第451話 合格発表はお好きですか? 2
「一四一六、一四一六……」
赤石は掲示板に近づく。
人の山で掲示板が隠され、文字がよく見えない。
人が多く距離も遠いため、文字が潰れてよく見えない。
「後輩?」
赤石の様子を心配した未市が、声をかける。
「もうちょっと前に行ってみます」
「分かったよ」
受験結果が分かった者から順繰りに、人の山を抜けていく。
泣く者もいれば、笑う者もいる。
赤石は人の山が減るのを待ち、ゆっくりと前に歩み寄った。
「一四一六、一生浪人、一生浪人……」
赤石は一四〇〇番台を見つけた。
「一四〇二、一四〇三、一四〇六、一四〇九、一四一一、一四一三――」
読み上げる。
「……」
赤石は掲示板の前で、固まった。
「一四一五――」
次は。
「……」
赤石は息を飲んだ。
「一四一六……」
赤石の受験番号は、掲示板に、張り出されていた。
「……」
赤石は小さくガッツポーズをした。
「よし!」
高校受験の合格発表である程度慣れてはいたため、赤石は小さな喜びの声を上げるにとどまった。
事前の合否判定もスコアが良く、試験を受けた手応えから、ある程度合格するだろう、との手応えもあった。
「……」
赤石は未市の下へと戻った。
「後輩……」
未市は恐る恐る赤石の顔を覗き込む。
「先輩」
赤石は未市の顔を真正面から捉えた。
「……受かってました」
赤石は指で丸を作る。
「後輩――――――!!」
未市が赤石に抱き着いた。
赤石は未市に強く抱きしめられる。未市は赤石のあらゆる箇所を強く抱きしめ、撫でた。
「よく頑張ったなぁ、後輩! えらいえらいぞ!!」
未市は赤石の頭を撫でる。
「勘弁してください、こんなところで」
赤石は未市を引きはがした。
「祝杯、祝杯だ!」
未市は興奮しながら、その場で小躍りした。
「何の祝杯なんですか」
「そりゃあ、合格の祝杯に決まってるだろう!?」
未市は赤石本人よりも上気し、上擦っていた。
「嬉しい、本当に嬉しい! これから後輩と大学生活を送れることになるのかぁ!」
「気が早いでしょ」
「えらいえらいぞぉ!」
未市はよしよし、と再び赤石の頭を撫でる。
「ヤバい、興奮してきた」
未市は口元をおさえた。
「鼻血出るかも」
「落ち着きましょう、先輩」
「君が落ち着きすぎてるんだよ!」
赤石は未市を連れ、近くのベンチに座らせた。
「いやぁ、後輩、後輩ぃ……」
未市はきらきらとして目で赤石を見る。
「大げさですね、先輩は」
「君が思ってるよりもずっとずっと、私は君と一緒に大学生活を送りたかったんだよ!」
「そうですか」
赤石は未市の隣に腰を落とす。
「おめでとう、本当におめでとう! そしてありがとう!」
未市はしきりに赤石に感謝する。
「同じこと言いすぎですよ、さっきから」
「いやぁ、嬉しい。ここ一年でも飛びぬけて一番嬉しいね」
未市はにやにやと笑い、頬を緩ませる。
「……やばい、にやにやが」
未市が顔を隠す。
「にやにや止められない」
未市は顔をもにょもにょと触りながら、赤石に見られないように表情を戻す。
「……」
「……」
未市は赤石を見た。
「ふふふっ」
未市は再びにやにやとした。
「人の顔見て笑わないでくださいよ」
「ごめん、ごめん後輩」
未市は暫くの間にやにやとし続けた。
「で、こうなってくると、他の皆の合否結果が気になる所だけれど」
にやにやがある程度落ち着いたところで、未市は再び話を切り出した。
「あぁ……」
須田、三千路、八谷、黒野、同じく北秀院を受けた者たちの合否結果はどうなっているのか。
気にはなったが、自分が合格してしまった手前、合否結果を聞くには心理的なハードルがあった。
「そうですねぇ……」
赤石は髪を弄る。
「そうだ、紹介、紹介しよう! 赤石君のこと!」
「どこ行くんですか?」
まだ興奮気味の未市は、赤石の手を引いた。
映画研究部の部室にやって来る。
「頼もう! 頼もう~!」
未市は大仰に扉を開けた。
「……?」
部室には、一人の女子大生しかいなかった。
オープンキャンパスで出会った女子大学生、里野がソファーに寝転がりながら、スマホを見ていた。
「ん~?」
未市と赤石を見た里野はゆっくりと、起き上がって来た。
前回と同じく、だらしのない露出の多い服を着ていた。
「なにぃ? サトちゃんだけぇ?」
未市は肩を落とし、がっかりとする。
「そんな、私一人しかいないことにがっかりされてもなぁ~。休日のお昼なんだからぁ」
里野は前回と同じくのんびりとした口調で、ゆっくりと話す。
「どうしたのぉ、今日は赤石君連れて」
里野は赤石の目を見た。
「それがだよ、サト! 聞いて欲しいんだけど、今日大学受験の結果発表があって」
「あぁ、今日だったんだぁ」
「そうそう! それでさ、見事赤石君が我が北秀院大学に合格したわけなのさ!」
「おぉ~」
里野はパチパチと手を叩く。
「おめでとぉ~」
「どうも」
赤石は軽く会釈する。
「こいつ、今日からうちらの後輩な!」
未市は赤石の首に手を回し、肩を組んだ。
「大学はどこの部活に入るのぉ?」
「どこって、ここだよ、ここ!」
未市は机周りの椅子に座り、赤石を隣に着席させた。
「今日からもう部員ね、赤石後輩よ」
「わぁ~」
里野はパチパチと手を叩く。
「問題は起こさないでね」
「いやいや、我が映画研究部の問題も、赤石君がたちどころに解決してくれることだろうよ」
「なんで部活にそんな問題があるんですか」
未市は部室にある棚からお菓子を取り出し、大皿に置いた。
「ささ、どうぞどうぞ、赤石君。食べなさい」
「え、いいんですか?」
「当たり前だとも! もう全部食べつくしてくれても」
「はぁ」
赤石は大皿に取り分けられたお菓子を口にする。
「お菓子食べたってことは、もう入部決定だね」
赤石の隣に座って来た里野が赤石を見て、そう言った。
「え……?」
赤石は手を止める。
「当たり前だよぉ、食べたんだから。部活が出したお菓子食べたのに、入らないなんてことは、ないよねぇ」
里野はねっとりとした笑顔で赤石を射すくめる。
「収賄だったんですか、これ」
赤石は食べようとしていたお菓子を戻した。
「違う違う、そんなのないよ。別に食べても入らなくても大丈夫。サトも脅さない!」
「あはは~」
里野は椅子をキコキコと鳴らしながら笑った。
「でもうちには入るんだよね?」
未市が赤石に顔を近づける。
「……」
「入るんだよね!?」
未市がさらにぐいっと赤石に顔を近づける。
「近い近い……」
赤石が未市を遠ざける。
「誓い誓い!? 誓ってるってことだね!?」
「いやいやいや……」
未市はすぐさま入部届を持って来る。
「まぁ、考えておきます」
「考えておくじゃなくてさぁ」
「候補の一つとして考えておきます。他にどんな部活があるか知らないんで」
「いやいやいや、入らない手はないよねぇ」
未市は赤石にボールペンを持たせる。
「いや、でも他にどんな部活が……」
「他の部活なんてどれもしょうもないのばっかだからさ。こんな美女が揃ってる部活、そうないよ」
未市はうっふん、と色気を帯びたポーズを取る。
「サト」
「えぇ、私も……?」
里野は渋々ながら、うっふん、とポーズを取った。
「まぁ他の部活見てないんで何とも言えないですけど……」
「いや、本当本当! 映研の美女比率すごい高いから! まず私ほどの美貌を持つ女がいる時点でアドだから」
「多分入るんでだから圧力かけなくても大丈夫ですって」
未市は赤石の肩に手を置き、ポンポンと一定のリズムで肩を叩く。
「楽しみにしてるよ、本当に。なぁ、後輩」
「分かりました、分かりましたから」
赤石はこの日、北秀院大学に、合格した。




