第480話 特別はお好きですか? 2
「ふっ……」
赤石は鼻で笑った。
お前の話す言葉には、力がある。そしてお前自身も、それを自覚しているはずだ。
鳥飼の話す言葉を聞き、赤石は苦笑するしかなかった。
「どうやら俺を高く買ってもらえてるようで、光栄の至りだよ」
赤石は半笑いで鳥飼に、そう言った。
「何がおかしい」
鳥飼は据わった目で赤石を睨めつける。
「おかしいもおかしいだろ。お前には力がある、だとか言っておきながら、その力の正体が言葉なんて言われちゃあ、笑うしかないね。事ここにいたってお笑い草だよ」
赤石はくくく、と笑う。
「お前は自分の加害性を理解してない。認識してない。いや、意図的に認識しようとしてないのか。目を逸らして無力を気取ってるのか。銃を持って遊んでる子供みたいなもんだ、お前は」
「言葉なんかにそんな力はない。ツールであっても武器ではない。難は逃れても盾ではない。言葉なんかじゃ誰の心も動かせない。誰の人生も動かせない。俺は誰の人生を動かすことも出来ていないし、誰も俺に影響なんてされてない。誰も俺の言うことなんて聞きゃあしないよ。俺は何もない凡人でがらんどう。空っぽだよ」
赤石は空になったガラスコップをからんころん、と振ってみせた。
「お前の言葉で今まで、何人の人が影響された? 何人の行動が変わった? お前はただ喋るだけで、ただ言葉を発するだけで、多くの人間の人生を変えていく。白を黒に、黒を白にするだけの力が、お前にはある。お前が右を向かそうとすれば周りの人間は右を向き、お前が左を向かそうとすれば、周りの人間は左を向く。全部お前の手の平の上。お前の思い通り。周りの人間にそうさせるための手段が、お前には無数にある。例えそれがどれだけおかしな方法だったとしても。お前は左を向け、と言いながら皆を右に向かせようとしてることだって、ある」
「……」
赤石は肩をそびやかす。
「結局お前の意図した通り、思ってた通りの結果になってたはずだ。今までも、そしてこれからも。お前の思い通りの結果になって、楽しいか?」
「さぁ」
赤石は半笑いで鳥飼と対峙する。
「今まで全ての展開が俺の思い通りになってたなんて、そんなわけないだろ。だとしたら今頃、お前は俺に惚れこんで馬鹿みたいに崇めてるはずだろ」
「……」
鳥飼は少し考えこむ。
「全ては言い過ぎた」
「早くも馬脚を露してんじゃねぇか」
「大方の流れは、全部お前の意図したとおりになってるはずだ」
「なってないね」
「……」
「……」
赤石と鳥飼が視線を交錯させる。
「お前の言葉は良くも悪くも、周りの人間を巻き込んで、大事にする。どういう形だったとしても、本来ならまとまっていたはずの出来事が、お前の言葉一つで大きく変容する。例え後味が悪かっとしても、本来なら収まるはずだった、収まるべきところに収まるはずだった物事が、物語が、お前の言葉のせいで全部滅茶苦茶に歪曲させられている。お前は言葉なんて持っちゃいけない人間だ。お前はこの世にいちゃいけない人間なんだよ。お前は生きてちゃいけない人間なんだよ。今すぐそこから飛び降りて、速攻死ね」
「……」
赤石は椅子に深く腰掛け、気だるげに鳥飼を見た。
「……言ってくれるね」
赤石はカチャ、と箸を置き、食事の手を止め、本格的に鳥飼と相対した。
「お前が本当に三葉と白波のことを思うのなら、お前はもう三葉と白波に近寄るな。三葉と白波に話しかけるな。二度と口を開くな。お前は絶対に、この世に生まれてきてはいけない存在だった。お前の言葉は人を苦しめて、女の子をダメにする。お前はこの世界に生まれ落ちたバグだよ。人の心を持たない化け物だ。私には分かる。今まで数々の女の子が馬鹿な男に駄目にされた。その中でもお前は、一番危険な思想を持った、化け物だ。今まで見てきたどの男よりも一番危ない害獣だ。直感してる。私の直観が、お前を白波と三葉に近づけちゃいけないって、そう言ってるんだよ」
「……」
赤石は黙って、鳥飼の話を聞く。
「だから、私は何としてもお前を止めたかった。お前を社会的に抹殺するしかなかった。例え私がどんな目に遭ったとしても、お前だけは白波と三葉に接触させちゃいけない存在だった」
鳥飼が自分を蛇蝎の如く嫌っている理由が、紡がれる。
鳥飼に熱が入る。
自分に熱が入っていることに気が付いた鳥飼は手元のグラスに入った飲み物を、一気に飲み干した。
「……」
「……」
鳥飼は一時的に冷静さを、取り戻す。
「でも、今は……反省してる。やり方が、本当によくなかった」
「……」
赤石は頬杖をつきながら、鳥飼の言葉を受ける。
「言葉、ねぇ……」
赤石は漫然と、手を組んだ。
「そんな胡散臭い詐欺師みたいなことを言われてもな、という印象でしかないが」
「例え、私の言葉がどれだけ胡散臭くても、どれだけ汚くて嘘じみていたとしても、お前の言葉に力があることだけは、事実だ。私の言葉には、お前ほどの力はない。私はお前ほど上手く言葉を操ることなんて、できない」
「俺はそんなお前の言葉のせいで一年間苦しめられてきたんだが?」
「……」
鳥飼は目を伏せる。
「仮に能力大戦なんてものがあったとして、俺がもらえる能力が言葉、だなんて曖昧でどうしようもないものだったらぶち切れるけどな。炎や雷を放出できる方がよっぽど危険で危ないよ」
「暴力を扱うことが禁止されてるこの世界で、お前の言葉だけは誰にも何の拘束も受けずに、のうのうと能力を行使し続けられてる。今この世界で一番危険なのはお前だよ、赤石悠人」
「くく……」
赤石は肩で笑う。
「呆れたよ、お前の人を見る目のなさには」
赤石は大きく足を開いた。
「もう大人になろうよ、だったか」
赤石は呟くようにして、そう言った。
鳥飼は唐突な赤石の告解に、固まる。
赤石は過去を思い出すようにして、こめかみに指をあてた。
「自分だけが特別だとか、自分には優れた才能があるだとか、自分は人から一目置かれる存在だ、とか。自分は人より優れた何かを持っていて、特別で、誰かとは違う唯一無二の存在だ、だなんてさ。そういうの普通に、ダサいし痛々しいよ。もう止めなよ、何も持ってない空っぽの人間のくせに、自分は何かを持ってるみたいな顔するのはさ。上から目線で偉そうに人の価値を判断して、人に値付けするのはさ。あいつは駄目だ、だとかあいつは足りてない、だとか、そうやって人のこと馬鹿にするのはもう止めようよ。君は何者でもないし、何も残せないよ。何の価値もない赤石君が人に点数つけて偉そうにするのは見てて気持ち悪いよ、だったか」
赤石は水城に言われた言葉の一節を、思い出していた。
「赤石君はさ、別に何者でもないよ。隠れた才能もないし、人より優れてないし、人より発想が飛びぬけてるわけでもなければ、ただ周りの人間が自分の優秀さに気が付けないだけでもないよ。本当は自分は優秀で、周りの人間の頭が悪いから自分の優秀さを分かってないんだとかさ、そんな妄想に浸って自分を肯定するのはさ、もう止めようよ。ただ純粋に頭が悪いだけなんだよ、赤石君は。周りが見えてない、自分が見えてないだけなんだよ」
赤石は水城から言われた言葉を、紡ぐ。
赤石の記憶の中にある水城からの言葉は赤石自身の中で何度も反芻され、澱のように、どろどろに、ぐちゃぐちゃに、溶け混ざり、より一層醜いものに、なっていた。
「君は、普通の人が出来ない発想で皆を驚かせてるんじゃないよ。ただ人から嫌われる言葉を発して、ただ純粋に、自分の身の振り方のせいで人から嫌われてるだけだよ。皆は仲良くしようとして必死なんだよ。皆は協力して何か一つの物を作ろうして必死なんだよ。それなのに赤石君は傍から茶化すようなことを言ったり、水を差すようなことを言ったりして、本当に不愉快だよ。皆は一緒に協力して頑張ってるんだからさ、せめて邪魔くらいはしないでよ。迷惑だよ、本当に。自分は皆にはできない発想が出来るんだ、だとか自分は皆が思いつかないようなことを思いつけるんだ、だとか、自分の言葉には力があるんだ、だとか、そういう風に勘違いするのはさ、もう止めようよ。自分は周りの人より特別で、周りの人より優れてて、だから周りの人間が馬鹿に見えて仕方ないんだ、って。そう思ってるんだよね。ただ人から嫌われることを言ってるだけなのに、自分の意見に勝手にアイデンティティを見出して、勝手に悦に入って、勝手に他人を見下してるだけだよね。ううん、分かるよ。私にもそういう時期あったから。確かに、赤石君もそういうのにアイデンティティを見出さないとどうしようもないもんね。人に誇れるようなもの何もないからさ。確かに私にもそういう時期はあったけどさ、もう大人になろうよ、赤石君」
「……」
「だったかな」
赤石は言い終え、細く息を吐いた。
「俺は特別でも何でもない、勘違いした馬鹿、らしいよ。人から嫌われる言葉を発しているだけなのに自分の言葉にアイデンティティを見出して、勝手に悦に入っている頭の悪い馬鹿、らしいよ」
「……」
鳥飼は何も、言わない。
「言葉に力があるのか、何の力もない自己愛に溺れた無能なのか、せめてお前らの意志くらい、統一してくれよ」
赤石は儚げな表情で、そう言った。




