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ラブコメの主人公はお好きですか?  作者: 利苗 誓
第11章 卒業式 後編
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第456話 後期試験の勉強はお好きですか?



「なんか違うな……」


 赤石と未市は他の物件を探しに回った。

 二件目の物件を見るや否や、赤石はそう呟いた。


「なんかって、何が?」

人気ひとけが少なすぎる……」


 密集した住宅街に立地したそれは人気が少なく、いかにも住むための住居といった様相を呈していた。


「良いことじゃないの?」

「夜に帰る時とかちょっと怖くなりそう」

「子供だねぇ」


 うりうり、と未市が赤石に肘鉄を食らわせる。


「次のところ行ってみましょう」

「随分と見切りが早いんだねぇ、君は」


 その後、三件目の物件も確認し、二件目と同様に、赤石の好みと合っていないことが分かった。


「よし」

「決めた?」


 赤石は大学へ引き返していた。


「一件目で契約してきます」

「オッケー!」


 未市は指で丸を作る。

 赤石は一件目の物件で契約し、大学時代の住居を手に入れた。






「帰りました」

「お、契約できた?」


 赤石は映画研究部の部室に入る。

 未市一人が、赤石を待っていた。


「できました」

「それは大学入ってからが楽しみだねぇ、にやにや」


 未市が赤石に笑いかける。


「お酒持って赤石君の家入り浸っちゃお」

「放り出しますよ、普通に」


 未市はにやにやとしたまま、テレビ台の前に座った。


「今日は先輩一人しかいないんですね?」

「まぁそんな毎日誰かいるようなもんでもないしね。後輩、座って」

「え?」

「ほらほら、早く」


 未市はソファをポンポンと叩く。


「それとも、サトとかいた方が良かった?」

「いや……」


 映画研究部に入部することになるとあの人は先輩になるな、と赤石は少し考える。


「もしいた方が良いなら呼び出すけど」

「止めてください、大丈夫です、大丈夫」


 赤石は諦めて未市の隣に座った。


「まぁ私は赤石君と二人きりの方が興奮するけどね」

「興奮しないでください」


 未市はテレビ台の下に隠されているコントローラーを手に取った。


「ほれ、後輩」

「あ、どうも」


 未市が放り投げたコントローラーを赤石が受けとる。


「ゲームしよ?」

「良いんですか? ここ映研ですよね?」

「なぁに、固いことは言いっこなしだよ。別に映画のことばっかりやらないといけないわけでもなし」

「大学って本当ゆるい場所なんですね」

「人生のモラトリアムと言われてるくらいだからね」


 未市はパーティーゲームを起動した。


「ゲーム好き?」

「まぁ普通ですけど」

「弱そ」

「先輩の泣き顔が見れると思うと、楽しみになってきましたね」


 赤石は肩を回す。

 暫くの間、未市とテレビゲームを楽しみ、家へと帰った。









「ここか……」


 住む家を決めて後日、赤石はスマホを頼りに、家の前までたどり着いていた。


「初めて来たな……」


 赤石はインターホンを鳴らす。


「今行くから……」


 意気阻喪とした声でインターホンから声が聞こえる。


「いらっしゃい、悠人……」

「あ、ああ」


 暫くの後、クマでやつれた船頭が玄関の扉を開け、赤石を招き入れた。

 船頭から少しのあいだ会えないか、とメッセージを受け取った赤石は、船頭の家までやって来ていた。


「ご両親は?」

「今は仕事。どっちも夜に帰って来る」

「そうか……」


 お邪魔します、と赤石は船頭の家に入った。


「部屋あげるから、ちょっと待っててね」

「あ、ああ」


 今まで見たことがないほどにやつれている船頭を見て、赤石は心配になる。


「来ていいよ」

「お邪魔します……」


 赤石は船頭に誘われるがまま、部屋に入った。


「家に入るのは初めてだな」

「あぁ、そうだよね。いつも私が行ってたから」


 いつものような溌剌さは鳴りを潜め、船頭はただ静かに、淡々と話をする。


「……」

「……」


 気まずい沈黙がその場に流れる。


「大学……」

「うん」


 赤石が口火を切る。


「大学、落ちたのか?」

「……落ちた」


 船頭は机にかじりつきながら、言う。


「後期も北秀院受ける」

「そうか」


 赤石はそわそわとして、落ち着かない。


「でも後期は間口が狭いから、前期で落ちたなら別の大学にした方が……」

「そんなの分かってるよ!」


 船頭が金切り声を上げ、机を叩く。

 赤石はビク、と肩をそびやかした。


「そんなの分かり切ってるんだから、言わなくたって良いじゃん! 当てつけのつもり!?」

「ご、ごめん」


 大学に落ちてしまった手前、赤石は船頭にかける言葉がない。


「……」

「……」


 赤石は船頭から距離を取り、壁沿いにただ、立っていた。


「うっ……ひっ……」


 すすり泣く声が聞こえる。


「ごめんね、大きい声出しちゃって……。悠人は何も悪くないのに……。ごめんね……」


 船頭は赤石に背中を見せたまま、すすり泣いた。


「本当は全部分かってる。こうなるまで勉強してこなかった自分のせいだ、って分かってる。悠人の言ってることが正しいって、分かってる。ごめんね、ごめんね……」

「いや……」


 意味のある言葉を発することが、出来なかった。

 船頭はただ、すすり泣く。


「後期試験まで勉強とか、俺で良かったら教えるけど……」

「……良い。私が今どこが弱いのかは私が一番分かってるから。今さら教えられたって、正直迷惑にしかならない」

「そうか……」

「うん」


 船頭はすすり泣きながら、机にかじりつく。


「……」

「……」


 勉強を教えることも拒否され、赤石は手持ち無沙汰になった。


「暇ならご飯とか、作って欲しい」

「あ、ああ」


 赤石は船頭の家に寄るにあたり、ある程度食料などを持参していた。


「台所借りて良いか?」

「うん」


 赤石は船頭家の台所を借り、うどんを作った。


「ゆかり」

「うん」


 赤石はうどんをお盆に乗せ、船頭の部屋へと戻って来る。


「うどんで良かったか?」

「何でも良い」


 赤石は船頭の机の傍にうどんを置く。


「あとこれも」


 そして手作りのおにぎりもそっと置いた。


「ありがと」

「ああ」


 赤石はそう言うと、再び船頭から距離を取った。


「いただきます」


 船頭はうどんをすする。


「……美味しい」


 そしておにぎりを頬張る。


「うん、うん……」


 船頭は赤石を見ることなく、食事する。


「うん、うん、うん……」


 船頭は一人、頷いた。


「……」


 そして食事の手が、止まった。


「悠人ぉ~……」


 船頭は目に涙を溜めながら、赤石を見た。


「悠人……」


 船頭は椅子から立ち上がり、赤石に向かって歩み寄った。


「ど、どうした」

「悠人……」


 船頭はそのまま赤石に歩み寄り、赤石の胸に体を預けた。


「ヤだ、ヤだよぉ……悠人」

「あ、ああ」


 赤石は両手を上げる。


「落ちちゃった、私落ちちゃったよ……。悠人と一緒に大学生活送ろうって思ってたのに、落ちちゃった……」

「……」

「ごめんね、ごめんね、ごめんねぇ……!」


 船頭は赤石の胸で号泣する。


「……いや」


 赤石は上げていた両手を下ろし、船頭の背中を撫でた。


「うっ……なんで、なんで私はもっと勉強しとかなかったんだろう……。なんで私は……」

「……」


 赤石は静かに、船頭の背中をポンポンと撫でる。


「もうヤだ……。私……最悪……最低だ……」


 船頭は洟をすする。


「悠人……」


 船頭は赤石の胸でぐずったまま、小さな声をあげる。


「大分疲れてるな。後期試験で出来ることも限られてるから、まずは健康一番にしていけよ」

「……うん」


 船頭は赤石の胸に顔をうずめる。


「……胸の音、落ち着く」


 船頭が赤石の胸に耳を当てる。


「そうか……」


 そのまま数分、船頭は赤石の胸に顔をうずめた。


「ごめんね、ありがとう」


 数分の後、船頭は赤石からパッと離れ、机に戻った。


「相当追い込まれてるんだな……」

「相当弱ってるかも」


 船頭は上着を着ると、再び勉強をし始めた。


「私って、本当馬鹿だね」

「……頑張れよ」


 赤石は穏やかな表情で、そう言った。


「何か出来ることあるか?」

「掃除……しててくれない?」

「ああ、分かった」


 船頭の部屋はゴミで溢れていた。

 飲み終わったペットボトル、しわくちゃの服、お菓子のゴミ、教科書、菓子パン、ありとあらゆる生活用品であふれ、足の踏み場もなくなっていた。


「お風呂とか入ってるか?」

「たまには」

「クマがヒドいぞ。よく寝ることだけは意識しておいた方が良い。試験当日に体調不良だと本来の力を発揮できないし、寝てないと記憶も定着しない」

「うん、ありがと……そうする」


 赤石は船頭の部屋の掃除を行った。







「今日はありがと、悠人。ちょっとすっきりした」

「汚い部屋だったな」

「馬鹿」


 夕方、赤石は船頭家の玄関にいた。


「もう少し、もう少し頑張ってみるね」

「ああ」

「もし、もしもだよ。もし私が受かったら、その時は……」

「ああ」

「たっくさん遊ぼうね」

「……」


 赤石は苦笑する。


「そうだな」

「約束ね」

「ああ」


 赤石は船頭の家から出た。


「ばいばい」

「またな」


 赤石は船頭に手を振り、帰途についた。


 後期試験に向け、船頭の最後の勉強が、始まった。

 



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― 新着の感想 ―
もうちょっとだ! 頑張れゆかり!!!! お前がナンバー1ヒロインだ!!!!!!
船頭切ない。 赤石もやさしい。
船頭がんばれー。神様(作者)お願いしまーす。
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