第455話 大学の住居を決めるのはお好きですか?
「ん~……」
赤石は、大学から紹介してもらった賃貸物件の紙を片手に、辺りをぶらついていた。
「どこにしよっか?」
赤石の隣を、未市が寄り添って歩く。
「どこがいいんでしょうねぇ」
「どれどれ~」
未市は、赤石の持っている紙を受け取る。
「ここのどこかに住みたいんだ?」
赤石の持っている紙には、三件の賃貸物件の情報が記載されている。
「まぁ、今のところは」
「早くしないと他の人に決められちゃうからねぇ。こういうのは早い者勝ちだから、後になってなくなってました、じゃもう遅いんだよねぇ~」
「そうですねぇ」
残り僅かな時間で大学に入学する赤石は、一人暮らしをするための賃貸物件を探していた。
大学から紹介してもらった賃貸物件を一通り目で見て確認し、様々な条件を考慮して、家を借りる予定だった。
「もういっそのこと私の家に一緒に住んじゃう?」
「ははは」
「いや、笑い事じゃなくて」
未市は真剣な目で赤石を見る。
「先輩に気遣って仕方ないですよ」
「私は大丈夫だよ~。赤石君になら何されてもっ!」
「はいはい」
赤石は未市の冗談を柳に風と受け流す。
「いやぁ、それにしても赤石君と一緒に大学生活が送れるなんて、お姉さん嬉しいなぁ~」
未市は後ろ手に、軽快なステップを踏む。
「もちろん映研入るんだよね! ね!?」
「だから、色々な部活見てから包括的に決めますって」
何度も同じことを聞いてくる未市に、赤石は渋面を作る。
「マジで許さないから。映研に入らなかったら。マジで」
未市が殺意の籠った目で赤石を見る。
「そんな、部活に入らなかったくらいで大袈裟な……」
「いやいやいやいや!」
未市がちっちっち、と指を振る。
「大学で一番結びつきが強いのって部活だから。もう部活が全て。大学生活の九十パーセント以上は部活と言っても過言じゃないよ」
「過言でしょ」
「いや、本当本当。高校みたいに授業で仲良くなるとか、同じ学科の人と仲良くなるとか滅多にないよ? バイトも大して人いないし、学科も大して仲良くならないし、じゃあ何になるのって言ったら、部活なのよ」
「へぇ~」
赤石は素直に感心する。
「だから、同じ大学に入っても部活が違ったら私たちも全然会える機会とかなくなるわけ」
「そうなんですねぇ」
赤石は未市の話を受け流しながら、一件目の家を見に来た。
「こんな感じかぁ……」
赤石は周囲の店や雰囲気を眺める。
住宅街にあるアパートではあるが、周囲のアパートと距離があり、人気の少ない所が赤石の好みに合っていた。
「ここは止めといた方が良いかもしれないなぁ~……」
未市がぼそ、と言う。
「何故?」
「だって大学から近いからねぇ」
「良いことじゃないですか」
「大学から近いと、何かあった時に友達にホテル代わりにされるからねぇ。友達の溜まり場とかなったら困るじゃない?」
「普通に泊めなければ良いだけなのでは……?」
赤石は小首をかしげる。
「友達が酔いつぶれてるのに、家には泊めさせない、って赤石君は言うの?」
「まぁ泊めたくないなら言うでしょうね」
「友達減らない?」
「ノーと言えない友人関係なんて、最初からない方が良いと思います」
「赤石君だねぇ」
ふむふむ、と未市は感心する。
「次行ってみましょう」
「行こっか」
未市が赤石に続く。
「平日なのにすみません、先輩。付き合ってもらって」
「いやいやいや、私が誘ったようなもんだからさ」
二件目の家に向かいながら、赤石は未市に感謝する。
「授業とかないんですか?」
「大学生ってほとんど授業とかないから」
「何なんですか、一体大学生って」
授業もない、酔いつぶれてばかりの集団なのか、と赤石は不審に思う。
「人生のモラトリアムだよ、後輩」
「はあ」
「私の体で興奮しないでよ、変態っ!」
「はぁ……」
いつも通りテンションが高いな、と赤石は呆れかえる。
平日の昼間、人気が少ない道を二人は歩く。
「赤石君ってさ」
未市が不意に、赤石に尋ねる。
「彼女とか、いる?」
「彼女……」
赤石は少し、考える。
どう答えるべきか。
「いや、いないですね」
順当に答えておいた。
「そっかぁ……」
未市は空を見上げる。
「先輩は?」
「私はねぇ……」
赤石は同じ質問を返す。
「いる」
「あぁ、そうなんですね」
やはり未市は男からの人気があるんだなぁ、と赤石は感心する。
「あ、ごめん、嘘」
未市は顔の前で手を振った。
「いた」
「いた?」
「ちょっと前まではね」
「はあ」
未市はうつむいた。
「あ、でもでもでも! 決して、赤石君の思ってるようなことはしてないから! 神に誓って!」
「……?」
赤石は未市に家の情報が書かれた紙を見せる。
「いや、その紙じゃなくて……って、面白くなぁい!」
未市が赤石の肩を叩く。
「本当に本当に、赤石君の思ってるようなこととか全然なかったから! っていうかもう私たち付き合ってたの、みたいな? そんな感じだったから!」
「はあ」
「もう全然エッチなこととかしてないから! もう全然!」
「そういう時期なんですねぇ、大学って」
小学生から中学生、中学生から高校生、高校生から大学生、人生のステージが上がるたびに、周囲の環境も大きく変わり、ライフステージが上がっているんだなぁ、と赤石は感嘆する。
「もう本当に全然! 全然エッチなことしてない! エッチなことしてなさすぎて、付き合ってるか分かんなかったもん!」
「さっきからやってる人の否定の仕方なんですよ」
「いや、ヤッてないヤッてない! 本当に! もうキスくらいしかしてないから!」
「キスはえっちなことではなかった……?」
赤石は眉を顰める。
「いや、本当軽いやつ! 軽い、ちゅってやつだから! エッチの前にするエッチなキスじゃないから! 本当に軽い、ちゅってやつ!」
「さっきからエッチエッチうっさいんですよ」
赤石はぴしゃり、と未市を嗜める。
「つい私の中のあれな部分が出ちゃった……」
てへ、と未市は舌を出す。
「何か先輩って喋ってみるとこんな感じだったんですね」
「え、失望してる!? 失望してる!?」
生徒会長としての未市しか見ていなかったため、人間味のある未市を見ることはある種、新鮮でもあった。
「失望というか、普通にビックリというか、もっと超然としたっていうか、威光を放ってるようなタイプの人だと思ってました」
「生徒会長やってた時のイメージがそのまま根付いてるのかな。私は本当に、何でもない、普通の人間だよ。特に差し当たって、人より秀でたところも変わったところもない……。私はね、普通の人間なんだよ……」
未市はあはは、と笑う。
珍しく暗い表情をするな、と赤石は心配する。
「そんなことないですよ。先輩は良い所いっぱいあるじゃないですか。何があったか知りませんけど、昔の先輩よろしく、自分に自信もって生きてくださいよ」
「後輩……」
赤石は未市のフォローをしておいた。
「後輩、ちゅきぃ……」
「はいはい」
未市はカバンをガサゴソと漁る。
そして人差し指と親指を交差させ、赤石の前に出して見せた。
「指ハート上げちゃう」
「いらないし、古い」
赤石と未市は二件目の家に向かった。




