第448話 卒業式はお好きですか? 9
「久しぶりだねぇ、聡助」
櫻井と相対した霧島は、にやにやと笑みを張り付けている。
「なんでなんだよ!」
霧島の顔を見るや否や、櫻井はそう叫んだ。
「なんでなんだよ!?」
櫻井は霧島の表情を見て、しきりにそう叫ぶ。
「なんで、って何が?」
霧島はきょとんとした顔で小首をかしげた。
「本当にお前がやったのか?」
櫻井はスマホを開き、霧島の告発文を見せた。
「ああ、うん、そうだよ! 楽しんでもらえたかな?」
「なんで……」
櫻井は拳を握りしめる。
「なんでお前は、そんな顔して笑ってられんだよ」
霧島は何一つ悪びれもせず、ただただ、笑顔を張り付けていた。
「人が一人、大変なことになってるんだぞ! お前のせいで、大変な目に遭ってる人がいるんだぞ!? どうして……どうしてお前は、そんな顔していられるんだよ……」
櫻井はわなわなと震える。
「そんな他人事みたいなこと言って。自分のことでしょ?」
霧島は尚もにやにやと笑う。
「俺たち……友達だったじゃねぇかよ……」
櫻井はうつむいたまま、そう呟いた。
「友達?」
霧島は一歩、櫻井に近づいた。
「いいや、違うね。僕たちは友達なんかじゃ、決してない」
そして櫻井の肩に手を置いた。
「僕はね、聡助。君のことが昔っから、嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで、嫌いで仕方なかったよ」
うつむく櫻井を見下げ、霧島は剣呑な目でそう告げた。
「僕はずっとずっとずっとずっと、君のことが大嫌いだったよ。友達だなんて思ったことは、ただの一度も、ない」
霧島はうつむく櫻井に、その真実を、さらけ出す。
「僕はね、君が嫌いで嫌いで仕方なかったよ。君の周りにいると女の子が寄って来るから、友達のフリをしてただけ」
霧島は櫻井の周囲を回る。
「それなのに、聡助。君はちっとも僕に女の子を寄越してなんてくれない。しかも、自分が女の子と遊ぶことになったら、途端に僕は除け者の役回り。君が女の子と遊ぶためだけに、僕は三年間もずっと除け者にされて来たよ。君の周りにいれば女の子が寄って来ると思ったのに、君が女の子と遊ぶ時はいっつも僕は除け者。そんな生活を三年間も過ごしたんだ。いやぁ、つくづく、僕の忍耐力の高さに驚くよ」
霧島はからからと笑う。
「三年間も君の周囲で耐え忍んだんだ。君が女の子を独占してる間、僕はずっと君のサポートをし続けた。ある時は君と女の子が二人で遊べるように画策をして、ある時は君が女の子を助けたことにして。ある時は君がヒーローにでも見えるようにして、ある時は君が女の子から尊敬されるような立ち回りだって、した。それなのに君は、僕にちっとも恩返しなんてしてくれない。おこぼれの一つももらえない。三年間、僕は君のサポート役に徹し続けたよ。君が気付くその時まで、僕は三年間必死に、耐えて耐えて耐えて耐えて、耐え忍んだ。その結果が、これさ」
霧島は唇を合わせパン、と音を鳴らし、閉じた指を開くことで、破裂する様を表現した。
「君も、よくもまぁ、三年間女の子の一人も寄越さないで僕を道具のように使い続けて、友達だなんて都合の良いことを言えたもんだね。全く、呆れるを通り越して感心すらしてしまうよ」
霧島は、はぁ、とため息を吐く。
「てめぇ……」
櫻井はぎろり、と霧島を睨んだ。
「こんなことして、ただでいられると思ってんじゃねぇだろうなぁ!?」
櫻井は霧島の胸ぐらを掴んだ。
「おぉ、怖い怖い」
霧島は両手を上げ、戦う意志がないことを伝える。
「全く、君は自分の立場が危うくなったらいっつもこれだね。暴力暴力暴力、君は自分の立場を今までずっと、暴力で解決し続けてきたんだろう? 全く、恐れ入るよ、その怪力には」
「尚斗ォッ!!」
櫻井は霧島の左頬に強烈な殴打を叩きこんだ。
霧島は後方に吹き飛ばされる。
「痛たたた……。全く、容赦ってものがないのかい、君の辞書には」
霧島は自身の頬を撫でながら、立ち上がる。
「羨ましいよ、君の単純な構造が」
霧島は肩をすくめ、やれやれ、と笑う。
「こんなことして、君は普通に大学に行けると思うのかい?」
人を食ったような言葉遣いをする霧島に、櫻井は歯ぎしりをする。
「お前だって、こんなにこの学校の皆を巻き込んで、普通に大学に行けると思ってんじゃねぇだろうな?」
櫻井と霧島が見合う。
「あのね、聡助」
拍子を取る。
「僕はね、今までずっと、面白いことを最優先でやって来たんだ」
霧島は据わった目で、櫻井を見る。
「三年間我慢し続けた僕が三年間の末、君を地獄に叩き落とす。そんなの、最高じゃないかぁ」
霧島は両手を広げ、恍惚な表情で天を仰ぐ。
「大学とか将来とか、理性とか理論とか、モラルとか人の道とか、正しいとか正しくないとか、倫理とか道徳だとか、そんなものは、もうどうでもいい。どうだったって、いい。ただ僕は、僕が気持ちよく、楽しくさえいれれば、それでいいんだ」
あはぁ、と霧島はうっとりとした表情でそう呟く。
「誰もお前のことなんて信じない」
霧島の普段の発言と動向からして、またいつもの愉快犯だと思われるのは想像に難くなかった。
「そ、れ、は、どうかな」
霧島がスマホを出した。
「聡助が女の子の銭湯に忍び込んだ時の動画」
「なっ……!」
霧島はポケットからスマホを取り出す。
「違う! あっ、あれは事故だ! 不可抗力だ!」
「いいや、違う。事故じゃないね。いや、例え事故だったとして、君への糾弾が止まることはないけれどね」
霧島はスマホに目を落とす。
「聡助が病室で赤石君を殴った時の動画」
霧島はスマホを操作し、病室で花波が叫んでいる音声を、流した。
『きゃぁっ! もう止めてください、聡助様!』
赤石と櫻井がつかみかかる音、そして悲鳴する花波。
霧島はすぐさま音声を、止めた。
「ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ!」
櫻井は今にも霧島につかみかかりそうな表情で睨みつける。
「今すぐそれを削除しろ」
「おぉ、怖い怖い」
霧島は肩をそびやかす。
「それに」
霧島は櫻井にスマホを見せた。
「君が壊した、一家のお話」
水城の元父親、水城茂が霧島に取材されている動画が、そこに映っていた。
「誰……だ」
「君の彼女の元父親、水城茂さんだよ。君は自分が壊した家庭のこともよく分かってなかったんだね」
霧島はスマホを戻した。
「さぁさぁ! 面白くなってきました! 次は、今日中に僕を捕まえられた人に、聡助の今までの悪事の証拠のプレゼントでもしちゃおうかなぁ!」
霧島はスマホを操作する。
「てめぇ!!」
櫻井は霧島につかみかかった。
「人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」
霧島は櫻井に馬乗りにされる。
「人を! こんなに馬鹿にして! いいと思ってんのかよ!!」
櫻井は霧島の胸倉をつかみ、そう叫んだ。
「……ははは」
霧島は、笑った。
パシャッ、と音が、した。
「……気持ち悪い」
数名の女子生徒が死角になっていた壁から出て来て、霧島につかみかかる櫻井の姿を、撮影した。
「ねぇ、どこ行く?」
高梨たちと合流した新井は赤石の隣に座り、そう聞いた。
赤石たちは卒業式終わりの打ち上げに、どこへ行くかの相談をしていた。
「ファミレスとかでいいんじゃないか」
赤石はスマホを触りながら適当に発言する。
「いいじゃない」
「行く人~?」
新井が手を上げる。
「「「は~い!」」」
その場にいた全員が手を上げる。
「赤石もね」
新井が赤石の手を上げさせる。
「ちゃんと上げてただろ」
「足りなかったから、やる気が」
「嫌な上司みたいなことを言うな」
赤石は手を上げた。
「僕も行っていいかな?」
京極がおどおどとしながら、尋ねる。
「……」
赤石は新井を見た。
新井は高梨を見る。
高梨は須田を見た。
「えぇ、俺!?」
須田は素っ頓狂な表情で驚く。
「まぁ、人が多い方がいいんじゃないかなぁ」
「ありがとう!」
赤石たちの打ち上げに京極が参加することとなった。




