第478話 ビュッフェはお好きですか?
「え、えぇ!?」
水城の言葉を聞いた櫻井が、一番に驚いた。
「そんなこと聞いてねぇけど!?」
「あ、ごめん。皆で一緒に行けたら楽しいかな、って……」
水城は指の腹を合わせながら、ちらちらと櫻井を見る。
「えっと……」
水城の提案を聞いた友人が、言葉を失った。
「は、はは……」
苦笑する。
「次来た子に聞いてみようよ」
「あ、う、うん、そうだね」
水城は次の友人を待つ。
「えっ……」
しばらくして、公園にやって来た水城の友人は、言葉を失った。
「なんで……?」
櫻井を指さし、引きつった表情でそう尋ねる。
「あ、卒業旅行、彼氏連れて行っちゃダメかなぁ、って……」
「ごめん、無理」
友人は即座にそう断った。
「え、なんで……?」
「なんで、って……」
水城のあどけない表情に、友人はため息を吐いた。
「もういいよ。じゃあ私行かないから」
「え!? なんで!? なんで!? ちょっと待って!」
その場を後にする友人を、水城が追う。
「お風呂とか覗かれたくないし」
「だから、それは誤解で!」
「そうじゃなくても、普通にそいつと一緒にいたくないし」
「なんで……」
友人は公園を出た。
「あ、あはは……。じゃ、じゃあ、私もそうなったら行かないかも、あ、あはは……」
先に出た友人を追いかける。
公園で、水城と櫻井は二人きりになった。
「ご、ごめんね……」
「いや、良いんだよ。皆本当だと思ってるから、もうこれは仕方ないんだよなぁ……」
櫻井は天を仰いだ。
「本当、なんであいつはこんな嘘を……」
櫻井は静かに、落ち込んだ。
卒業旅行最終日、
「美味しいなぁ」
「そうだなぁ」
赤石と須田は、ビュッフェ会場で食事を共にしていた。
「ビュッフェってマジですごいよな。この会場にある食べ物、何食べても良いんだよな? こんなの滅茶苦茶な金持ちじゃないと許されないだろ」
「分かる」
赤石と須田はビュッフェに好感を持っていた。
「もっとビュッフェのすごさを世界中に伝えるべき」
「誰がだよ」
「ジャパニーズビュッフェスタイル」
「ジャパニーズビュッフェスタイル、じゃないんだよ」
「子供の名前にビュッフェと名付けるくらい人気のある、日本の立食形式」
「可哀想だろ」
「山田美由笛」
「滅茶苦茶キラキラネームじゃねぇか」
須田はパンとデザートを頬張りながら言う。
「ビュッフェって、でもどこ発祥なんだろうな」
「なんかヨーロッパらへんじゃないか。知らないけど」
「日本以外でもこんなお手頃価格でビュッフェを楽しめるものなのかねぇ」
「それは知らないけど」
「ビュッフェってこんな最高な食事なんだから、もっと世界に発信していけば良いのになぁ」
「俺らくらいの年齢じゃないとあんまり楽しめないんじゃないか、ビュッフェも」
赤石は焼きそばの隣にパイナップル、リンゴ、ローストビーフを取り分けており、山盛りの食事を楽しんでいた。
「ちょっとよく考えて欲しい。日本に来てまず一番最初に食べるのがビュッフェだとするだろ? その時点で、日本に来て食べたかった料理とかほとんど制覇出来るじゃん」
「まぁ食の好みというか、その国独自の食のスタイルみたいなのは分かって良いかもしれないな」
「だろ?」
奥さんやだわ、と須田が赤石の肩を叩く。
「逆に言えば、旅行先でもビュッフェに行ったら沢山現地の物とか食べれて楽しめる、ってことなのかもな」
「天才じゃん」
須田が指を鳴らす。
「俺、日本のビュッフェ大使になるわ」
「そんな発信するようなもんでもないだろ」
「海外の人がビュッフェ見てこう言うんだよ。オウ、クレイジーフードパーティー、って」
「クレイジーとか言われてんじゃねぇか」
「ジャパニーズクレイジービュッフェボーイ、って」
「ジャパニーズクレイジービュッフェボーイはもう悪口だろ」
須田は演説をしながらエビフライを食べる。
「エビフライと炒飯とラーメンとポテトと焼きそばと肉とパイナップルとリンゴを一緒に食えんだぜ? こんなの数万円は払わないと普通食えないだろ」
「色んな種類を皆でシェアするのは本当頭良いよな」
山盛りになっていた須田の皿は、既に空になっていた。
「よく食うなぁ」
「食べ盛りだから」
「もう大学生なんだから終わっただろ、食べ盛りなんて」
「日本男児は腰が曲がるまで食べ盛りと言われている」
「言われてねぇよ」
「一説によると」
「何の一説だよ」
「古事記にも書いてあった」
「書いてねぇよ」
「大和の男、腰曲がりてようやく食細くなりけり」
「化け物みたいな紹介だな」
「ちょっと俺おかわりしてくるわ」
須田が席を立った。
「待ってるよ」
「俺の席守っといて」
「誰も来ねぇよ」
須田は自分の席が誰かに取られないか心配そうにする。
「置き手紙しようかな」
「なんで手紙にしたためるんだよ」
「拝啓、この席に座った人へ」
「長くなりそうな書き出しだな」
「探さないでください」
「手紙置いてる席に座るようなやつは探すだろ、きっと」
「この手紙は五秒後に爆発します」
「爆発するのは、おじいちゃんが息子に残した丸秘ビデオとかだろ」
「私が帰ってきたら席を返してください」
「爆発するんだからもう席ないだろ」
「この手紙の続きが読みたい方はシーキューブで!」
「読みたくねぇよ」
「チャンネル登録よろしくね!」
「チャンネル登録よろしく、を敬具だと思っている……?」
須田は不安そうな顔をしながら、ビュッフェ会場へと赴いた。
「全く……」
須田のいつもの軽口をいなし、赤石は自分の食事に移った。
「やほ」
「おう」
赤石が食事を楽しんでいると、小さな体の少女が、やって来る。
「やほ。二回目」
「嫌な補足情報」
上麦が赤石の対面の席に、座ろうとする。
「そこ爆発するから止めときな」
「ドッキリ番組……?」
上麦は赤石の隣に座った。
「赤石、おはよ」
「おはよう」
「元気?」
「裸で逆立ちしながら学校の周り回れるくらい元気だよ」
「朝からいじめられてるの……?」
上麦は赤石を心配そうな目で見つめる。
「ほんの冗句だよ」
「そか」
赤石は上麦の皿を見た。
「バカみたいな取り方してるな、お前」
「そ?」
上麦は大量のポテト、大量のソーセージ、大量のケーキを皿に載せていた。
「もっとお洒落な取り方しろよ」
「赤石、人のこと言えない」
赤石は焼きそば、ポテト、ソーセージ、パン、パイナップル、ローストビーフ、たこ焼き、焼きそば、およそカロリーが高いであろう食べ物を無造作に皿に載せていた。
「こんな豪華な食にありつけるのなんて滅多にないからな。たくさん食べておかないと……」
「赤石、いやしんぼ」
「お前もだろ」
上麦は赤石の皿からたこ焼きを取り、頬張った。
「止めろ、自分で取って来いこの薄汚れた盗人め!」
「血筋大事な魔法寮の人……」
上麦が小首をかしげる。
「白波のもあげる」
上麦は一口ケーキを赤石の皿の上に載せた。
「止めろ、味が混ざるだろ! 素人はこれだから……」
「そんなぐちゃぐちゃなのに味混ざるとかもうない」
赤石は上麦から受け取ったケーキを頬張る。
「俺甘いものよりデザートが好きなんだよな」
「白波、どっちも好き」
「なんか人工的じゃない甘さが口に嬉しいんだよな」
「赤石の性格、似てる」
「作り物より自然の美しさを楽しみたいよな」
「そそ」
赤石と上麦が隣り合って食事を楽しんでいると、
「……」
上麦の対面に、鳥飼が座った。