第43話 高梨八宵はお好きですか? 3
9月19日(火)赤石と高梨の過去を追記しました。それにより、一話からの高梨の評価も少し修正しました。
「私は統貴の意見に賛成するわね」
「え…………高梨?」
高梨は赤石の隣に腰を下ろし、悠然と弁当を開け始めた。
「統貴の意見に賛成というか、二人とも間違ってると思うわね。赤石君、あなたの言っていることは詭弁よ。別にいつ桜を愛でたっていいじゃない。桜が一番綺麗な時だけ都合よく花見をしたっていいじゃない。本来花や植物をいつ愛でるかは私たちの自由のはずよ。私たちはいつでも桜を見る権利を持ってるわ」
「「なるほど」」
赤石と須田は同時に納得する。
「いや、そうじゃなくて……」
赤石は再度口を開いた。
「どうして高梨がこんなところに?」
「それ」
須田も乗ずる。
「あら統貴、あなた私にそんな口を利けるようになったなんて、随分と出世したものね」
「いや、そんな上下関係あったっけ?」
高梨は弁当を食べながら、須田と話す。
赤石はぽかんと口を開け、弁当に手も付けず二人を見ていた。
高梨は、赤石と須田と同じ中学の出身だった。
「えーっと…………俺あんまり知らなかったんだけど、統、お前結構高梨と仲良いのか?」
「まぁ、俺は元副生徒会長で高梨は元生徒会長だしなぁ」
「そうよ」
「いや、それは知ってるけど」
赤石は目の前の二人のやり取りを不思議な顔をしてみる。
高梨は中学の頃、生徒会長だった。
その手腕は前生徒会長の中でもトップレベルと謳われ、その時の副生徒会長が須田であった。
実際副生徒会長という役職があったわけではなかったが、そういった役割の仕事をこなしていたのが須田であり、便宜上副生徒会長と呼ばれていた。
生徒会同士であるため知り合い程度の仲ではあるんだろうな、となんとなく赤石は想像していたが、思いの他親密な事に驚いていた。
というのも、赤石は高梨に対して並々ならない敬意を持っていた。
高梨に対して、間接的に恩義があった。
赤石は小学生の高学年から中学生の半ばにかけて、いじめにあっていた。
ある日、赤石は一方的に目を付けられるようになった。理由は赤石には判然としなかった。その赤石の態度が気に食わなかったのかもしれない。何かが、赤石にそうさせた。赤石の中の何かが、いじめを誘発した。
男子生徒は束になって赤石をいじめるようになり、それは今の赤石の性格を加速させる切っ掛けにもなっていた。
だが、赤石はいじめには屈しなかった。
赤石はいじめられることを、良しとしなかった。
理由も分からず束になっていじめられるのは、心底納得できなかった。
赤石は自身で納得できないことに対しては、真っ向から対峙する性格だった。
赤石はいじめに屈することなく、日夜喧嘩をしてきた。
だが、赤石は平凡な人間だった。
いじめを得意とする数多くの同級生に単独で勝てるほどの実力や膂力は、持ち合わせていなかった。だがそれでも、赤石はいじめに抵抗した。
敗北を喫しながらも抵抗し続けた。だが、それが悪手だった
何度打ちのめしても抵抗し続ける赤石を見た男子生徒たちは遂にその数を増やし、赤石をいじめる風潮はクラスはおろか、学年中に蔓延していた。
元々、そこまで赤石をいじめる風潮ではなかった。
抵抗せずただいじめられるだけであれば、何度か一方的に殴られるだけで済む程度に終わるはずだった。だが、何も悪くないのに殴られるのはおかしい、と抵抗する赤石の矜持が、正義が、男子生徒たちを憤慨させた。
何度殴っても倒れない赤石の存在は、喧嘩で相手を制圧する、という自分たちのアイデンティティーを侵したと、そう考えられるようになった。
赤石をいじめるという風潮が蔓延してはいたが、校内で赤石を助ける者はただの一人もいなかった。
当時赤石とそこまで仲が良かったわけでもない須田を含め、誰一人としていなかった。
学校の教師も赤石のいじめを見て見ぬふりをすることで、やり過ごしていた。赤石に反抗の意志があるためにいじめられているんだと、反抗しているんだからいじめではないと、そう結論付けていた。
赤石は学校に対して、深く失望した。生徒を育てるための機関が生徒を貶める行為を黙認している。その事実に、深く失望した。
学校側がいじめを黙認していたこと、そして誰も自分を助けようとしない事。
この二点から、赤石は他者を信用しないように変質していった。
ただひたすらに、自分だけを信用するようになっていた。
そうして何の解決も取られないまま赤石はいじめられた。
学校側の無関心と放置により、赤石のみならず少なくない人間がいじめに遭っていた。
だが、ある時を境にして、赤石に転機が訪れた。
それは、学年が上がり、高梨が生徒会長になったことだった。
高梨は、学校にそんないじめの風潮が蔓延していた中、その風潮を変えようとした。
生徒会長になった高梨は学校側に掛け合い、あらゆる手を尽くすことで、学校からいじめを根絶させようとした。
そんな高梨の掛け合いもあり、受験が始まるということもあって、いじめは徐々に収束することになった。
その過程で、高梨がいじめを収束させたということを聞いた赤石は高梨に対して敬意を持つようになった。
当時、校内のいじめの空気を感じ取っていながらも、何も出来なかった須田は、高梨に続く形でいじめ撲滅に身を乗り出していた。
その過程で、須田はいじめに遭いながらも折れない赤石に興味を持ち、今に至る。
赤石自身、いじめが自分と須田とを結びつけたことは、知らなかった。
結局そのいじめの渦中で赤石は今の性格を獲得し、高校に進学することで性格が大人びたものの、八谷がいじめられていることを切っ掛けに、発露することになった。
故に、間接的ではあったが、赤石は高梨のことを重んじていた。
高梨が一人でいじめを収束するように動いていたと思っていた赤石は、須田と高梨が存外仲が良いことに、驚いていた。