第453話 平田の引っ越し準備はお好きですか? 1
「はぁ~……」
赤石は家の前で、大きく伸びをした。
気候は晴れ。快晴そのものだった。
「良い天気だなぁ」
「なぁ」
赤石と須田は、二人で体を伸ばす。
「赤石さん、今日のお天気いかがですか?」
「快晴も快晴。とっても晴れやかな気分ですね。現場の須田さん、お返しします」
「はい、ありがとうございました」
赤石と須田は、二人でくすくすと笑う。
「大丈夫かなぁ、すう」
「な」
北秀院大学に落ちたと推察される三千路のことが気がかりだった。
「でも今さら出来ることなんてないしなぁ」
「後期受験もすぐだからなぁ。あんまり刺激するのも良くない気もするしなぁ」
「教えにとか行った方が良いのかなぁ?」
「いや、今から行ったら落ちた時に余計気を遣わせる気もするしなぁ。そもそも勉強内容考え始めると逆効果な気もするし」
「う~ん」
赤石と須田は二人、うんうんと唸っていた。
「あら、赤石さん所の息子さん。おはよう~」
外を散歩していた貴婦人に、声をかけられる。
「あぁ、おはようございます」
「えらい男前になって、お母さんも鼻が高いでしょう」
「いやいや、そんな……」
赤石は頭をかく。
「こちらは?」
「あぁ、地元の同級生、須田です」
「ちっす!」
須田が軽く会釈する。
「運動部の挨拶するな」
「あははははは。いいのよぉ、もう~」
やだ~、と貴婦人が赤石の肩を叩く。
「お友達も男前やねぇ」
「あざっす」
「こんなマッチョな体して~」
貴婦人が須田の腕を触る。
「まぁ自分、鍛えてるんで!」
須田がポーズを取る。
「あははははは。えらい面白い子やねぇ」
「そうなんですよ」
「またお母さんにもよろしく言うといてね」
「あ、はい、ありがとうございます」
そう言うと貴婦人は軽く挨拶をして、そのまま去って行った。
「男前だってさ」
「な」
須田がくくく、と笑う。
「俺ら男前だって」
「リップサービスだろ。皆に言ってるんだよ、皆に。成長したら皆男前になるんだよ」
「そういうもんかぁ~?」
「そういうもんだよ」
赤石と須田は玄関でぼうっと鳥を見ていた。
「終わったなぁ、大学受験」
「なぁ」
赤石は日の光にあてられ、眠い目をこする。
ふあぁ、と大きなあくびをしたことで、須田にもあくびが移る。
「日常だなぁ」
「なぁ」
中身のない会話が二人の間で交わされる。
「なんかああいうお母さん世代の人との会話って、時代感じるよな」
「皆のお母さんって感じはするかもなぁ」
特に蔑みも持ち上げもない、漫然とした感想を言う。
「初対面の男子の筋肉触れるの、母さん世代の人だけだよな」
「まぁ悪い気はしないかな」
「鍛えてる奴ってすぐ筋肉披露したがるよな」
「何にもしてなかっただろ~!?」
「そんなピッチピチの半袖着て」
「普通サイズじゃ! エルだ、エル!」
須田は服の裾をつまんで見せた。
「はぁ……」
「気持ち良いなぁ」
「なぁ」
鳥のさえずりが聞こえた。
公園が近く、春も近い。
今まで息をひそめていた小さな生き物たちの声が、赤石たちの耳にも届く。
目の前を、小さな白い蝶が飛ぶ。
「ちょうちょ!」
「追うな追うな」
蝶を追いかける須田を、赤石が止める。
「……」
「……」
二人は小さく準備運動をした。
「漫然ともしてられないか」
「行くかぁ」
赤石と須田は歩き始めた。
「ここ歩くのも随分久しぶりだなぁ」
「受験期は勉強尽くしだったもんなぁ」
赤石と須田は散歩する。
「夜のお散歩、須田散歩~!」
「朝だ、朝」
「朝のお散歩、須田朝んぽ~!」
須田は目に見える家や虫の感想を言いながら散歩する。
「お、駄菓子屋がありますねぇ」
須田は駄菓子屋を発見した。
「懐かしい~。開いてるの久しぶりに見たかも」
「夜は閉まってるもんな」
「ちょっと入ってこうぜ、入って!」
「ああ」
須田は赤石を連れて駄菓子屋に入る。
「お土産分も買っていくか!」
「駄菓子のお土産ねぇ……」
赤石と須田は駄菓子を購入する。
「おばちゃん、久しぶり!」
「あ、あぁ……。大きくなったねぇ」
「へへへ、食べ盛り育ち盛りだぜ!」
「大きくなったねぇ、大きくなったねぇ」
カウンターの老婆は目を糸にして須田を見る。
「じゃあ、また!」
「また来るんだよ」
赤石たちは駄菓子屋を出た。
「地元の駄菓子屋ってなんか客にフレンドリーだよな」
「なぁ」
須田は早速駄菓子を開けて、食べ始めていた。
「じゃんけんできるグミだってさ、これ。じゃんけんしねぇ?」
「俺はそんなの買ってないぞ」
「俺グーとチョキとパーあるからさ。パー上げるから勝負しようぜ」
「負け確定じゃねぇか」
赤石も駄菓子を食べながら歩く。
「警察に怒られないかなぁ」
「え、今って道で駄菓子食べるのも駄目なんだったか?」
「分かんない」
「食べてるだけで怒られたくないぞ」
赤石と須田は益体もない話をしながら、目的地へとたどり着いた。
「ここかぁ」
「そうだ」
赤石、須田の二人は平田の家へとたどり着いた。
「押して」
「え、俺!?」
「ボタンって、押した奴が責任を背負うんじゃないか」
「何が起きる予定なんだよ!」
須田は平田家のインターホンを押した。
ピンポン、と軽やかな音が聞こえてくる。
「……」
「……」
「この時間って微妙に緊張するよな」
「分かる」
暫くして、声が聞こえてくる。
「は~い」
平田家からその母親、平田洋子が現れた。
「今日はよくお越しくださって」
「いやいや」
洋子は赤石たちに深々と頭を下げる。
赤石たちは釣られて会釈する。
「朋美は今準備してますので」
「分かりました」
赤石と須田は洋子の後を追う。
「なんかお母さん世代の人って異常に慇懃な人と異常に無礼な人に二極化するよな」
「なんでそんなにお母さん世代の人に詳しいんだ!」
赤石の軽口に須田が答える。
「今、上で準備してますので」
洋子は玄関の扉を開けた。
「朋美~! 朋美~! 赤石君来たわよ~!」
「もう~、大声で言わなくても分かってるって!」
平田はどたどたと足音を立てながら降りてきた。
「うぇ」
平田は須田を見ると、変な声を出す。
「二人いるの?」
「力仕事だから、人いると思って」
「須田運送サービスです」
「お前だけだと思ってた」
平田はぽりぽりと頬をかく。
「ま、入って」
いつもの化粧とはうって変わって薄化粧で、服も普段着だった。
普段の平田はこんな感じか、と赤石は平田を見る。
「そんなじろじろ舐め回すように見ないでくんない? 変態」
「ご挨拶だな」
赤石と須田は家に入った。
「今日はよろしくお願いします」
「もういいって、そういうの」
母の挨拶を平田が止める。
「良いから来て」
「お邪魔します」
「お邪魔しま~す」
赤石は靴を脱ぎ、平田の部屋に上がる。
須田は自身と赤石の靴を揃え、平田の部屋へと向かった。




