配する時に暴力が一番最初に出てくるような奴は、お前の友達を孕ませても絶対に逃げるよ。お前らを傷つけて、何も責任を取らずに逃げるよ。そんなの分かり切ってるだろ。ちょっと考えたら分かるだろ。騙されたのか、自分からそういう奴を選んだのかは知らないけど、何でもかんでも自分には責任がないと思い込むのは、俺は正直どうかと思うな」

「……」

「加害者とは付き合わない。しないさせない許さない、そんな基本的な思いがお前たちの中にはないのか? ちょっとは下層のサルが可哀想だと思う気持ちはないのか? ボスザルと一緒になってお前らに蹴り殺されるこっちの身にもなってみろ」

「……」

「自分からサル殺しのボスザルに好意を寄せてずっと一緒になってサポートしてたのに、ボスザルに捨てられた途端に下層のサルが悪い、だとかお前らのせいだ、だなんて言われるのは心外だね。俺らはお前らに殺される側のサルだったんだぞ。なんで被害者が加害者に責め立てられないといけないんだよ」

「……」

「暴力を振るうボスザルは格好良い! ボスザルが格好良いから、私はボスザルをずっとサポートするよ! 下層のサルなんて玩具なんだから潰して壊して遊べば良いよね! ボスザルがやってることは何も間違ってないよ! あんな下層のサルの言葉なんて聞く意味ないよね! ボスザルのことは私がずっとサポートするよ!」

「……」

「どう思う?」

「……」

「どうも思わないか。下層のサルなんて生きてようが死んでようが、お前らの視界には入らないもんな。腐った肉を蹴って捨ててるようなもんなんだろ、お前らからしたら。顔の形が変形するほどに殴られて吊るされてる下層のサルの写真を撮って、仲間に共有して笑い合ってるのがお前らだもんな。お前らは暴力と加害性を正当化して、自分が権力を振るえる立場になったら下層のサルを踏みつけるのに、自分から権力が失われたら下層のサルを糾弾しだすんだからな。始末に負えないよ。勘弁してくれよ、本当。ボスザル周りのことはボスザル周りの人間関係だけで全部完結させてくれよ。もう二度と下層のサルに近寄って来ないでくれ」


 鳥飼はただただ無言で、赤石の話を聞く。


「そりゃあお前らは食料にもありつけ、暴力を手にしたと同然のポジションだから良い思いだろうがな。お前らがボスザルを奉ることで、今も被害に苦しんでる下層のサルが沢山いるんだぞ。今も家に引きこもって、泣きながら膝を抱えてる下層のサルがいるんだぞ。お前らの悪意のせいで命を落とす人間だっているんだぞ。誰かがボスザルにおかしい、と言ってくれても良いだろ。誰かが下層のサルがかわいそうだ、と言ってくれても良いだろ。せめて、ボスザルの味方なんてするなよ。何をお前らまで一緒になって下層のサルをいじめて楽しんでんだよ。勘弁してくれ」


 それは赤石が中学の頃に受けたいじめと、およそ符合していた。


「メスのサルがそんなことするなんて、学術的、な、根拠、あるわけ?」

「知らねぇよ。ただの例え話だ」

「別に、お前がやられたわけでもないのに、今も、実際に、被害に、遭ってる、人の話を引き合いに出して、私たちを、無理矢理加害者に仕立て上げようとしてるのは、本当に……」


 鳥飼は赤石を見た。


「不愉快」

「……はぁ」


 まるで話にならないな、と赤石は頬杖をつく。


「例え話ではあるが、俺が中学の頃に受けたいじめとほとんど同じだよ、さっきの話は。完全なる当事者からの意見だよ。少し何かが違っていたとしたら、もしいじめの対象が俺じゃなかったとしたら、下層のサルが四肢を食いちぎられて死んでた可能性もあったんだぞ。そうでなくても、お前らのせいで苦しんでる被害者がいるのは事実だろ。大体、俺もお前のせいで高校一年間嫌われ続けたんだからな。お前にもちょっとは罪の意識、ってもんがあってもいいだろ」

「……」

「大体男に逃げられたとか言ってるけど、高校在学中にそんなことになるような男なんて、ボスザルじゃなければ一体何なんだよ、と思うけどね、俺は」

「……」

「お前の友達もボスザルと一緒になって下層のサルをいじめてたんじゃないの、と思って仕方ないけどね、俺は」

「……」


 鳥飼は肩を震わせた。


「私の友達は、そんなんじゃ……ない。そんな子じゃ……ない」


 鳥飼は顔を真っ赤にしながら、肩を震わせた。


「私の、私の友達を、侮辱するな」


 鳥飼は絞り出すように、そう言った。

 義憤に狩られ、怒りにうち震える鳥飼は、真っ赤な顔で赤石を睨みつける。


「あぁ、もう、分かったよ。確かに意地悪は言ったよ。お前の友達もその付き合ってる彼氏も誰か知らないから何も分からないよ。そんな怒るなよ」


 ビュッフェ会場で顔を真っ赤にして肩を震わせる鳥飼を見て、赤石は嘆息する。

 鳥飼は目を充血させながら赤石を睨み続けていた。


「私の友達は、そんな子じゃ、ない。私の友達を、馬鹿にするな。私の友達は本当にそんな子なんかじゃ、ない。何も知らないくせに、分かったようなことを言うな」

「もう、分かったよ……」


 赤石はどっと疲れた様子で、自席に戻った。





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結局、鳥飼は鳥頭のままだな
女だから善い、男だから悪い、などと、全てが性別とか種族とか、あるいは自身との関係性から単純な二元論で片付くものかよ 友達ならば悪いことはするまい、騙されているだけだ まぁ友情を信じることじたいは悪い…
結局害獣は「女の子なんだよっ」これに尽きる いじめ側に自覚なく加担、おいしい汁吸ってたのに グループから排斥され糾弾側になった途端に 「皆んなで寄って集っていじめるな!」 ??????? 俯瞰…
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