第4話 八谷恭子はお好きですか? 1
高校への通学の途中で、顎に手を当て物思いにふける男子学生が、一人で歩いていた。
赤石悠人、どこにでもいるごく普通の学生である。
赤石は高校と自宅との距離が余りにも離れていることから電車通学であり、最寄駅から高校に向かい歩を進めていた。
成績は絶対的な上位というわけでもなく、かといって絶対的に下位に属している訳でもない。どちらかと言えば上位に属する人間ではあるが、他に目立った特徴もなく、ごく普通の一般家庭に生まれ、ごく普通に生き、物事に対して批判的な性格の男子学生である。
物思いにふけりのろのろと歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「おはよ、赤石君! 元気?」
水城はてこてこと小走りで赤石の隣に並び、赤石の顔を覗き込んだ。
「あ……水城さん……」
「もぉ~、同級生なんだから敬語ダメ!」
水城は両手でバツの字を作り、自身の口の前に持ってくる。
女の子らしい可愛らしさと妖艶な大人の美しさを兼ね備えた校内一の美少女、水城志緒。
赤石は水城の一挙手一投足に、その容貌の美しさを認めていた。
「ところで、さっきまで何してたの?」
「ああ、考え事をちょっと」
「へ~、何考えてたの?」
「いや…………」
櫻井がどうして君たちにモテているのか、そんなことを言う自信も胆力も、赤石にはなかった。
「水城――!」
「?」
突然背後から声を掛けられたことで、水城と赤石との会話は中断させられる。
赤石と水城のことを感知した櫻井が、走ってやって来ていた。
「水城、おはよう。あと赤石……? おはよう」
「あ、櫻井君おはよう」
「……はよ……」
水城を呼んだことのついでのように、赤石の名前を呼ぶ。
それも、名前を正確に覚えている訳でもない。昨日の一件においても自分の名前の後には疑問符が控えており、人の名前を正確に覚える気がないのだろうか、と、赤石は怪訝に思う。
「水城今日天気いいよな~」
「そうだね、今日天気良いよね。」
「天気が良いと良い気分になるよなぁ」
「分かる~、天気良いと気分も良くなるよね」
水城と櫻井は仲睦まじく二人の空間を作り、赤石を排除する。
二人が話している所を尻目に、赤石は一歩下がり、二人の後ろに付いた。
「ん、どうしたの赤石君?」
そのことに気付いた水城は赤石に声をかける。
「いや、二人で喋ってるから俺が出ただけだ」
「えぇ~、一緒に喋ろうよ~、三人で喋ろうよ~」
「いや、俺ここがいいから」
「水城、あまり赤石に強要したら駄目だぞ。赤石はこっちの方が良いんだよ」
「えぇ~、はぁ~い」
櫻井は、赤石を会話に誘う水城に、強要するべきでない、と諭す。
それは図らずとも、櫻井が水城と二人きりで話したい、赤石は夾雑物であると、そう言外に思っているという証左でもあった。
赤石は櫻井がモテる理由が分からない。
男を排除し、自分と女だけの理想郷を自ら作り出そうとするような奴がどうして女にモテるのか、赤石には全く分からなかった。
「聡助おっはよ~!」
「いってぇ!」
背後から新井が忍び寄り、櫻井の肩を叩いた。
「今日も格好良いね、聡助、愛してるよ」
「はいはい……ったくお前はいつもいつも」
「あ……あはは……」
今日も例によって櫻井に愛を誓う新井に、水城は苦笑いで頬をかく。
「あら、櫻井君じゃない、何してるのかしらこんな所で両手に花を持って」
「ちょっとバカなのあんた! 今日は自転車通学って言ってたじゃない!」
「皆静かにしようよっ!」
新井を皮切りにして、櫻井の取り巻きが続々と集まって来た。
櫻井の周りに取り巻きが集まって来たため、赤石は数歩後退し、一瞬で形成された櫻井の理想郷から抜け出し、不関与を貫いた。
どうしてこんなやつがモテるんだろう、赤石はそのことを考えながら、一人で通学を再開した。
櫻井とその取り巻きが教室に入り、少し遅れて赤石も教室に入った。
櫻井がやって来たことを目にした一人の男子学生が、櫻井に近づいた。
「おっす聡助! 今日もまた重役出勤だなぁ!」
「そんな遅くはねぇだろ!」
男の軽口に、櫻井は苦笑いで対応する。
櫻井の唯一の友達、霧島尚斗である。
中肉中背で、成績も中の下、赤石よりもさらにこれといった特徴のない、特筆すべきところの一つもない、一介の男子学生である。
ただ、少し違う所があるとすればその男子学生は、
「おっ、皆も聡助と一緒に通学したのかい? 今日もまた可愛いねぇ」
「うるさいぞゴミ」
「黙りなさい」
「あっはは、尚斗怒られてんじゃーん」
「またヒドイ言われようだなぁやれやれ……」
枯れること無き情欲を、女子生徒に注いでいる。
挨拶をしたのにもかかわらず侮蔑や嘲笑の言葉が返ってきたことにも全く腹を立てず、霧島は首を振る。
赤石はその様子を見ながらも、やはり疑問に思っていた。
どうして櫻井は男の友達が一人しかいないのだろう、と。
櫻井が霧島以外の他の男子と話している様子を目にしたことがない。赤石の近くの席の男子は「どうしてあいつだけ……!」「くうううぅぅ……羨ましい……!」などと、ハンカチを噛みながら櫻井の様子を羨望しているが、友達という間柄ではない。
女にはモテるにも拘らず、どうして男の友達がこんなにも少ないんだろうか。
赤石は櫻井に目をやりながらも、漫然と考えていた。
「ちょっとあんた、面貸しなさい」
「は?」
授業も終わり放課後、赤石は櫻井の取り巻きの一人に声を掛けられた。