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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第457話 高梨の変化はお好きですか?




 赤石はまだ見ぬ大学生活に、一抹の不安と期待とを抱えていた。


「ふう……」


 大学生活で住む家を決めた赤石は、翌日から引っ越しの準備をしていた。

 部屋の中にある物をまとめ、必要な物と不要なものに分けていく。


 汗を流しながら働く赤石の視界の端で、スマホが震えていた。


「……」


 誰からの通知か、と赤石は内心どぎまぎとしながらスマホを手に取る。


『集合』


 高梨から、ただそれだけのメッセージが、届いていた。


「集合……?」


 赤石は小首をかしげる。


『どこに?』


 赤石はすぐさま高梨に返事した。

 

『私たちの思い出の場所』


 要領を得ない高梨の返事に、赤石は眉を顰める。


『どこだよ』

『当ててみなさい』

『別荘?』

『そ。私の家。別荘』

『いつ?』

『今から』

『今から!?』


 赤石は引っ越しの準備を止め、高梨の別荘へと向かう準備をした。








「あなたが一番乗り」


 高梨の別荘に着き、玄関の扉を開いた高梨の第一声が、それだった。


「はあ」

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「それメイドカフェで言うやつでしょ」


 高梨の執事である那須が、赤石に恭しく頭を下げる。


「もう何回も会ってるんですから、そんなかしこまらなくても……」

「左様ですか? 早く入れませ」

「えぇ……」


 赤石は一人呟きながら高梨の別荘へと入った。


「お邪魔します」

「入るな馬鹿」

「なんでだよ」


 高梨が赤石を押し返す。


「汚いわね、あなた」

「うわっ!」


 高梨が赤石にスプレーを振りかける。


「汚物は消毒よ」

「誰が汚物だ、誰が」


 高梨は赤石に執拗にスプレーを振りかける。


「いつからそんな潔癖属性になったんだよ」

「うるさいわね。早く入りなさい」

「なんなんだよ……」


 赤石はぐちぐちと文句を言いながら高梨の別荘へと入った。


「あなたが一番乗りよ」

「そうか」


 一番乗りということは、後で誰かが入って来るのか、と赤石は推測する。


「急に呼び出すなよ」

「私の時間は貴重なのよ。あなたたちみたいな凡人と違って」

「前より一層高慢になってるな」


 赤石は高梨の受験結果を知らない。


「私の連絡を見てから、急いできたのね。そんな髪もぐちゃぐちゃなまま入ってきて」

「え? あ、あぁ……」


 赤石は自身の髪を触る。


「直してあげなさい、真由美」

「かしこまりました」


 那須が赤石の背後に立つ。


「失礼します」

「いやいや、大丈夫ですって」

「いえ、そういうお仕事なので」

「はあ……」


 那須は赤石をソファに座らせ、髪を整えた。


「そんなにあなたは私のことが好きなのね? 全く……」

「相変わらずだな、お前は」


 那須は赤石の髪を直した。


「ところで」


 高梨は一拍置く。


「あなた、大学は受かったの?」


 冷蔵庫から飲み物を取り出し、赤石に背を向けながら、聞いた。

 まるで何でもないようなことを聞くかのように、聞いた。


「ああ、受かった」


 赤石はすぐさま、そう答える。


「そ……」


 高梨は赤石に水を投げてよこした。


「あなた、水が好きなんでしょ?」

「あ、ああ。ありがとう」

「まるで下等生物ね」

「人を下等生物扱いするな」

「到底知能があるとは思えないわ」

「滅茶苦茶なことを言うな、滅茶苦茶なことを」


 赤石は水に口を付ける。


「私も」


 高梨は赤石の隣に座った。


「私も、受かったわ」

「……」


 よく見れば、高梨はいつもよりも隙の多い、ゆったりとした服を着ていた。

 いつもの様に研ぎ澄ました視線の強さや気の強さが、感じられない。

 部屋着なんだろうかと、赤石は考える。


「……」


 ガラにもないことを考えたな、と赤石は頭を振った。


「おめでとう」

「そ」


 高梨は赤石から視線を外した。


「ありがと」

「……ああ」


 高梨は赤石に背を向け、飲み物を飲んだ。

 グラスをテーブルの上に置く。


「日本で一番賢い大学に受かったわ。余裕だったわね」

「すごいな、お前は本当に……」


 結局、高梨は赤石と同じ大学を受けなかった。

 赤石からの助言もあり、赤石と同じ大学を受けることは、なかった。

 高梨自身の能力で目指すことが出来る最高の大学を、高梨は選んだ。


「全部あなたのおかげよ」

「受かったのは全部お前自身の力だろ」

「大学なんてどこでもいいと思っていたけれど、実際合格してみると、こう……」


 高梨が両手の指を動かす。


「実感が、違うわね」

「……そうか」


 高梨は頬を緩める。

 日本で一番賢い大学生になる女が、赤石の隣にいるのだ。


 赤石は目を弓なりにして、高梨を見た。


「でも、やっぱり皆と離れ離れになるのは寂しいわね」

「……」


 赤石は高梨の表情を観察する。


 高梨も随分変わったな、と思った。


 高校時代、誰に対してもつんけんとして人を寄せ付けない高梨がこうも変わったことに驚きを感じる。

 果たしてこの高梨の変化は喜ぶべきものなのだろうか。

 高梨は自分を失ってしまってはいないのか。


 赤石は腕を組み、悩む。


「どうしたのよ」


 高梨が不思議そうな顔で赤石を見る。


「いや」


 赤石は空を見上げる。

 そして、高梨と目を合わせた。


「変わったな、と思って」

「そうかしら?」


 高梨はきょとん、とする。


「人のために動いたり、別荘に呼んだり、人と離れることを寂しがったり。俺の知ってる高梨八宵はそうじゃなかったな、と思って」


 到底赤石の中の高梨が着るとは思えないような隙のある服もまた、赤石の中の高梨像と乖離しても、いた。


「服がいつもと違うからそう思うのかしら?」


 高梨は自身の服をつまむ。


「それもあるけど」

「部屋着なのよ」

「部屋着で人前に出るような人間だとは思ってなかったな」

「……悪口?」

「いや……」


 高梨は頬を膨らまし、別の部屋に消えた。


「あ~あ」


 赤石の後ろで那須がため息を吐く。


「なんですか……?」

「赤石様、お嬢様を怒らせないでください」

「怒ってたんですね」

「お嬢様自身は自分の変化を良い物として受け入れていらっしゃいますので」

「本来の高梨は、もっと寂しがり屋で、人を求めてたりしたんですかね」

「……どうでしょうね」


 那須もまた鹿爪らしい顔で、前を向いた。


「あなたがうるさいから着替えてきたわよ」


 高梨は先ほどの部屋着から一転、フォーマルで格式ばった、いつものお堅い服装で戻って来た。


「別に着替えろとは言ってない……」

「あなたがうるさいから着替えてきたんでしょ。はぁ……」


 高梨はため息を吐きながら、赤石の隣にドカッと座る。


「私のサービスショットよ? 少しは感謝して見てれば良かったでしょ?」

「ははは」


 赤石は無邪気に、笑う。


「何を笑ってるのよ。そんなに見る価値もない貧相な体だって言いたいわけ?」

「いや……」


 赤石は笑いをかみ殺す。


「変わったな、お前」

「……?」


 高梨は小首をかしげる。


「そんな面白くもない冗談を言うようになって」

「なんて気分の悪い言葉なのよ」


 高梨はふん、と赤石から視線を背けた。


「でも俺は、お前が誰かの影響のせいでお前自身から離れていってるんじゃないか、心配でもあるよ」

「……」


 高梨は赤石を瞥見する。

 変わることは本来良いことなのか、良くないことなのか。


 その人に本来備わっているはずのイデオロギーが破壊され、社会的に正しいとされる姿に再構築されているだけなのではないのか。


 赤石は自分自身が持っているはずの思想や理念、ポリシーが壊れてしまっているのではないか、と心配する。

 本来の高梨は鳴りを潜め、社会的に正しいとされている姿になろうとしているだけなのではないのか。

 サナギから蝶になろうとしている高梨は、サナギのままの方が良かったのではないのか。


「……」


 赤石は真剣な目で高梨を見る。


「別に」


 高梨は口を開いた。


「そんなことないわよ。私は私。いつだって。誰にも変えられてなんて、ないわ。それに」


 高梨は赤石に顔を近づけた。


「人と人とは、お互いに相互に関わり合って、変わっていくものでしょ」

「……」


 次は赤石が高梨から視線を外す番だった。


「どうだかな……」


 赤石はそう呟いた。


「その時の環境や関わってる人によって、私は変わっていくんでしょうね。あなたが……ううん、あなたたちと関わった結果が、今の私なんでしょ」

「……」

「私自身は何も変わってない。あなたたちと一緒にいて、でも、私も随分と憶病に、腑抜けてしまったのかもしれないわね……」

「……そうか」


 赤石は静かに、息を吐いた。




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― 新着の感想 ―
赤石は変われない自分への諦念?みたいなものがあるけれど、大なり小なり、人と人とが関われば変わるもの、ということは実感としては理解できていない感じよな。まぁ赤石は性格上、たしかにあまり変わらなさそうな感…
500話おめでとうございます。 高梨の「あんたが、私に何もかも忘れさせるようなくらい、好きにさせてみなさいよ!」から変化が始まって記念500回で赤石高梨会談。 まだデレないのかな?
500話達成おめでとうございます、これからの物語が楽しみです
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