第459話 決闘はお好きですか? 1
「俺と、決闘しろ」
櫻井が赤石を指さして、そう言った。
「……」
突然に現れた櫻井に、赤石はきょとんとする。
赤石は上麦を見た。
「言われてるぞ」
「赤石」
赤石は八谷を見る。
「言われてるぞ」
「……」
赤石と櫻井とに挟まれ、八谷はバツが悪そうに顔を伏せた。
八谷はまだ、櫻井がいる場所で上手く笑えない。
赤石への罪悪感と櫻井への罪悪感がないまぜになり、ただただ下を向いて時間が経つのを待つことしか、出来ない。
「お前だよ」
櫻井は赤石に近寄り、胸ぐらを掴んだ。
「俺と決闘しろ」
「あ~あ~」
赤石は両手をあげ、暴力反対、と言う。
「なんで俺がお前なんかと決闘しないといけないんだよ」
「……」
櫻井は八谷を見た。
「もしかしたら、俺は間違ってるかもしれない」
「もしかしなくても間違ってるよ」
櫻井は赤石の胸倉を掴んだまま、喋り出す。
「でも、それでも!」
櫻井は声を荒らげた。
「俺はお前をこのまま野放しにすることは出来ない。お前がこれから誰かを傷つけるたびに、俺は見て見ぬフリをした今のことを後悔し続ける。今までも、そしてこれからも、お前みたいなクズに傷つけられる人を増やすわけにはいかない。悲しみの連鎖を生み出すお前を知ってて、見逃すことは出来ない」
「あ~、怖い怖い」
赤石は鼻で笑う。
「まるでお前には俺が人殺しか何かにでも見えてるようだな」
「お前は一体今まで何人の人を泣かせてきた」
「人間関係なんて傷つけ合いの繰り返しだ。傷つけて、切り合って、泣いて悲しんで、お互いに分かったようなフリをして、裏で扱き下ろす。人間関係なんてのは、常に純粋な悪と相手への敵愾心だけで構成されてんだよ」
「やっぱり俺は、お前を見逃すことは出来ない」
櫻井は手に力を入れ、赤石の胸倉をさらに強く掴む。
「やってみろよ」
赤石は櫻井を挑発するように、せせら笑う。
「止めて」
上麦が櫻井にタックルをかました。
櫻井は上麦に攻撃され、赤石の胸倉から手を離した。
「白波の赤石、乱暴するな」
上麦は櫻井を指さした。
喉を詰められていた赤石は、軽く咳払いをする。
「お前が俺に勝ったら、一体何になるんだよ」
赤石は咳払いをしながら、櫻井を見る。
「俺がお前に勝ったら、お前は恭子から身を引け」
お前は大丈夫だ、と櫻井は優しい目で八谷を見る。
「なっ……!」
「分かってる!」
八谷が口を挟もうとしたタイミングで、櫻井が声を被せる。
「大丈夫だ、恭子。分かってる。何も言わなくても良い。お前の気持ちは、俺が一番よく分かってる」
なだめるように、櫻井は言う。
「俺が間違ってるのは分かってる。でも、俺は今ここでこいつを仕留めておかないといけない。こいつに対して、恭子が何も言えなくなってる状況も分かってる。確かに、確かに俺は間違ってるかもしれない。でも! 俺は今のまま、お前の悲しい顔を見続けるのは嫌なんだよ!」
櫻井は大声で、そう叫んだ。
「そ、そんなこと――」
「俺が勝ったら?」
八谷が口を挟もうとしたタイミングで、今度は赤石が返す。
「俺はもうお前には何も言わない」
「……」
赤石はその場で静かに櫻井と対峙する。
「そんなの、赤石メリットない」
止めとこ、と上麦が赤石の裾を掴む。
「行って来る」
「赤石……」
赤石は八谷、上麦の下を離れ、一人で歩き出した。
「お前らは先に帰っててくれ」
「あ、赤石……」
赤石は八谷、上麦を置いて一人その場を後にした。
「恭子……俺は間違ってるかもしれない。けど、俺はお前が喜ぶ顔を、見たいんだよ。ただ、それだけなんだ。今のままのお前は笑えてるか? 今のままのお前は何もわだかまりがないか? 今のまま赤石について従って、それでいいのか?」
なぁ、と櫻井は八谷に近づいた。
「最近、ちゃんと笑てるか?」
櫻井は腰を落とし、八谷と目線を合わせた。
「止めて」
上麦が八谷と櫻井の間に入る。
「俺はお前が素直に笑えるようになってくれたら、それでいいんだよ」
櫻井は不器用な笑顔を、八谷に向けた。
そして赤石を追い、消えた。
「……」
「……」
八谷と上麦は置いて行かれる。
「行こ、上麦ちゃん」
「行く」
八谷と上麦は赤石の後を追った。
「お~い」
八谷と上麦が赤石の後を追ってから数分後、須田、高梨、新井の三人は店から出て来た。
「買ってきたぞ~……あれ?」
「三人は?」
須田たちは三人、取り残された。
赤石は商店街を抜け、河原にやって来た。
「決闘だ」
櫻井は赤石から距離を取る。
「なんでこんなことするんだよ」
櫻井と対峙した赤石は、櫻井にそう言った。
「言っただろ。恭子を守るため……」
「守りたいなら直接相手に言えよ」
「……」
櫻井は剣呑な目で赤石を睨みつける。
「言えないんだろ。八谷から直接否定されるのが怖いから。八谷から直接拒絶されるのが怖いから」
「……」
櫻井は口を結んだまま、赤石の話を聞く。
「決闘だ」
赤石の言葉を待たずして、櫻井は肩を回す。
「しねぇよ、決闘なんて」
櫻井が距離を縮めるのと同時に、赤石は後ずさる。
「ここまで連れてきたのはお前だろ」
「そりゃ、な」
櫻井は不気味な表情で赤石を見る。
「なんだ」
ふっ、と櫻井は笑った。
「恭子の前で良い格好したかっただけなんだろ、お前」
櫻井は赤石をせせら笑った。
「あいつらがお前から被害を受けないように、あいつらから距離を取って、ここまでやって来ただけだ」
「はぁ?」
櫻井は顔を歪ませる。
「八谷や上麦がお前に暴力振るわれたら俺も夢見が悪いからな」
「俺が女の子に手を出すとでも思ってんのかよ? お前だろ、女の子に手を出すのは」
「なんでもかんでも暴力で解決しようとしてるのはお前だろ」
「俺は!」
櫻井は大声を上げた。
「俺は! 女の子には絶対に手を上げねぇ!」
拳を握りしめ、櫻井は憤怒する。
「男に手を上げるような奴は、絶対にいつか女にも手を上げるようになるだろ」
赤石は、はは、と嗤った。
「言葉で解決できないお前は、いつか女にも手を上げる。自分の言っていることが分からないのか、自分の言うことを聞け、自分の話が分からないお前は馬鹿だ。そうやってお前は女にも迫って、いずれ手を上げることになるよ。例え今、手を上げてなかったとしても、俺に対してそうしてるように、お前は女に対しても同じことをするようになるよ」
「しねぇ、って言ってんだろ!」
櫻井が鬼の形相で牙を剥く。
「女に手を上げるような奴はクズだ!」
「男に手を上げるような奴もクズだよ」
赤石は肩をそびやかした。
「対話で解決できない奴が分かったようなことを言うなよ。暴力でしか物事を解決できない奴がもっともらしいことを言うな」
「……」
櫻井はギリギリと歯ぎしりをした。
「何の話してるのよ、一体……」
赤石と櫻井が対峙する様子を、八谷と上麦が遠くから見守る。
「赤石、心配」
「どうしよう……」
八谷と上麦は赤石たちの趨勢を見守っていた。




