第467話 高校の卒業旅行はお好きですか? 2
「ちょっと待ってちょうだい、あなたたち」
北海道を観光しようと歩き始めた矢先、高梨が声を上げた。
「紹介したい人がいるのよ」
「え?」
高梨は後方に視線を送った。
「お待ちしておりました、皆さま」
高梨の視線の先には、いつものメイド服でいつもの様にお辞儀をする那須が、そこにいた。
「那須さん?」
赤石が呟いた。
「高校生の皆さまだけでは心細いかと思いまして」
「私が呼んだの」
那須はいつものごとく目端の行き届いた美しい所作で、赤石たちの下へとやって来る。
「お久しぶりです、皆さま」
「お久しぶりです」
那須は深々と頭を下げた。
「那須さんがいるなら先輩いらなかったですね」
「おい」
未市が赤石を小突く。
「那須さんも立派な大人だから――」
「赤石さん?」
那須が血走った目で赤石を見る。
「なんせ那須さんもアラ……」
「赤石さん?」
那須は赤石に近寄り、圧力をかける。
「女性の体重と年齢を聞いてはいけない、という常識はご存じありませんか?」
「……スイマセン」
赤石は那須の圧力に負け、閉口した。
「でも人は何歳からでも輝けるって言いますよ、那須さん」
「それは実際に輝いている人が言えるセリフでございます」
「那須さんも十分輝いてますよ」
「あら」
那須は頬に手を当てた。
「赤石さんも女性の扱いが随分ご上手になられましたね」
「ははは」
那須の機嫌を取ろうとしたことは伏せておいた。
「これからは私の小間使いも参加するけれどいいかしら、あなたたち」
「いいよ~」
「ええ」
「そんな気にしなくていいのに~」
高梨の提案に、一同が口々に賛同する。
「小間使いって……」
赤石は那須を見た。
那須は誇らしげに胸を張っていた。
「できるだけお邪魔にならないようにいたします」
那須は再び、頭を下げた。
「じゃあ行きましょうか、あなたたち。北海道観光を始めるわよ」
「「「おーーー!!」」」
一同は北海道観光を始めた。
「やっぱ最初は食べ歩きっしょ!」
列車に揺られること数十分、一同は食べ歩きをメインにした観光スポットへとやって来ていた。
かつて貿易で栄えた貿易港であったが、今は観光地としての側面も持っているそこで、赤石たちは観光と食べ歩きとを同時に楽しんでいた。
「今日ここ泊まる。帰って来るけど、皆まずは好きに見て」
「「「は~い!」」」
企画の主催者である上麦が、自由行動を指示した。
赤石も例にもれず、一人で観光スポットを見回る。
「ゆっうっと!」
用途の知れない土産物を一人で見ていた赤石の下に、軽い足取りで船頭がやって来る。
「ああ」
赤石は船頭に視線もくれないまま、返事をする。
「悠人冷たい」
「俺は元来こういう人間だ」
「知ってるけど」
船頭も赤石の後方で土産物を見る。
「何か欲しいものある?」
「これかな」
赤石はガラスペンの前で立ち止まった。
「ガラスペン……」
「綺麗だな」
「私のこと?」
「テンション高いな……」
赤石は苦笑する。
「綺麗だね」
「ああ」
「……」
赤石はしばらくガラスペンに見惚れていた。
「こういうの好きなの?」
「綺麗な物とか好きなんだよ」
「へ~、意外。普通に汚い物とか危ない物とか好きなんだと思ってた」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
しばらく覗いた後、赤石は土産物売り場を後にした。
「受験」
船頭は唐突に、話を切り出した。
「合格発表の日、一緒について来てくれない?」
「……え?」
船頭は赤石と視線を合わせないまま、そう言った。
想定外の希望に、赤石は少しの間固まる。
誰かが落ちていれば気まずい、という理由で赤石は前期試験の結果を未市と共に確認した。
気まずいと思う気持ちは船頭でも例外ではなく、赤石自身気乗りはしない。
「駄目……かな?」
船頭はちら、と赤石を見た。
赤石は困惑した表情で、固まっている。
「あ、あはは、だ、駄目なら全然良いよ! ごめんね、無理言っちゃって」
船頭は無理に笑顔を張り付ける。
「ご、ごめんね、変なこと言っちゃって! さっき言ったことは忘れて、折角の卒業旅行なんだし楽しも!」
船頭は小走りで赤石の前を走った。
「いや」
赤石は顔を上げた。
「分かった。良いよ」
気乗りはしなかったが、船頭にそんな顔をさせるつもりでは、なかった。
「あ……」
船頭は目を丸くした。
「もし私が落ちてたら、ちょっとは慰めてね?」
「……ああ」
恐らく、船頭は落ちているのだろう。
元々船頭の学力では厳しい大学だった上、より一層間口の狭い後期試験に受かっているとは思えない。
本人にもその自覚があるのだろう。落ちていることを確認するだけの船頭について行くことになるのだろう。
「……」
だが、それでいい。
「受かってると良いな」
赤石は柔らかに、笑った。
「……そうだね」
ふふ、と船頭も笑い返した。
「やあやあやあ、楽しんでる、後輩?」
土産物売り場を出て、一同と合流した赤石は、未市から話しかけられた。
「ああ、どうも」
「ああ、どうも、じゃないんだよ」
未市は赤石の頭をぽこ、と叩く。
「串焼き売ってたから一緒に食べようか、後輩」
「あ、どうも」
赤石は未市から串焼きをもらう。
「いやぁ、申し訳ないねぇ、先輩なのにこんな風に帯同しちゃって。皆に気を遣わせるとあれだから基本的には真由美さんと行動してるんだけど」
「真由美さん……」
見れば、未市の隣に那須がいた。
赤石と目が合った那須は、ぺこりと会釈する。
知らぬ間に那須と距離を縮めている未市に、赤石は感心する。
「喋れる人もいないんだから、ちょっとは先輩を構ってよぉ、後輩」
「別に大学入ってからも会えるんだから良いじゃないですか」
「ん~」
未市は唇に指をあてる。
「ま、それもそっか。大学入ってからも私たちは会えるしね。第一、これは君たちの卒業旅行だしね」
お姉さんは一歩引いて普通に観光を楽しむことにするよ、と未市は赤石から距離を取った。
「楽しんでね、後輩」
「え……あぁ、はい」
予想外に距離を取った未市に、赤石は少々唖然とした。
「また大学に入ってから遊ぼうね」
「……はい」
未市は笑顔で手を振る。赤石も未市に手を振り返す。
大学への進学を機に、今卒業旅行に参加している者の多くとは、簡単に連絡も取れなくなる。
確かに、遠くの大学に越してしまう人を中心に話した方が良いな、と赤石は今になって思い至った。
「赤石、赤石」
「ん」
両手でソフトクリームを持った上麦が、赤石の下へとやって来た。
「赤石!」
「……なに?」
上麦が赤石に両手を突き出す。
「ちょっとだけ、良いよ」
「俺に?」
上麦はソフトクリームをくるくると回した。
ソフトクリームには、金箔が巻かれていた。
「食べていいよ」
「嘘だろ……」
赤石は青ざめる。
「遂に人間の心を手に入れたのか、上麦」
「人間の心、最初からある」
「集団と食を分かち合うという人間らしい行為を、遂にできるようになったんだな」
「最初から!」
早く、溶ける、と上麦が泣きそうになりながら言う。
「この金箔って食べれる奴?」
「食べれるから早く!」
もぉ~、と上麦は両足をじたばたさせながら赤石を急かす。
「これ食べたら玩具だったとかないよな」
「早く~!!」
もぉ、と上麦は泣きそうな顔で言う。
「じゃあ遠慮なく」
赤石は金箔の巻かれたソフトクリームを口にした。
「どう?」
「経験値が入った感覚がする」
「もう、分かんない!」
もういい、と上麦は赤石の下から去った。
「ソフトクリーム!」
そして上麦は須田にソフトクリームを分け与えに行った。
「成長してるんだなぁ、皆ちょっとずつ」
上麦が食料を分け与えることに感動しながら、皆少しずつ成長しているんだな、と感傷に浸った。




