第469話 高校の卒業旅行はお好きですか? 4
頬を赤らめてそう告解する黒野に、赤石は少々面食らった。
「なんで?」
先に口をついたのは、純粋な疑問だった。
「なんで、って……知りたいだけだけど」
「……」
赤石は眉を顰める。
「お前あんだけ花波に言っておいて……」
「感化されただけ」
「人のこと言えないぞ」
「聞いてるだけじゃん」
「……」
はぁ、と赤石はため息を吐いた。
「いないよ」
「本当?」
「俺の知る限りは」
「……そっか」
分かった、と黒野は呟いた。
黒野と須田の間で何があったのか、赤石は知らない。
正反対な二人が惹かれあうことなどあるものなんだな、と赤石は呆然と思う。
「ま、それだけ」
「……そうか」
赤石はそれ以上、何も言わなかった。
言葉は野暮、詮索は無粋。
赤石は他人の恋愛事情について、そこまで首を突っ込む性質でもなかった。
「……じゃあ」
そう言うと、黒野は一同の下へと戻った。
「……」
しばらくの後、赤石も一同の下へと戻る。
「へいへい」
「どうした」
「路地裏から戻ってきて、何話してたのぉ?」
赤石と黒野の様子を伺っていた暮石が、話しかけてきた。
「別に……」
「怪しいざます」
むむむ、と暮石が赤石の顔を覗き込む。
「お兄さん、頬が赤らんでますぜ」
「赤らんでません」
「さては卒業旅行マジックかぁ?」
「違うし、そうだったとしても言わない」
「はぇ~~、赤石君はこの私にそんなつっけんどんなこと言っちゃうんだ」
「テンション高いぞ、お前」
卒業旅行で興奮している暮石を、赤石はなだめる。
「赤石君も実は彼女持ちだったりして」
「持ってません」
「怪しい……」
「怪しくない」
赤石と暮石の間で水掛け論が繰り返される。
「でも赤石君、最近大人しくなったよね」
「そうか?」
赤石は自分自身が変わったと思っていない。
今までの自分を続けてきた延長線上にいるだけで、誰かの影響で自分が変わったと、思っていない。
「今まではあんなに何でもかんでも怒ってた赤石君が、最近になって妙に落ち着いた青年になった」
「褒めてるのか貶してるのか、どっちなんだ」
「人は初めて恋人ができた時に、大人になると言う」
「言いません」
「初めての恋人ができた赤石君。男と女、二人そろって何が起きないわけもなく……。上気する赤石君、あまりにも可愛い彼女に、赤石君は迸る血潮をおさめることができない。むくむくと沸き上がった情欲は赤石君をかき立たせた。武者震いする赤石君とは裏腹に、赤石君は自身の芯が固く通っていることを実感していた。赤石君は無我夢中で女をむさぼり、二人は一夜、愛の限りを尽くした。男と女、二人は人目もはばからず路地裏で愛をはぐくみ、人目を避けて行うそれは、赤石君をより一層興奮させた……」
「官能小説みたいな語り口止めろ」
「大人の階段を上る赤石君……」
「むしろ俺は降りてる方だよ」
「妙だな……」
「妙じゃない」
疑り深い暮石に、赤石は適当に相槌を打っておいた。
「探偵ごっこで気は済んだか?」
「探偵ごっこじゃないやい! 美少女名探偵、暮石三葉やい!」
「はいはい」
わあわあと叫ぶ暮石をよそに、赤石は自然、黒野の動向を追っていた。
よく見てみれば、黒野は須田の近くで小さくなっていた。自分が知らないだけで、黒野たちもそれぞれの恋愛を歩んでいるのかもしれない。
暮石や上麦、鳥飼も、ただ自分が知らないだけで、それぞれの恋愛をしているのかもしれない、と赤石は感慨にふける。
「用事はそれだけか、美少女名探偵? 用がないなら、俺はこれで帰らせてもらう。こんな殺人犯がいるかもしれないような場所にいられるか」
「完全に後で殺される人のセリフじゃん」
「名探偵暮石、この島から出る唯一のボートが、何者かに破壊されています!」
「なにぃ!? つまり、私たちはこの島に閉じ込められたということか!?」
赤石は暮石と益体もないやり取りを交わし、観光を楽しんだ。
昼食を共にした一行は、観光地を回っていた。
「赤石君、赤石君」
「ん」
暮石が赤石の肩をちょんちょんと触った。
「おっぱい触って来た」
「言い方」
赤石たちは牛の乳搾り体験コーナーへと足を運んでいた。
「すごいんだよ、おっぱい。こう、なんてんだろ……」
暮石は指をわきわきと動かす。
「おっぱい触ってる感っていうか、こう……」
「そうか」
反応に困った赤石は、早々に話を切り上げようとする。
「話聞けし! ちゃんと聞く!」
「えぇ……」
「なんかやっぱり私たちも同じ生き物なんだなぁ、って」
「そうか」
「思ってたよりも結構むにゅむにゅしてるんだよ。あとお乳が出る感触がすごい手に伝わって来る」
「色々感じたんだな」
触れづらい話題のため、当たり障りのない返答に終始する。
見れば、三矢が高梨とわあわあと言い合いをしながら、牛の乳搾りをしていた。
「赤石君は乳搾りの体験しないの?」
「俺はいいよ」
「いや、全然良くないよ! こんな体験できるのここくらいなんだかんね! ここで逃したら、次いつ牛の乳搾りできるか、分かんないんだかんね!」
「別に体験する必要のないことだろ」
「そんなことないよ! ほら、作家は体験が命って言うじゃん! 体験できることを体験しないのは人生においても大きな損失だよ!」
「お、おぉ……」
妙に実感のこもる暮石の熱に、赤石は気圧される。
「まぁ俺は作家じゃないけど」
「映画とか作ってたじゃん、赤石君」
「映画ってのは俺一人で作るものじゃないから。関係者皆さんのご尽力のおかげで、こうして映画という一本の形にできただけであって。それもこれも、視聴者の皆さんがいてこそのものであり、見てもらえる人がいるからこそ俺たちがこうしていられるわけで、そんな俺一人の力で映画が出来たとか思いあがってちゃ全然ダメなわけで」
「急に監督感出してくるじゃん」
文化祭の話を持ち出され、赤石は急に気恥ずかしくなった。
「しかも世間体を考えた、好感度上がりそうなことばっかり言って」
暮石はなんだかなぁ、と赤石を半眼で見やる。
「そんなこといいから、ほら、乳搾り行くよ」
暮石は赤石の背後に回った。
「いや、良いって」
「いいから行きなよ。体験してきなって」
「いや、でも俺人が多い所苦手なんだよ。皆がいなくなったら行くよ」
「大丈夫大丈夫、お姉さんに任せておいて!
「いや、本当に後でいいから……」
暮石は赤石の背中を押し、牛の乳搾り体験コーナーまで連れて行った。
「高梨さ~ん」
三矢と変わり、高梨が牛の乳搾りの体験をしていた。
「赤石君がおっぱい絞らせて欲しいんだって~!」
暮石は満面の笑みで、高梨にそう言った。
「死ね、この下衆ゴミッ!!」
高梨は怒気をはらんだ口調で、赤石を叱りつけた。




