第454話 平田の引っ越し準備はお好きですか? 2
「で、今日は何する予定?」
平田の部屋に入った須田は、いの一番に尋ねた。
「トランプ」
「そんなもんするか馬鹿」
平田が赤石に冷や水を浴びせる。
「大学受かったから、引っ越しの準備」
「あ、あぁ」
須田は赤石を見た。
「それを赤石に手伝ってもらおう、ってお母さんがうるさくて」
「それで招集されたわけだ」
「そう」
平田は、ところどころ段ボールに整理整頓された部屋に足を踏み入れる。
赤石たちも平田の部屋に足を踏み入れる。
「お前も大学受かったんでしょ? おめでと」
「ああ、どうも」
赤石は小首をかしげる。
「言ったことあったか?」
「うちのお母さんがお前のお母さんから聞いた」
「なんでもかんでもペラペラと……」
どうやら母親間の井戸端会議で、自然に情報が漏れていたようだった。
「母親ってすぐに子供の話共有するよな」
「本当それ」
赤石と平田は呆れかえる。
そしてお互いに大学の事情を話したからこそ、赤石と平田が大学に合格したことが判明し、引っ越しの準備を手伝うにいたった。
「俺も母親からお前の体重が重くなったからダイエットしてるとか聞かされて……」
「わぁーーーーー! わぁーーーーーーー!!」
平田が大声を上げる。
「もう本当無理。なんでそんなこと知ってるわけ?」
「母親間の井戸端会議でお前の情報が間接的に俺にも入って来るんだよ」
「マジで無理。遠くの大学にして正解だった」
平田が顔を赤くしながらそっぽを向く。
「腹筋割りたいんだってな」
「もう本当余計なこと言わなくていいから」
「母親のプライバシー遵守意識とか皆無だもんな」
「もしかして他にも色々知ってる?」
「……」
赤石は黙り込んだ。
「もっとヤバい情報とか……」
「……」
赤石は口を開かない。
赤石が平田の家に訪れた時から、平田家と赤石家の結びつきが強固になり、ことあるごとに平田家の情報が赤石まで伝えられていた。
「おい!!」
平田が赤石を蹴る。
「蹴るんじゃねぇよ、汚ぇなぁ!」
「汚くないわ! 純真の乙女のおみ足じゃ!」
「どこが純真の乙女だ。彼氏とっかえひっかえしてるような奴が」
「純真の乙女キック!」
平田が赤石を再び蹴る。
「クッソアマ。おい、統。こいつを羽交い絞めにしろ。男女平等パンチを叩きこんでやる」
「無理無理」
「神の怒りを食らいやがれ、クソ平田」
「うっせぇわ。死ね、ばぁ~か」
平田が赤石を罵倒しながら部屋を駆け回る。
「おいおいおいおい、もう暴れるの止めようぜ、二人とも」
須田が赤石と平田の間に割って入る。
「そうだな……。争いは何も生まない」
「……はい」
赤石と平田は争いを止めた。
「……」
平田がベッドに座ったまま、赤石の顔に足の裏を当てる。
「汚ぇって言ってんだろ!」
「うっせぇわ、ばぁ~か! なんでもかんでも私のプライバシー侵害して、腹立つんだよ!」
「そんなの俺のせいじゃないだろ。くっそ、こいつ……」
赤石はわなわなと震える。
「まぁまぁ」
どうどう、と須田が赤石をなだめる。
「女の足なんてお前みたいなクソ童貞には一生触れることもないんだから、ちょっとは感謝くらいしろよ。ど~て~。一生ど~て~太郎~」
「くっそ、こいつ……馬鹿にしやがって。おい、統! 俺の相棒のサブマシンガン、キャピタルエレマイン社のエムケーツーミディアムウォッチを持って来い! 蜂の巣にしてやる!」
「そんなの持ってないだろ」
赤石と平田がぎゃあぎゃあと騒ぐ。
「なぁ~、早く片付けようぜ~。こんな所で騒いだら危ないって~」
暴れる赤石と平田を前にして、須田は呆れかえる。
「ふん。所詮は非力な女のささやかな抵抗だ。ここは俺が寛大な心で許してやる」
「うるせぇわ、ばぁ~か。死んどけカス」
赤石たちは暫く暴れた後、ようやく片付け作業に取り掛かった。
「じゃあそっち段ボールに入れていって。何か分からなかったら私に言って」
「りょ」
赤石と須田は目に見える物を段ボールに入れていく。
「こっちには絶対来ないで」
「りょ」
赤石たちはせっせと段ボールに物を詰める。
「何か分からないことあったらすぐに聞いて」
「りょ」
「なんか上司みたいだな」
「はは」
赤石は作業をしながら、須田と笑い合う。
「……」
赤石は制止した。
「なんかヤバい奴落ちてたりしないか?」
「……別にしないと思うけど」
平田は赤石の下までやって来る。
「わっ!」
平田は赤石の眼前にある下着を奪い取った。
「下着ドロ!」
「場面的にはお前の方が下着ドロな気がするが」
「キモいんだよ!」
「なんでこんな所にそんな物落ちてんだよ!」
平田の部屋は小汚く、ありとあらゆる場所に色々なものが散乱していた。
「業者呼んだ方が良いんじゃないか?」
「知らない男に下着とか見られたくないし」
「同級生に下着見られるのと業者に下着見られるの、どっちの方が嫌なのかまぁまぁ考えものな気はするが」
「そもそもそんな物落ちてる想定じゃないから!」
「何がどうなったらこんな所に落ちるんだよ」
小綺麗に部屋を片付けている赤石としては、平田の部屋の散らかり具合の理由が理解できなかった。
「いいから口動かさずに手動かして」
「はいはい」
赤石は再び引っ越し作業に身を乗り出した。
「……」
「……」
赤石たちは平田の部屋に落ちている物を、ゴミとそうでない物に分け、黙々と作業を続ける。
「そういえば」
平田が作業をしながら口を開いた。
「大学、他の奴らはどうなったか知ってる?」
「あんまり知らないな」
受験の合否結果が出て以降、赤石は誰とも連絡を取っていなかった。
過日、北秀院大学の合格者で集まったメンバーの合否結果しか、知らない。
「櫻井」
「……」
平田の口から、櫻井の名が出る。
「あいつ落ちたんだって」
「……そうか」
櫻井は大学受験に、落ちた。
現在は後期試験に向けて、勉強をしていることだろう、と赤石は想像する。
「水城は?」
「受かったんだって」
「北秀院?」
「そう」
反面、櫻井の彼女の水城は合格した。単身で北秀院大学に乗り込むことになる。
「……」
「……」
沈鬱な空気が場を支配する。
「結構落ちてるんだって、皆」
「大学受験って結構落ちるもんなんだな」
基本的に国公立大学を目指していた赤石たちは、受験に失敗した後、私立の大学に行くことになるか、あるいは浪人をする。
櫻井はそのどちらなのか。
「あ、あと」
「え」
平田が赤石にスマホの画面を見せた。
「消えてる……」
学校の掲示板が、消えていた。
「なんかつい最近なくなったんだって」
「……そうか」
ある程度の想像は、ついていた。
櫻井の悪事が暴かれ、何らかの形で掲示板に書き込まれたのだろう。
そして櫻井を庇うようにして、葉月が掲示板のサイトそのものを破壊した。
グループチャットでも櫻井の悪事が暴露され、櫻井はグループから追放されていた。
少しでも櫻井の被害を食い止めようとした葉月の行動なのだろうことは得心がいった。
高校の内情を知ることは、出来なくなった。
「なんで突然……。もしかしたら、うちらの同級生が運用してたのかもね」
「そうだな……」
赤石はただ、相槌だけを打った。
高梨、上麦、新井、暮石、その他大勢。
全員の大学受験の合否結果が、気になった。
「受験結果聞くのとかハードル高いよな」
「分かる」
赤石、須田と違い、平田は積極的に学内の情報をキャッチしていた。
「普通にネットに公開してる人ならともかく、そうじゃないと、やっぱり個別に聞くしかないよね」
「……そうだな」
「……」
「……」
赤石たちは、黙々と作業した。




