第447話 卒業式はお好きですか? 8
「ねぇ、これどういうこと!?」
赤石と新井が外で母親との闘争を繰り広げている最中、校内では櫻井が女子生徒たちに囲まれていた。
「いや、だからそれは嘘で……」
「私らは本当って聞いたんだけど!?」
四条を中心にして、女子生徒たちが櫻井に詰め寄る。
「本当って、誰からだよ!?」
櫻井は大きな身振りで、四条たちに問うた。
「誰って、赤石だけど」
「あいつ……」
櫻井が剣呑な目で女たちを睨みつける。
「なんであいつの言うことなんて信じるんだよ!? なんで俺の言うことは何も信じてくれないのに、あいつの言うことは信じてんだよ!? 俺たち友達だろ、なぁ!?」
櫻井は悲哀の表情を湛えながら、四条たちに懇願する。
「俺たち今までだって、上手くやって来たじゃねぇか……。皆も赤石の嘘に騙されたのか? また前みたいに、あっ……」
櫻井は咄嗟に口を塞ぐ。
赤石の秘密を口にしてしまった、と言わんばかりにバツの悪い顔をする。
「洗脳……って?」
「……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。なんでもないから」
櫻井は四条たちに手をかざす。
「え、何? あいつって今までも嘘吐いて皆をコントロールしてきたの? これ全部嘘ってこと? あいつが嘘吐いてたってこと?」
「確かに霧島は信用ならないけど……」
形勢逆転。話題の中心になっていたはずの四条に、今度は悪意的な視線が注がれる。
赤石が今までも洗脳を繰り返し、人を操っていたことが櫻井の反応から、推し量られた。
「え、い、いや、本当だって言ってたよ!?」
話題の中心になって微笑を湛えていたはずの四条は急な立場の逆転に、狼狽する。
「じゃあ全部嘘ってこと? 女子銭湯に入ったとか、卒業式に暴れた犯人とか、全部嘘っぱち書いてるってこと?」
訳が分からない、といった風体で女子生徒たちは混乱する。
「いや、それは……」
もし一度でも嘘がバレれば、あることないことまで言われ、噂に尾びれが付き、自分の立場を悪くしてしまうことは自明だった。
櫻井は言葉に詰まる。
「尚斗、尚斗ぉ!! 見てるんだろ! おい、出て来いよ尚人ぉ!」
櫻井は霧島の名を呼んだ。
「……」
もちろん、誰も出て来ない。
「おい、尚斗ぉ! 説明しろよ、この状況! お前がちゃんとこの状況について説明するべきだろ!」
櫻井は霧島の名を呼びながら、その場を後にした。
「あっ、まだ話は終わってないって!」
「ご、ごめん、俺はあいつを探さなきゃいけないんだ! こんなおかしなことになってる原因を突き止めないといけねぇんだ! 誤解なんだ、説明はちゃんとする!」
「待って、って!」
そう言い、櫻井は女子生徒たちから距離を取った。
女子生徒たちは櫻井に追いつくことが出来ず、その場で立ちすくむことしか出来なかった。
「おい、尚斗、尚斗ぉ!」
櫻井は霧島を探しながら、校内を回っていた。
「あ」
「あ」
一人で寂し気に歩いていた京極と、出会う。
「櫻井……くん」
「明日香……」
京極は気まずそうな顔で、櫻井を見る。
「ねぇ、あのこと……」
「違う、誤解なんだ!」
京極の言葉を待たず、櫻井はそう言い放った。
「説明したいんだけど、まず俺は尚人と会わないといけない」
「う、うん……」
京極は視線をきょろきょろと動かす。
「そ、そうだよね。櫻井君がそんなことするわけないもんね」
にこっ、と京極は不器用に笑う。
「ごめん、明日香! 本当にごめん! でも誤解なんだ! 俺は尚人を探さないと! またな!」
「う、うん、ばいばい」
京極は櫻井に手を振った。
「……櫻井君」
京極は櫻井のことが信用できなくなっていた。
自分は櫻井とどう付き合えば良いのか、分からなくなっていた。
京極はその場で体育座りをし、しばらくの間考え込んでいた。
「あっ」
京極が櫻井を見送り、その場で呆然としていたところ、赤石と新井が近くを通りかかった。
「あ、赤石君!?」
櫻井と犬猿の仲である赤石を発見し、京極は近寄った。
「ねぇ、あのことなんだけど……」
京極はもじもじとしながら赤石に尋ねる。
京極は霧島から送られて来た画面を赤石に見せた。
「あぁ」
京極にスマホを提示された赤石は、事の顛末とその真実を語った。
「……そうなんだ」
京極は視線を落とした。
「じゃあ、女子銭湯に入ったっていうのも……」
「いや、それは知らないけど」
病室で殴られたことは、間違いのない真実だった。
「でも、櫻井君は赤石君が嘘吐いてる、って……」
「じゃあ櫻井を信じればいいんじゃないのか?」
「ねぇ、早く行こ?」
新井が赤石を急かす。
「ちょっと喋ってるから先行ってて良いよ」
「嫌だって。またあんな目に遭ったらどうしてくれるわけ?」
新井は不機嫌になりながらも、その場で待つ。
「櫻井君が正しいってこと?」
京極は一縷の望みをかけて、赤石に聞く。
「いや、俺が何を言ってもどうせお前は櫻井を信じるんだから、ずっと櫻井を信じとけばいいんじゃないか、って」
「なんで……なんで君はそういう嫌な言い方しか出来ないの?」
明らかに自分を馬鹿にしたような言い方をする赤石に、京極はむっとする。
「なんでお前らはそういう考え方しか出来ないのか、の方が俺は不思議でならないけどね。今まで俺の味方をしてくれてたなら多少は譲る気にもなるが、今まで俺の敵ばかりしてきたお前が言って良いセリフじゃないだろ。そういう言い方しか出来ないんじゃなくて、お前らがそういう言わせ方しかさせてないんだよ。真実を見ようともせず、言葉を聞こうともせず、一方的に他人を悪者に仕立て上げて、馬鹿にして。聞く耳も持たない。なんで俺がずっとお前らのためを思って腰を低くして、おべっか言わなきゃいけねぇんだよ」
「……」
京極は下唇を噛み、赤石を睨みつける。
「まぁ自分の信じたい方を信じればいいんじゃないか。お前らは真実より、耳心地の良い嘘の方が好きなんだろ。どんなにヒドくて悲しいことだったとしても、常に真実が優先されるべきだと思うよ、俺は。じゃ」
赤石はそう言い、新井に連れていかれた。
「じゃ、じゃあ赤石君が正しいってこと!?」
「正しいか正しくないか、一面的な考えは出来ない。病室で殴られたのは真実だが、そこにどんな理由を見つけるかはお前ら次第だ。女を守るために病室で拳を振るったと言えば美談になるだろうし、女を守るために病室で拳を受けたと言っても美談になるだろう。真実にどんな解釈を付け加えるかはお前ら次第だ。自分で考えろ。もっと聞きたいのならついて来い。健闘を祈る」
赤石は新井にずるずると連れて行かれながら、敬礼する。
「……ちょっと!」
京極は赤石の後を追った。
「尚斗、尚斗ぉ!!」
櫻井は事の元凶である霧島を探していた。
「いるんだろ、尚斗ぉ!」
霧島を呼ぶ櫻井の下に、
「……やぁやぁやぁ。まさかこんなことになるだなんてねぇ」
霧島が、現れた。
「尚斗……」
櫻井は霧島と、一対一で、対峙した。




