第450話 合格発表はお好きですか? 1
「ただいま」
高梨の別荘で小規模な打ち上げを開いてきた赤石が帰宅した。
「あら、お帰んなさい、悠人」
「ん~」
赤石は母に対して生返事をする。
手を洗い、服を着替え、自室に入った。
「……っ!」
部屋に入るや否や、パン、という衝撃音が赤石を襲った。
クラッカーが鳴らされた、ということに遅れて気が付く。
「受験終了、おめでと~~~~!」
いええぇ~い、と赤石の眼前で一人盛り上がっていた。
「……」
赤石は目の前の状況に呆然とし、フリーズした。
「本当に久しぶり~。超久しぶりじゃない? 最近うちらずっと勉強三昧だったもんね」
「え?」
クラッカーを鳴らした眼前の少女、船頭が、そこにいた。
「ね、ビックリした、ビックリした?」
「いや、なんというか……」
赤石は服についた紙片を取りながら、返事する。
「ビックリはしたけど」
「ん~……?」
船頭は顔をしかめる。
「なんかテンション低くない? 久しぶりに会ったってのに、テンション低いよね?」
盛り上がりのない反応をする赤石に、船頭が不快な表情をする。
「こっちは久しぶりに会えて嬉しいって思ってるのに、悠人はそんなこと思ってないんだ」
「いや、そんなんじゃないけど、急に来たからビックリしたっていうか」
赤石は背負っていたカバンを下ろす。
「今日卒業式だったから頭の整理もよくできてない、っていうか」
赤石は大きなため息を吐きながら、椅子に座った。
「なんか思ってた反応と違ってヤな感じ」
船頭はぶつくさと文句を言いながらそっぽを向く。
「もっと感動しながら泣いてくれるとか、お帰りって泣きながら抱擁してくれるとか」
「そんな、ペット映画じゃないんだから」
赤石は椅子を軽く回し、船頭と向かい合った。
「じゃあ、やっとく?」
「やっとかない」
腕を広げる船頭に、赤石は苦笑で返す。
「そんなことしても反応に困るだろ」
「はぁ~あ、つまんない。久しぶりに会ったのに」
船頭はベッドに座った。
「っていうかお前、どうやって俺の部屋入って来たんだよ」
「そろそろ帰って来るから部屋で待機してて~、ってお母さんに言われて」
「勝手にいれたのか……」
物色されてないだろうな、と赤石は不審な顔で船頭を見る。
「何も変なことしてないから!」
「そうですか」
赤石はカバンから勉強道具を取り出し、机に向かった。
「帰って来るの遅かったみたいだけど、何かしてきたの?」
「高梨の別荘で打ち上げをちょっと」
「え~、何それ! そんなのあるなら呼んでくれても良かったのにぃ!」
「そっちはそっちで卒業式のプチ打ち上げとか行ったんじゃないのか?」
「そんな行ってないし」
「そっか」
赤石は未市からもらった参考書をぺらぺらとめくる。
「ねね、何してるの?」
「勉強だけど」
「え、もう受験終わったじゃん!? 遊ぼうよ~」
「前期は終わったけど後期は終わってないだろ。前期で落ちてたら困るから、後期のために勉強するんだよ」
「え~、もう必死に頑張って頑張って、ようやく終わったのに~! 遊ぼうよ~! 遊びたい~!」
「勉強勉強。お前も勉強しろよ」
赤石は船頭に教科書を渡す。
「……まだ勉強かぁ」
「そうだな」
「じゃあ後期が終わってから遊ぶ?」
「遊ぶなら、な」
赤石はカレンダーに視線を寄せた。
前期試験の結果まで、残すところ数日となっている。
「悠人がそういうなら仕方ないね……」
「悪いな」
船頭は来て早々、帰る準備をする。
「また後期まで頑張ろう。あるいは、前期の結果が両方とも合格してたら、な」
「ん~」
船頭は気のない返事をする。
「じゃあ、またね」
「あぁ」
赤石は船頭にチョコレートを持たせた。
「なにこれ?」
「旅する子にはなんとやら、だ」
「なんかちょっと違うくない?」
船頭は苦笑する。
「ありがと。じゃあこれ食べて後期試験まで私も頑張るね」
「ああ、お互い頑張ろう」
赤石は船頭を送り出した。
「よし……」
赤石は後期試験に向けて、最後の勉強に乗り出した。
前期試験、合格発表日――
「準備はできたかい、後輩君」
「ああ、できました」
赤石は家の前で、未市と落ち合っていた。
「本当に、他の皆は連れて行かなくてもいいのかな?」
「良いです。皆で見たら、誰か一人でも落ちてたら喜べないんで」
赤石は未市とともに、現地で前期試験の合格発表を見ることにしていた。
須田、黒野、三千路、船頭、八谷、北秀院を受けた誰を帯同することもなく、赤石は一人で受験結果を見に行く予定だった。
ただ一人、既に北秀院に在籍中の未市に連れられ、受験結果を見る予定だった。
「今日は無理言ってすまないね、後輩。私も君の受験結果が気になって気になって」
「全然良いですよ。先輩なら既に受かってるから、喜ぶのも泣くのも気を遣わなくてすみそうです」
赤石と未市は受験会場に出発した。
「さぁ、僕の大切な大切な後輩。受験結果を見に行こうか」
「いきましょうか」
赤石は受験票を胸に、大切にしまった。
北秀院大学に着き、門を抜ける。
ネットでも合格発表を知ることは出来たが、生涯で一度あるかないかという大学発表に、赤石は珍しく外出を決め込んだ。
受験番号は、一四一六。
今までの人生で最も重要な試験の結果が、張り出される。
同世代と思われる男女が多く、集まっていた。そして大学の生徒と思しき男女も何故か、近くで見届けようとしていた。
「はぁ……」
赤石は小さなため息を吐いた。
どうしても、緊張が隠し切れない。
「大丈夫かい、後輩? 私の、揉む?」
未市が冗談交じりに、胸を張る。
「ここで俺がイエスと言えば、要さんはどうするつもりだったんですか?」
赤石は意地悪そうな顔で笑う。
「そりゃあもちろん、赤石君の気のすむまで自由にさせるさ。揉まれて減るもんでもないしね」
「魂の損失があるでしょ。相変わらず軽口がお好きですね」
未市の軽口が入って来ない。
それほどに赤石は緊張しきっていた。
「受験番号は?」
「一四一六」
「そっか」
未市は赤石の受験票を覗き込む。
「語呂合わせで、一生一浪だね」
「なんて縁起でもないこと言ってるんですか」
未市はからからと笑う。
そんな雑談をしているうちに、合格発表が掲載されているであろう掲示板がガラガラと運ばれて来た。
白い布が被さっており、何も見えない。
「ついに……」
「ついに」
赤石たちに一層の緊張が訪れる。
「はぁ……」
赤石は再三にわたるため息を吐いた。
今ここで、赤石の今後一年の動向が決まる。
「……」
「……」
自然、赤石と未市の間の会話も減る。
「……」
受験結果発表の予定時刻、十五時となった。
しきりに腕時計を気にしていた妙齢の女性が、声をあげた。
「ただいまより、北秀院大学前期試験の受験結果を、張り出します」
そう言うや否や、白い布が取り払われた。
「きた……」
「きた」
掲示板の前には、多数の学生がいる。
人が多く、掲示板に書かれている内容がよく見えない。
掲示板の前で群がっている多数の学徒たちがざわざわとひしめく。
「……」
「……」
数秒の時間を置いて、
「やったーーーーーーーーーーーーーーーー!」
合格したであろう誰かの叫び声が、その場に響いた。
「あった、あったーーーーーー!」
すぐ後に、女が泣き崩れる。
早々に合格を決めた女は涙を拭った。
つられるようにして、続々と学徒たちの喜びの声が聞こえてくる。
悲喜交々、同時に涙を流す生徒も出てくる。
受かって泣いているのか、落ちて泣いているのかは判断がつかなかった。
「合格、おめでとうーーーーー!」
合格の雄叫び第一声を上げた男子学生の下に、ラグビー部と思しき男たちが大量にやって来た。
「「「わーっしょい! わーっしょい!」」」
ラガーマンたちは学生を胴上げする。
「……」
すごい状況だな、などと益体もないことを思う暇もなく、赤石は掲示板から自身の受験番号を探す。
「一四一六、一四一六……」
赤石は一四〇〇番台を見つけた。
「一四〇二、一四〇三、一四〇六、一四〇九、一四一一、一四一三――」
読み上げて、いく。
「……」
赤石は掲示板の前で、固まった。




