第449話 卒業式はお好きですか? 10
「全く……君は学ばない男だね」
霧島は櫻井を押しのけ、パンパンと服の埃を払った。
「少しは周囲の警戒でもした方がいいんじゃないかな?」
霧島は女子生徒たちの下へと戻る。
「本当にこいつが全部やったんだ……」
女子生徒たちは櫻井を厭悪する。
「ち、違う! 俺はそいつに言わされて……」
櫻井はわなわなと震えながら、霧島を指さす。
「もう諦めなよ、聡助」
「ち、違う! 誤解なんだ! 全部誤解なんだ!」
「見苦しいよ、聡助。全部撮られてるんだから、もう諦めなよ。誰も聡助のことなんて信じちゃくれないよ」
霧島たちは、食い下がる櫻井を見下した。
「本当にこいつがうちらの銭湯入ってたってことなんだ……」
「気持ち悪すぎるんだけど」
「警察に届け出した方がいいんじゃない?」
女子生徒たちが次々に櫻井を指弾する。
「え、じゃあ全部こいつが原因だったってこと?」
「赤石は?」
「赤石君は何も関係ないよ」
霧島はやれやれ、と肩をすくめた。
「彼は僕のスケープゴート。ぜ~んぶ、僕の思い描いてた通りになったよ。良いスケープゴートになってくれたよ、彼は。激情型で自分を律することが出来ない愚か者。人一倍他者を信じてないのに、人一倍、善と正義にやかましい。彼をスケープゴートに仕立てて、本当に正解だったね」
霧島はカラカラと笑う。
「激情型で直情型。皆が皆、赤石君が悪いと思うだろうね。所詮彼は、聡助への怒りを受け持ってただけの、ただのスケープゴートにすぎなかったんだよ」
霧島は女子生徒たちに向かって説明する。
「ただ、聡助を攻撃する材料もタイミングも最低だっただけだよ、彼は。人を貶めて罵倒して、相手を地獄に突き落とすだけの能力も才能もセンスもなかっただけだよ。あんなタイミングで聡助を攻撃なんてしようものなら、自分の保身にやっているようにしか見えないからね。直情型で人を攻撃する能力もない。正義を標榜するだけのただの傀儡だよ、彼は」
櫻井はその場で立ち上がった。
「お、お前だって女子銭湯の動画撮ったんだろうが! 女子銭湯の動画なんて撮ってるお前が一番ヤバいだろうが!」
櫻井は霧島を指さし、叫ぶ。
「あはははははははははは」
霧島は大きく高笑いをした。
「聡助、君も大概だねぇ。本当に、君の頭の回らなさには感心しちゃうよ」
霧島は自身のスマホを取り出した。
「僕がそんなことするわけないじゃないか。銭湯にスマホなんて、持って入れるわけないだろ?」
「お、お前は俺の動画を撮った、って……!」
「やだなぁ、嘘だよ、嘘。君は本当に、何でも馬鹿みたいに信じるね」
あはは、と霧島は笑った。
「お、お前……!」
「もちろん、女子銭湯に入った動画を持ってるとだけ言えば、君も信じなかっただろうね」
霧島はスマホの画面を櫻井に見せた。
『きゃぁっ! もう止めてください、聡助様!』
花波の声と、櫻井が赤石を殴りつける音だけが鳴り響く。
霧島の画面には、何の動画も映っていなかった。
「動画なんてないよ。僕がその場にいたわけないんだから。君は僕を高く買いかぶりすぎだよ」
霧島はあはは、と笑う。
「これは裕奈ちゃんにその時の事情を聞いて、僕なりに音を再現してみただけだよ。一度裕奈ちゃんにも聞いてもらって、こんな感じだったって教えてもらったよ。裕奈ちゃんが覚えてないんだから、君が正確に覚えてるわけないよね。女子銭湯の動画なんて持ってるわけないし、病室での事件なんて知ってるわけないよ」
「お、お前……!」
櫻井は剣呑な目で霧島を睨みつける。
「女子銭湯の動画だけ持ってる、と言えば疑われるからね。徐々に僕が持ってる情報の粒度を上げていったんだよ。女子銭湯の動画なんて持ってるわけない。病室の話は裕奈ちゃんから話を聞いて音声だけ作った。茂さんのは普通に取材に会いに行ったから、それを見せただけだよ。だから、実質僕が持ってる証拠は茂さんの一つだけ。茂さんの動画が完全な証拠として揃ってたら、他の証拠も全部あると思うだろう? 音声だけの病室の証拠も、動画があると思うだろう? 女子銭湯に入った動画もあって、女の子の裸が映ってるから見せられないだけだと思うだろう? 馬鹿だねぇ、君は」
霧島は大仰におどけて見せた。
「君はまんまと僕の策略に引っかかった、ってわけ。ない証拠に怯えて、全部自分でばらしちゃったね。あぁ~あ」
櫻井が霧島にしたこと、そして言ったことの数々は女子生徒に録画されている。
「さぁ、もう逃げられないよ、聡助。君が今までしてきたことの責任を取るべきだ」
女子生徒たちは櫻井にスマホを向けている。
「全部こいつのせいだったんだ」
「本当に気持ち悪い」
「私の裸とかも見られてたってことなんだよね、これ!?」
「掲示板に流した方が良いんじゃない?」
女子生徒たちがスマホをしきりに触る。
櫻井の悪事がどこでどういう風に展開されているのか、もう霧島にも櫻井にも追うことは出来なかった。
「じゃあね、聡助。三年間楽しかったよ。君は三年間の責任を、取るべきだ」
霧島は櫻井の横を通り、呵々大笑しながらそのままその場を去った。
「マジでキモいんだけど」
「死ねよ」
「皆に伝えとくから」
女子生徒たちが櫻井の横を通り過ぎながら、悪罵する。
「……」
櫻井の顔色がみるみるうちに、白くなる。
「あ、あぁ……なんで……なんで……」
櫻井は床を叩いた。
「なんでこんなことになったんだよ……!」
その日櫻井が自供したことの多くが、掲示板に、載せられた。
櫻井の起こしたことのほとんどが事実だと、期せずして櫻井は自供することになった。
「かんぱ~い」
「「「かんぱ~い」」」
赤石たちは高梨の別荘で小さな打ち上げを開いていた。
「赤石君、それ取ってちょうだい」
「ああ」
赤石は高梨から言われた通り、カーディガンを取って渡した。
「ご苦労様、私の下僕十一号」
「俺の前に十人も同じようなのがいるのかよ」
高梨はふふふ、と笑う。
「いやぁ、まさかこんなに大きな別荘を持ってたなんて」
ファミリーレストランから一転、高梨の別荘での開催が決まった打ち上げに、京極もついて来ていた。
「いつもここで?」
「よくここで遊んでるわね、赤石君」
「よく使わせてもらってるな」
高梨が指を鳴らすと、高梨の専属の執事、那須が静かに現れる。
「いかがなさいました?」
「お金持ちだぁ……」
京極が高梨の威容に震える。
「お久しぶりです、赤石様」
「お久しぶりです」
赤石は那須にちょこん、と頭を下げる。
「暫くのあいだ受験勉強をなさっておりましたので、お会いできなくて寂しい日々が募っておりました。お嬢様も赤石さんと会えなくて悲しそうにしておりましたので」
「嘘を吐くんじゃないわよ、嘘を」
高梨が那須を小突く。
「じゃあさ、じゃあさ、誰が一番綺麗な色のジュース作れるか勝負しねぇ!?」
盛り上がった須田が新井たち相手に、ゲームを仕掛けていた。
「何を馬鹿なことを……」
「ドリンクバーでこういうのやるよな」
須田は真っ先にメロンソーダを注いでいた。
「原初にして最強、メロンソーダ単体が一番綺麗に決まってるんだよなぁ!」
須田はコップを高く掲げた。
「はっ。オリジナリティのない馬鹿は考えることが単純で羨ましいね。ゼロから一を作れない人間が一番になんてなれるわけないんだから」
いつの間にやら来ていた黒野が、オレンジジュースとコーラを混ぜ、挑戦する。
「……」
異様な色のジュースが出来上がった。
「……絵の具混ぜたやつみたい」
「うるさい! 味は美味しいから!」
須田たちはわいわいと盛り上がっていた。
「賑やかだなぁ」
京極は高梨たちと共に、壁沿いで談笑をする。
「仲良いんだね、皆」
「……そうなのかもな」
赤石、高梨、京極は騒ぐ新井たちを穏やかに見る。
「これも高校最後の思い出になるのかもな」
高梨の別荘で、卒業式の打ち上げが、開かれた。
そして同時に、櫻井の動画が掲示板に投稿された日でも、あった。




