第463話 大学の準備はお好きですか?
「どうしようか……」
大学近くの下宿先に荷物を運び終えた翌日、赤石は大量の荷物を目の前にして、ただただ呆然としていた。
赤石の背丈ほどまで積み重ねられた段ボールに、げんなりする。
「やる気失せるな」
赤石はひとまず段ボールを一つ一つ開け、整理し始めた。
初めての下宿に、赤石は少しばかり戸惑っていた。
親もいない、たった一人の部屋で睡眠を取ることに慣れておらず、少々の睡眠不足に陥っていた。
「俺の睡眠が……」
赤石は眠い目をこすりながら、段ボールを開ける。
「疲れるなぁ」
赤石が額に汗をにじませながら引っ越し作業を進めていたころ、
「……っ」
ピンポン、と家の呼び鈴が鳴らされた。
「誰だ」
赤石は警戒しながら、ドアスコープから外の様子を伺った。
「……」
ドアの向こうにいる人物を確認し、赤石はゆっくりとドアを開けた。
「……やっほ」
普段見慣れない半袖の服にスキニーパンツを合わせた八谷が、赤石の部屋の前に立っていた。
八谷はピースサインで両手を上げ、人差し指と中指を軽く二度曲げる。
「あ、ああ」
予期せぬ訪問者に、赤石はたじろいだ。
「どうしたんだ、こんな朝から」
時計の短針は、十の字を指している。
休みの学生が動き出すには、まだ少々早い時間ではあった。
「引っ越し困ってるかな、って思っただけよ」
八谷はもじもじとしながら、赤石の部屋の中を覗き見る。
「まぁ、困ってないことはないけど……」
想定外の八谷の登場に、赤石はやや狼狽していた。
「家……」
「まえ教えてもらったから」
「ああ」
赤石は八谷に自分の住所を教えたことを思い出した。
「とりあえず中入れてよ」
「あ、ああ」
赤石は八谷を家の中に入れた。
「こんな引っ越し翌日に、別に面白い物は何もないぞ」
赤石の家には冷蔵庫や電子レンジなど基本的な家電製品を除き、めぼしい物は何もなかった。
「……」
「……」
八谷は無言で赤石の部屋を眺める。
「なんか、ドキドキするわね」
「もう大学生だからな。身元を保証する人も物もない」
「そういう意味じゃないんだけど……」
八谷は部屋の隅に適当に置かれているベッドにどか、と腰を下ろした。
「……」
「……」
八谷はベッドに座ったまま無言を貫き、赤石は再び段ボールの開封作業に移る。
「……」
八谷は赤石の作業をただ、眺める。
「そういえば、お前は家の整理終わったのか?」
赤石はふと思い出したかのように、八谷に水を向けた。
「ううん、まだ」
「じゃあ自分の家の整理して来いよ」
こんな所に来てないでさ、と赤石は付け加える。
「……別に、後でやるわよ」
ブスっとした声で、八谷は口を尖らせる。
「そうですか」
「そうです~」
八谷はベッドから立ち上がり、赤石の隣に座った。
「座る物もないまま申し訳ないな。これにでも座っといてくれ」
赤石は段ボールから出した自分の服を、八谷の前に置いた。
「俺の一張羅だ。どうぞ座ってくれ」
「座れるわけないでしょ」
八谷は赤石の服を壁の隅に置いた。
「なんか私たち、大学生になってから会うと、なんかあれね」
「まだなってないぞ」
「知ってるわよ、いちいち小うるさいわね」
八谷は赤石の横に座りながら、赤石の荷解きの手伝いをする。
「一人の大人と一人の大人が家にいるみたいで、ドキドキするわよね」
「あぁ……」
そうか、と思った。
今までずっと、自分を子供だと思っていた。
高校生の自分たちは子供で、まだ自分一人で何かをするような年齢じゃないんだと、そう思っていた。
だが成人になり、一人で家に住むようになり、こうして親と離れ、どんどんと自分は大人になっていくんだな、と、そう思った。
「もう大人か、俺も」
「私もよ」
「……そうか」
赤石はどこか遠い目で、外を眺めた。
「あの、赤石……」
「なんだ」
「あの……」
櫻井と決闘をする所を見ていた。
体に大事はないか、と聞こうとした。
「から――」
が、言えなかった。
櫻井の関わる出来事を赤石に対して話すことが、出来なかった。
「この前、大丈夫だった?」
「あぁ」
八谷は視線を泳がせながらあえて内容をぼかし、赤石に聞いた。
「逃げて来たよ。決闘は犯罪だからな」
「そっか……」
「ああ」
「……」
赤石は話もそこそこに、黙々と荷解きを続ける。
「お腹、空いてない!?」
荷解きを続けながら、八谷が唐突にそう言った。
「まぁ、そろそろ昼だしな」
時計の短針は十一の字を指している。
「朝ごはん食べた?」
「食べてない」
「ちゃんと食べないと駄目よ! 不健康になるわよ!?」
「大学生って不健康な生き物だろ」
「まだなってないわよ!」
八谷は大袈裟に怒る。
赤石は、はは、と力なく笑った。
「……」
そして、八谷と自分しか部屋にいないこの現状を再確認し、少し物思いに、ふけった。
「……もう、高校の奴らとは滅多に会えなくなるんだな」
「……そうね」
同級生だった大半は各地の大学に分かれ、バラバラになった。
こうして会えているのも、通う大学が同じだからなんだ、と八谷はしみじみと思う。
「寂しい?」
八谷が赤石の顔を覗き込む。
「寂しくない」
赤石はそう言い切る。
「――と言ったら、嘘になるかもしれないな」
「……」
八谷はふふ、と笑った。
赤石も丸くなったな、と。
「ご飯、作ったげよっか!?」
八谷はない袖をまくる仕草をしながら、ふんす、と鼻息荒くそう言った。
「いや、良いよ。お前料理下手くそだし……」
「はぁ~!? あれから上手くなりましたから~!」
「嘘吐け」
八谷はむかつく、と言いながら赤石の肩を殴る。
「じゃあ何でもいいから食べる物買いに行こ? お腹減ったでしょ」
「ん~……」
赤石はお腹をさする。
「まぁ、そうだなぁ」
「よし、決まり! 早く立ちなさいよ! スタンダップ!」
「高校終わりと大学始まりの折角の休みにアクティブなこったな、お前は」
赤石はよっこらせ、と重い腰を上げ、立ち上がった。
「これから頻繁に赤石の家来てやるんだから」
「止めてくれ。平穏に暮らしたい……」
「あんたの健康チェックよ! メディカルドクター!」
「来るなら連絡して欲しいな」
「連絡したら行っても良いのね!?」
「そういう問題でもないけど……」
赤石はカバンに財布を入れ、外に出る準備をした。
「よし、行くわよ!」
早く早く、と八谷が目を輝かせながら赤石を呼ぶ。
「そんな急いでも何もないだろ」
「楽しみじゃない、楽しみ!」
「日焼け止め塗るから待ってくれ」
「そんなの良いから!」
「良くないんだよ」
もう待てない~、と言いながら八谷が玄関に座り込む。
「早く~」
「終わったぞ」
日焼け止めを塗り終わった赤石が、玄関にやって来る。
「ハウス」
赤石は八谷に指示する。
「なんで今から出るのに帰らそうとするのよ」
八谷と赤石は靴を履き、玄関のドアを開けた。
「よし、しゅっぱ~つ!」
「朝からテンション高いな、お前は……」
赤石と八谷は食事を探しに、外に出た。
「あと全然関係ないけど、お前服だっさいな」
「はぁ!? 超可愛いから!」
赤石と八谷は口論をしながら、近隣のスーパーへと向かった。




