第464話 八谷との買い物はお好きですか?
「可愛い服でしょ!」
ふふん、と八谷は胸を張る。
困り眉の犬のイラストが描かれ、犬を囲むようにして、ハッピースペシャルドッグとの英字が円形に配置されていた。
「可愛くない……」
赤石は八谷の服を半眼で見る。
「なんでよ、可愛いじゃない!」
「いや……」
ハッピースペシャルドッグってなんだよ、と赤石は付け足す。
「というか、高校の頃と服のセンス変わりすぎてないか?」
「高校の頃は……お母さんの趣味だから」
「なるほど」
八谷が自主的に選んだ服だと思っていたが、その実、八谷の母が選んだものだったのか、と赤石は得心する。
大学になり、下宿することで、本来見えなかった八谷の趣味や嗜好が見えるようになったのか、と納得した。
「面白い趣味だな」
「でしょ!? あんたもようやく私の趣味の高尚さが分かったようね! ふふん!」
「テンション高いな……」
「当然じゃない!」
八谷は鼻歌を歌いながら、上機嫌で赤石の前を歩く。
腕を大きく振りながら、大股で歩く。
「遂に私たちも大学生! これから自由で楽しい学生生活が待ってるんだから!」
「……そうだな」
赤石は苦笑した。
赤石と八谷の二人はスーパーに着いた。
「さ、行きましょ赤石!」
「カゴを持たせてくれ、カゴを」
「大丈夫よ、私が持つから!」
八谷は赤石のカゴをぶんどった。
「日常生活のものも買いたいんだよ」
「良いわよ。どうせあなた力ないんだから私が持つわよ」
「お前よりはある」
赤石たちは口論をしながら店を回る。
「醤油とか、重い物も買いたいんだよ。家に調味料も何もない」
「じゃあ半分こにしましょ、半分こ」
八谷がカゴの左側の持ち手を持ち、赤石が右側の持ち手を持った。
「……」
八谷が率先して商品を選んでいるため、赤石は八谷について行くことしか出来ない。
「面倒くさい……」
自分で商品を見たい赤石は八谷に視線を送る。
赤石の視線に気が付いた八谷は、いたずらに笑った。
「だから私が持つって言ってるじゃない。私が持つから、好きな物見つけたら入れていいわよ」
「……そこまで言うなら」
赤石は手を離し、八谷にカゴを任せた。
八谷から離れ、目についた調味料をカゴの中に入れていく。
「……」
赤石が調味料を選び八谷の下に戻ると、八谷は鹿爪らしい顔で食材を吟味していた。
「結局、何か作るつもりなのか?」
「そ!」
「えぇ~……」
赤石は嫌そうな顔で八谷を見る。
「なによ、私の作る料理が食べられないって言うの!?」
八谷は赤石に牙を見せる。
「何かどこかで聞いたことのあるセリフだな」
赤石は八谷の威嚇を黙殺し、再び調味料を探しに行った。
「赤石~」
「ん」
調味料を選んでいると、カゴを持った八谷がやって来る。
「どうした」
「食材買ったわよ。あとは調味料」
八谷は赤石と二人で調味料を選び始めた。
「変な調味料買わないでくれよ。使うのは俺なんだから」
「良いじゃない、私がお金出すんだから」
「なんで俺が家で使うのにお前が金出すんだよ」
「え、違ったの……?」
八谷は小首をかしげた。
「だからカゴ持たせたのかと……」
「なんでお前は出す予定だったんだよ」
「でも悪いわよ」
「俺が使うのにお前が出してたら意味分からないだろ」
八谷の意図が分からず、赤石は不思議に思う。
「じゃあ赤石の家の調味料、私が使うわけ?」
「そりゃそうだろ」
「悪いわよ」
「卑屈すぎるだろ」
調味料の少しくらいで気を遣いすぎだろ、と赤石はため息を吐いた。
「でも高いじゃない、調味料って」
「十円二十円くらいだろ」
「……」
八谷は暗い顔でうつむいた。
「お前変だぞ、最近」
「え?」
「昔だったら自分の家の調味料も買わせてたくらいだろ」
「そんなことしないわよ、失礼ね」
「絶対あったと思う」
雑談を交わしながら、どんどんとカゴの中に調味料が入る。
醤油、みりん、砂糖と、重量のある調味料が増える。
「……」
八谷はカゴを持ち直した。
「やっぱり重いんだろ」
「そんなことないわよ」
「上げたり下げたりしてみてくれ」
「この通り」
八谷はゆっくりとカゴを上げ下げした。
「もう貸せよ」
「イヤよ!」
赤石は八谷のカゴを受け取る。
八谷の手首には、カゴの持ち手の痕がついていた。
「八谷……」
「べ、別に無理なんてしてないから」
「そうですか」
「でもどうしてもって言うなら、任せてあげてもいいけど」
「じゃあ、どうしても持つことにする……」
赤石はカゴを持ちながら、調味料を入れた。
「お菓子買いましょうよ、お菓子」
「健康に良くないなぁ……」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
お菓子エリアに向かい、八谷がカゴの中にポイポイとお菓子を入れていく。
「あんたもお菓子不足でしょ。私がお菓子供給してあげるわ」
「年末に会うお婆ちゃんか、お前は」
ため息を吐きながらも、苦笑して、赤石は八谷の様子を伺った。
八谷は楽しそうにお菓子を選ぶ。
「満足したか?」
「これだけあれば一週間は乗り切れそうね」
「お菓子ごときで何を乗り切るつもりなんだよ」
「心の栄養よ」
「心を育てたり体を育てたり、お前は大変だな」
「あんたも心の栄養足りてないわよ。だからそんな理屈っぽい性格なるのよ」
「へその緒の時からこうなんだよ」
八谷は浮足だちながら店の中を歩く。
レジに向かい、赤石は財布を出した。
「私が買ったお菓子の分は私が出すわね」
「もう面倒くさいことしないでくれ」
赤石はそのまま支払った。
「でも私が買ったんだし……」
「なんでお前はそんなに俺に気を遣ってるんだよ」
「……嫌われたくないから」
「お前……本当に八谷なのか?」
久しぶりに八谷と行動を共にした赤石は、八谷の行動の変容をいぶかしむ。
「あんたがすぐに怒るからでしょ」
「失礼だな。俺は怒ったことがない」
「ほら、怒ってる」
「あ~うるさいうるさい」
赤石は八谷の小言を受け流しながら、支払いを終えた。
「家に帰ってからの料理が楽しみね」
「お前の作る料理が食べられなくなった時のために、一応適当な惣菜とかも買っておいたぞ」
「食べられなくなるわけないでしょ。本当赤石って失礼よね」
「歴史の生き証人だからな、俺は」
「何が生き証人よ、何が。人の料理くらいで、そんな大層な言い方するんじゃないわよ」
二人はぎゃあぎゃあと言い合いをしながら、家に帰る。
赤石が家の鍵を開ける。
「ただいま~」
「俺の家だから」
八谷が、いの一番に赤石の家に入る。
「さあ、始めましょうか、八谷クッキング!」
「不安だ……」
八谷の料理が、始まる。




