第452話 大学合格者の集まりはお好きですか?
「……」
北秀院大学の合格発表を終えた赤石は、近くの公園で一人、ベンチで座っていた。
赤石は手元のスマホに視線を落とす。
十一時三十五分――
「……」
赤石は空を見上げた。
大学の合格発表後に、お互いの関係性が気まずくなることは自明だった。
受かっている者と受かっていない者の間で大きな懸隔が出来る。
受かっている者は大学入学に向けて準備を始め、受かっていない者は後期試験に向けて勉強を続ける。
そして後期試験をも落ちれば、来年まで勉強を続けることとなる。
赤石にしても同様であり、まだ誰にも合否結果を聞くことは出来ていなかった。
合否結果を聞く行為には、今の時期の受験生たちには非常にナーバスだった。
赤石たち、北秀院大学を志望していた受験生たちは、受験結果発表後に公園で集まることとしていた。
十二時ちょうどに、北秀院大学に合格した者だけが集まるよう事前に計画していた。
合格した者同士の顔合わせを、行うことにしていた。
「遅いな……」
赤石はスマホに視線を落とす。
十一時四十分、集合時間まではまだに十分あるものの、赤石は自分しか合格していないのではないか、と不安に思う。
須田、三千路、船頭、八谷、黒野、京極。
もしこの中で自分しか合格していなければどうしよう、という小さな恐怖も、あった。
「……」
ザッ、と音がした。
赤石は音のした方に顔を向ける。
「……」
「……っす」
公園の入り口には、須田が立っていた。
いつもの服装とは違う赤色のジャケットを羽織り、妙に大人びて見えた。
「お~い」
須田はいつものように穏やかな口調で、赤石に向かって大きく手を振る。
「統貴……」
合格者が一名、確定した。
「お~い! 受かったぁ~!」
須田は破顔しながら赤石の下に走り寄って来た。
シベリアンハスキーみたいだな、などと益体もないことを思う。
「うっす!」
須田は赤石の下にやって来て、ベンチに座った。
「ああ」
「受かった!」
須田は赤石に拳を見せる。
「おめでと」
赤石は須田の拳に、拳をぶつけた。
「いやぁ、本当に良かった。これどんくらいで受かったのか分かんのかなぁ? ギリギリなのか、結構余裕あったのか」
「気になるよな」
須田は、なはは、と笑う。
「いやぁ、マジで俺、悠のおかげで良い大学にも受かれて、超ハッピー! マジでありがとう、悠!」
「いやいや」
赤石は照れくさそうに頭をかく。
「良かったよ、お前が受かってくれて。これで誰も受かってない、なんてなったらどうしようかと思ってたところだ」
「な!」
あはは、と須田は大笑いする。
「やっぱ合否発表の後に受かったかどうか聞くのハードル高いよなぁ」
「聞けなかったよ、俺も」
「受かってる方は聞きづらいし、落ちてたら聞いてる場合じゃないもんなぁ」
「恐ろしいイベントだよ」
赤石は辺りを見渡した。
未だ、須田以外の誰も来ていない。
「来るかなぁ?」
「覚えてたら来るんじゃないか」
「いや、でも受かったら集まるってシステム良いな。誰も気を遣わなくてもいいし」
「まぁ受かった奴だけが集まるってのもなんとなく嫌味に思われるかもしれないけどな」
「まぁ、誰しも受かる可能性も落ちる可能性もあるからなぁ」
須田は赤石の隣に座った。
華奢な赤石と並ぶと、大柄で筋骨隆々な須田の大きさがより一層たくましく見える。
「……」
赤石がふ、とスマホに目線を落としたタイミングで、赤石の首元に何かが押し当てられた。
「おい」
「「うわぁ!!」」
赤石は突如として現れた何者かに驚き、須田は驚いた赤石の声につられ、驚いた。
「驚きすぎ、くく……」
黒野がアイスを持って、赤石たちの下にやって来ていた。
「ビックリした……」
「俺も」
赤石と須田は体勢を立て直す。
「くく……男のくせにバカ怖がり」
「急に現れるなよ」
赤石は黒野からアイスを受け取り、須田に渡した。
「あ、どうも」
「これ、ありがとう。結構周り見てたけど、いなかったよな。どうやって来たんだ?」
「隠れながら来た」
黒野は公園の入り口からの動線を伝える。
「お前らの視界に入らないように、木の陰に隠れたり、這って来たりした」
そういう黒野の服は、よく見れば砂で汚れていた。
「驚かせるためにそこまでしたのかよ、お前」
「掃え」
「はあ」
黒野は両手を上げ、その場でゆっくりと回る。
赤石と須田が黒野の服に着いた砂を掃った。
「もっともっと」
黒野はその場で回る。
「ケバブみたいだな」
「誰がケバブ」
黒野がぶーっ、と唇を震わせる。
「お前も受かったのか」
「余裕」
黒野はピースサインを作り、赤石の隣に座った。
「最後の方はこの柱に隠れて、驚かした」
「そんなことしなくても……」
「最近エフピーエスにはまってるから。敵の視界を潜り抜けて制圧する時の快感がたまんない」
「ゲーム脳だなぁ」
黒野は持ってきたアイスを食べ始めた。
十一時五十分――
集合時間まで、あと十分。
「あ、あれ」
「ん?」
須田が公園の入り口を指さした。
「皆、やっほ!」
ボーイッシュな服に帽子を被った可憐な少女が一人、そこにいた。
京極明日香その人だった。
「おお」
赤石と須田は京極に手を振る。
「そういえばあいつもいたな」
「こらこら」
毒づく黒野を、赤石がなだめる。
「お待たせ、待った?」
「結構な」
赤石が腕時計を見る。
「皆、受かったんだ」
赤石たちがピースサインをする。
「嬉しいな。僕も皆と一緒に大学行けるんだね」
「そうだな」
京極は須田の隣に座った。
「感動の再開なのに、皆随分と淡白だねぇ。受かったんだからはしゃごうよ!」
「皆お前のこと知らないから」
黒野が赤石の陰から顔を出して、言う。
「確かにあんまりお前と関わり深いやついないからなぁ」
「どうしてそんなこと言うのさ! 僕たち友達じゃないか!」
京極がだんだん、と地団駄を踏む。
「赤石君、ほら、はしゃごうよ!」
「わーい」
赤石は無感情に言う。
「ダンスタァイム!」
「何のダンスタイムだよ」
ノリノリで踊る京極に、赤石は冷や水を浴びせる。
時刻は十一時五十五分――
まだ三千路、船頭、八谷の三人が、来ていない。
「あと五分……」
八谷、三千路、船頭の三人が来ていないことに、赤石は不安を覚えていた。
もしかするとこの三人は落ちているのかもしれない、と考えると、妙にそわそわとした。
「……」
「……」
長い長い、五分だった。
「あ」
「……っ」
十二時ちょうどに、公園に走ってやって来る少女が、いた。
「あれ……」
「多分」
最大限にお洒落をしたと思しき少女が一人、走っていた。
「ゆっくりでいいぞ」
赤石は、走って公園に来る少女に声をかける。
「ご、ごめん……!」
少女は慌てながら赤石たちに下へとやって来た。
「遅く、なって……」
少女は肩で息をしながらやって来る。
「ちょっと、道に迷ったりしたら、時間が、経って……」
「息整えろよ」
少女はうっすらと汗をにじませながら、赤石たちに挨拶をする。
赤石の下へたどり着き、前髪をいじる。
「はぁ、はぁ……」
少女は前かがみになった。
「私、受かった!」
赤石に向かって、元気よくピースサインをする。
「良かったな」
赤石は穏やかな顔を見せる。
少女、八谷恭子は満面の笑みで、そう言った。
「……」
そして。
十二時三十分――
「もう時間だな」
「……ね」
船頭と三千路は、ついぞ集まることは、なかった。




