第465話 カレーはお好きですか?
「さあ、始めましょうか!」
八谷は赤石のキッチンで腕まくりをした。
「本日はお料理教室のほどよろしくお願いします、八谷先生」
「任せなさい!」
赤石は腰を低くして八谷に言う。
「俺は何をすればいい?」
「何もしなくて良いわよ。座って待ってなさい」
「そんなことしたら何が出来上がるか分からないだろ」
「そんな変な物作らないわよ」
「何作る予定なんだ?」
「カレーだけど」
「カレー!?」
赤石は購入した食材を見る。
確かに八谷の言う通り、カレーが出来るだけの食材は揃っていた。
「二人で!?」
「残ったら冷蔵庫に入れて、明日以降に食べなさいよ」
「なんで俺がお前の料理を二日も三日も食べないといけないんだよ。殺す気か」
「失礼なこと言わないでよ! 本当に上手くなったんだから!」
ふん、と八谷は鼻を鳴らす。
「少な目で頼むぞ、本当に……」
「うるさいわね、あんた本当」
「あどけない一般市民の命を守ると思って……」
「あんたこれだけ言って、本当にわたし料理上手くなったんだからね。今に見てなさいよね」
早くあっち行って、言う八谷の言葉を聞き、赤石はキッチンを後にした。
残っていた段ボールの開封作業に手を付ける。
「きゃぁっ!」
「八谷?」
八谷の悲鳴が聞こえた。
「大丈夫か?」
「大丈夫! ジャガイモが抵抗して来ただけだから」
「ジャガイモは抵抗しない」
先行きが不安になる八谷の声を聞きながら、赤石は荷解きを続けた。
荷解きを続けること一時間、
「赤石~」
八谷が赤石を呼んだ。
「出来たわよ~」
見に行けば、服にカレーのシミを付けた八谷が、満面の笑みで赤石を呼んでいた。
「八谷、服……」
「え? わっ!」
八谷は服についてカレーを手で撫で、カレーのシミがより一層広がる。
「最悪! お気に入りだったのに!」
「そのダサい服が……?」
八谷は涙目になる。
「クリーニングしたら大丈夫よね」
「エプロンとか渡したら良かったな」
「失敗した……」
八谷は少しばかり落ち込んだ。
「まぁ、うん。家で落とすわ」
「苦労かけるな」
「いいわよ、自分でやったんだから。そんなことより!」
完成~、と八谷はカレーの鍋を赤石に見せた。
「茶色いぞ!」
カレーの入った鍋を見るや否や、赤石は驚嘆した。
「カレーなんだから当たり前じゃない。何を言ってるのよ、あんた」
「普通に紫色のとかできると思ったぞ」
「そんなのできないわよ」
「ようやくお前も、人類の料理を作ることが出来るようになったんだな」
「人類の料理って何よ、人類の料理って!」
八谷は地団駄を踏む。
「盛り付けるからテーブル行っててよ」
「いや、俺がやるよ」
「いいから待ってて、って。持って行きたいの」
「変な奴だな、お前は」
赤石は段ボールをテーブル代わりにして、そこに座った。
「はい、お待たせしました~」
八谷がニコニコとしながらカレーを運んでくる。
「カレーで~す」
八谷は赤石の前にカレーを置いた。
「私の分もあるわよ。一緒に食べましょ」
八谷は赤石の斜向かいに座る。
「……」
赤石はじっくりとカレーを眺める。
「一見普通だ。何の変哲もない」
「普通のカレーなんだから当たり前でしょ」
「どんなからくりが隠されてるんだ……」
「どんなからくりも隠されてないわよ。いただきますしましょ」
いただきます、と八谷が手を合わせ言う。
赤石も続いて、言う。
「……」
「早く食べなさいよ」
「お先にどうぞ」
「赤石が先に食べてよ」
「……」
赤石は胡乱な目で八谷を見る。
「自分が作ったもの、先に食べて欲しいじゃない」
「……」
赤石は八谷を訝しみながら、カレーを口に入れた。
「……」
「どう?」
赤石はじっくりと、咀嚼する。
「……?」
赤石は小首をかしげた。
「味が……ない?」
「そんなわけないでしょ。こんなに色ついてるのに」
八谷もカレーを口に入れる。
「……」
「……」
二人して小首をかしげる。
「なんで?」
「ルーが少なかったんじゃないか?」
「嘘、色ついたら終わりじゃないの?」
「確かに味はしそうなもんなんだが」
赤石は不思議そうな顔でカレーを口に入れる。
「白湯だな」
「白湯じゃないわよ」
カレーを咀嚼中、赤石はじゃり、と口内で不愉快な感覚を覚えた。
「おい、野菜洗った……?」
「え、洗う必要あったの?」
「……」
赤石は八谷を睨みつける。
「だ、だって、だって! どうせ皮剥くじゃない!」
「……」
赤石は非難の目で八谷を見る。
「……」
もう一口カレーを掬ってみると、巨大なニンジンが現れた。
「これ、皮剥いた?」
「人参って皮剥くの?」
「……」
赤石は八谷を睨みつける。
「剥かないところもあるだろうけど」
赤石はニンジンを指さす。
「これ、どこの部分?」
「どこって、頭の部分じゃない?」
「別にここは切り落としてくれてもいいだろ!」
「えぇ!?」
赤石はニンジンのヘタを凝視する。
「確かに食べる人もいるかもしれないけど」
「でしょ!?」
「あげるよ」
赤石は八谷の皿にニンジンを移した。
「好き嫌いするんじゃないわよ!」
八谷は全く赤石は、と言いながらニンジンを口に放り込む。
「……」
咀嚼するたびに、顔色が悪くなっていく。
「固くてまずかったんだな」
「は、はぁ!? 美味しいです~! 全然美味しいです~!」
全体的に具材が大きく、野菜にも火が通っていなかった。
「これ肉とか食べても病気ならないだろうな……」
「お肉は大丈夫よ、お肉は!」
「確かに人間が食べれるものにはなったけど……」
赤石は、はあ、とため息を吐いた。
「美味しくない……」
「あ、言った! 女の子が作る料理にそんなこと言ったらいけないんだ!」
「美味しくないものは美味しくない」
「最低! 赤石最低!」
八谷が大声で抗議する。
「あと俺、カレーの具材ちっちゃい方が好きなんだよな」
「悪かったわね!」
ふん、と機嫌を悪くしながら、八谷はカレーを口にする。
「ほら、見てくれよこれ」
赤石は巨大なニンジンを掬って見せた。
「赤ちゃんの握りこぶしくらいあるんじゃないか?」
「そんなでっかくないわよ」
「いや、結構良いラインだと思うぞ……」
赤石は火の通っていない巨大な具材を口に入れる。
時たま砂を噛みながら、赤石はカレーを食す。
「味ないし火通ってないし砂入ってるし……」
「こ、今度は赤石の好きなように合わせればいいんでしょ! いいわよ、次また作るから!」
「別に作らなくて良いよ……」
「作りに来るから覚悟してなさいよ!」
「良いって……」
「絶対来るから!」
哀愁を漂わせながらカレーを口にする赤石とは裏腹に、八谷は精気にみなぎっていた。
「これも勉強ね!」
「はい……」
赤石と八谷は大学前の一日を、安らかに過ごした。
「ふう……」
後期試験当日、船頭は再び北秀院大学へと来ていた。
「やるぞ」
カバンにつけたお守りをぎゅっと握りしめる。
船頭の後期試験が、始まった。




