第468話 高校の卒業旅行はお好きですか? 3
観光地をしばらく散策した赤石たちは、昼食を取るため、近くの定食屋へと入った。
「ご飯、ご飯!」
上麦は体を左右に動かしながら、にこにことする。
「ちょっとは食べ歩きしてたはずのに、まだお腹空いてるのか」
「うるさい!」
「親をバカにされた時みたいな怒り方するじゃん……」
赤石は上麦から視線を逸らした。
「詰めて詰めて~」
赤石たちは席に通され、店の奥へと歩いて行く。
赤石は定食屋の最も奥の角の席に陣取った。
「ふふ……」
赤石と向かい合うようにして、黒野が座った。
「やはり私たちは陰の人間。壁際にいるのがふさわしい」
「まぁ落ち着くけども」
赤石は壁に囲まれ、ほっとした表情でお手拭きに手を伸ばした。
「陰の人間……くくく」
黒野は口端を吊り上げながら、にやにやと笑う。
「隣よろしくて?」
「どうぞ」
赤石の隣に花波が座った。黒野の隣には上麦が座った。
「さ、選びましょ?」
四人一卓のテーブル席に、赤石、花波、上麦、黒野の四人が座る。
花波は軽く手を叩き、先導した。
「お前が仕切るなよ……」
黒野はぼそ、と呟く。
「何か言いました?」
「別に」
「喧嘩するなよ、お前らはどこでもかしこでも」
赤石は黒野と花波の喧嘩を仲裁する。
「先に喧嘩を売って来たのはこちらではありませんくて?」
「まぁそうだけど」
「だってキモいんだもん」
「オブラートに包め、オブラートに」
睨み合う花波と黒野の間に、赤石が割って入る。
「赤石、ご飯」
「そうだな、メニュー表だな」
赤石はテーブルの横にかけてあったメニュー表を取って広げた。
「やっぱり北海道は海鮮丼ですわねぇ」
花波がメニュー表を見ながら垂涎する。
「産地直送というやつですわね」
「なんか下ネタみたい」
「余計なことを言うな、余計なことを」
黒野が茶々を入れる。
「赤石さんも海鮮丼お食べになります?」
花波はメニュー表を指さしながら、赤石を見た。
「……」
財布の中身が脳裏を過った。
海鮮丼、一七八〇円。
「いや、俺はトンカツ定食で良いよ」
赤石は八八〇円のトンカツ定食を指さした。
「あらあら。お金に不安が? 良ければ私が出しますわよ?」
「いや、俺生っぽいのあんまり好きじゃないんだよ」
赤石自身、生食が苦手だった。
「人生損してますわね。食べ物なんて生で食べるのが一番美味しいに決まってるじゃありませんの」
「生憎俺は文明人でな。生の食べ物は好き好んで食さないんだ」
「まるで私が野蛮人みたいな言い草じゃあありませんか」
「大体似たようなもんだろ」
「ちょっと!」
花波が頬を膨らませる。
赤石と花波がメニューを決め、黒野と上麦にメニューを渡した。
二人はメニュー表をぱらぱらとめくる。
「そういえば赤石さん」
「ん」
上麦と黒野がメニューを選んでいる隙を縫って、花波が赤石に小声で話しかけた。
「赤石さん、大学は北秀院でした?」
「ああ」
「私は清蘭ですの」
「知ってる。女子大の」
「ええ」
赤石はお手拭きで手を拭きながら花波の話を聞く。
「大学はどちらの部活へ?」
「一応映研考えてる」
「グローバルですわね」
「英語研究部じゃなくて、映画」
「あらあら」
それは失礼、と花波は口元に手を当てる。
「私たちは大学も近くありませんか?」
「そうだな」
「良ければ、大学に入った後に合同でイベントとか開きませんこと?」
「合同でイベント……?」
大学入学を前に家を借りたが、赤石はまだそこまで大学のことを詳しく調べていない。
一転、花波は大学の情報についてある程度詳しく調べている模様で、赤石は身を乗り出して花波の話を聞き始めた。
「合コンじゃん」
花波と赤石の話に、黒野が割って入る。
くく、と小さく笑いながら黒野は赤石と花波を見る。
「ち、違います! お互いの部活でイベントを、と……」
「いやいや、合コンじゃん、それ」
黒野が花波を指さして言う。
「どうせ女子大で出会いがないから、もう他の大学の男漁ろうとしてるんだ! やらしい~」
黒野が右目にかかる前髪をのけながらそう言った。
「違います! 私たちの大学の部活と北秀院の部活で合同でイベントをしたり、あるいはインカレサークルを作ったりと考えてただけです!」
他大学と合同でサークルを作るインカレサークルを、花波は提案した。
「インカレなんて入ったら絶対ヤるだけじゃん。やらし~」
黒野がくくく、と笑う。
「こらこら。偏見偏見」
赤石が花波を守るようにして前に出る。
「絶対偏見じゃない」
「インカレなんていっぱいあるんじゃないか? 知らないけど」
「調べたら絶対そう。普通の部活よりヤってる奴の方が良いに決まってる。そうじゃなきゃ他の大学と合同でサークルなんて作る意味がない」
「いや、まあ実際調べたらそうかもしれないけど、花波はそういうつもりで言ったんじゃないんじゃないか?」
赤石はあくまで花波の肩を持つ。
そして、ここで花波の肩を持たなければ、花波が下心を丸出しにして赤石に話を持ち込んだ、という状況になることも明白だった。
赤石は花波の沽券を守るため、花波に味方する。
「やらし~」
「ち、違います……」
花波は耳まで真っ赤にしながら、うつむいた。
「まだ大学生になってもないんだから、そんな大学の事情にも詳しくないだろ、俺たちは。あんまりからかってやるなよ、黒野」
「で、でも……」
実際、花波がどのような意図をもってして赤石に話を持ち掛けたのかは分からなかった。
本当に出会いを求めていたのか、ただ単純に楽しい大学生活を過ごしたかっただけなのか、花波を除いて誰にもその真意は分からない。
見れば、花波は頬を真っ赤にして肩に力をいれ、うつむいていた。
「花波もそんなに落ち込むなよ。また話は聞く。黒野は後でビンタする」
「なんで!?」
理不尽だ、と黒野は抵抗する。
「ご飯……」
赤石と花波たちが時間を空費している最中、上麦が機嫌悪そうに言う。
「黒野のせいで殿もお冠だよ」
「絶対違う」
「メニュー決まったのか?」
「白波、ずっと、決まってる」
「黒野は決まったのか? きゅうりの浅漬けで良いか?」
「なんで私だけお通しみたいなご飯食べさせられるの」
黒野は事前に決めておいたメニューを指さした。
「すいません」
赤石は店員を呼び、注文する品を伝えた。
「全く……」
赤石はため息を吐いた。
料理が届くと、雑談を交えながら四人は食事を終えた。
「赤石」
定食屋から出ると、黒野が赤石に話しかけてきた。
「あっち行こ」
「あ、あぁ」
黒野が赤石の裾を引っ張り、人気の少ない裏路地へと誘い込んだ。
「どうした?」
「あのさ」
黒野はもじもじとしながら、聞く。
「須田って、彼女とかいる?」
「え?」
頬を染め、いつもとは違う様相を呈する黒野を目の前にし、赤石は素っ頓狂な声を出した。




