第443話 卒業式はお好きですか? 4
「そういうわけで、俺と新井の間には何も起こってない」
赤石は自分と新井との間に起こった出来事を、ゆっくりと話した。
新井がヤケになって同衾を求めて来たことは、新井の名誉のため、伏せた。
「いや、起こってるじゃない」
「え?」
赤石の話が終わった後、高梨はそう口を挟んだ。
「何も起こってないことはないでしょ」
「何も起こってはないだろ」
「でも一緒に寝たのよね?」
「本当に読んで字のごとく寝ただけだからな」
「追い出せば良かったじゃない」
赤石は首を振る。
「夜に女一人外に出せないだろ」
「あなた……」
高梨が赤石を睨みつける。
二の句を継ごうとしたところで、ため息を吐いた。
「はぁ……。新井さん、あなたから言うことは?」
「何も……」
赤石に迫ったことは、新井も話さなかった。
「で、八谷さん」
話が八谷に戻る。
「あなた、赤石君に告白してたの?」
「……」
八谷は静かに首を縦に振る。
「何で振ったの?」
高梨は赤石に水を向けた。
赤石は無言で、首を横に振る。
櫻井が告白したから、という理由で告白してくる八谷が、心底憎かった。嫌いだった。顔も見たくなかった。
ただ自分の、愚かで醜い感情を、八谷にぶつけることしか、出来なかった。
ずっと愛して欲しかった。
自分だけを見て欲しかった。
そんな。
子供のような。
独占欲が、あった。
赤石は愛の信徒である。
愛を拒絶する暴徒であり、同時に、愛を信奉する信徒でも、あった。
「あなたたち、告白に失敗してたのにそうやってずっと一緒にいたの?」
「……」
「……」
赤石と八谷は黙り込む。
教室の中に嫌な沈黙が蔓延する。
「……まぁ、いいわ、これは」
高梨は再び、言及することを止めた。それ以上赤石と八谷のことを詮索しなかった。
おおよそ何が起こったのかを察したような顔で二人を眺め、ため息を吐いた。
「これからどうしよっか」
暮石が赤石に尋ねる。
「どうしよっかも何もないだろ。親が来てるんじゃないのか、皆」
高梨の裁判を受けた赤石たちは、疲弊していた。
「行かなくていいのか?」
「行ける空気じゃなかったし……」
暮石が両手の人差し指の腹を合わせる。
「悪いな、俺たちのせいで」
「いや、全然……」
暮石はちら、と高梨を見た。
「写真撮ったり卒業文集とか書いてもらったりまだしてないな~、って思って待ってた」
「なるほどな」
赤石はその場から立ち上がった。
「外行くか。俺の母さんも待ってるし」
「え、出るの!?」
新井が赤石を止めた。
「外出ないのか?」
「今出たらヤバいんじゃない? 人が集まって来て……」
霧島が櫻井の暴露をした後、卒業生の話題は櫻井のことで持ちきりになっていた。
新井や八谷、高梨ら取り巻きの情報が櫻井の暴露から遅れて投稿されたこと、取り巻き以外の暴露情報も出たこと、櫻井自身の暴露のインパクトが大きすぎたことでそれほど生徒たちに噂はされていないが、それでも赤石たちは人目を忍んで、別棟の教室にやって来ていた。
今外に出て見つかれば、一体誰に何を言われるかは定かではない状態だった。
「そんな芸能人じゃないんだから」
赤石は一笑に付す。
「でもさ、これ!」
新井はスマホを取り出し、グループチャットに出回っている櫻井、および自分自身の暴露画像を指さす。グループチャットでこそ、そこまで多くはチャットされていなかったが、個人間でなんらかの話がされていることは想像に難くなかった。
「ほら!」
新井は学校の裏掲示板を見せる。
裏掲示板では櫻井、そしてその取り巻きに関する話が面白おかしく大量に書き込まれていた。
「なになに」
赤石は新井のスマホに目を近づける。
「高梨、三万円でおじ……」
「読まなくていいわよ、そんなもの」
高梨は赤石の腕を引っ張った。
「人が弱ってるからって、弱みに付け込んであることないこと書いて、本当馬鹿みたいだわ」
「それ」
高梨の言葉に平田が同調する。
「そうか。まぁでも外に行くしかないだろ。親も待ってるし」
「う、うん、そうだよね」
赤石と暮石は別棟のドア前まで行く。
「人間、そんな他人のこと気にしてないと思うぞ」
「私は……ごめん、普通に出るね。皆も熱気が収まったら外に出て来てね」
卒業式が終わった直後のため、卒業生が外で大量にたむろしている。
そもそも櫻井との件に関係のない暮石は、何の躊躇もなく外に出た。
「あ、待って! 行く、行くったら!」
新井が赤石と暮石の後を追いかけた。
「お前らもまた出たい時に出て来いよ」
赤石は櫻井の暴露に関して、あまり意識をしていなかった。新井や八谷の件こそあれど、櫻井の暴露と比べて微々たるものだったため、意識する必要を感じていなかった。
何より、自分自身の嘘の色恋を取り沙汰されることで何かが起こるとも、思っていなかった。
「……じゃあ私たちも出ましょうか」
「そうね」
高梨、八谷たちも意を決して別棟から出た。
「赤石君、うちの親会ってく?」
廊下を歩きながら、暮石が赤石に話しかける。
「いや、困るだろ、人ん家の息子が勝手にやってきたら」
「人ん家の息子、って……。そんな犬じゃないんだから」
赤石は暮石と親の元へと向かう。
「待って~」
新井も赤石たちを追って外に出た。
赤石の想像通り、敷地内にはたくさんの卒業生がいたが、新井や赤石の顔を見ても陰で友人と耳打ちをするだけで、面と向かっては何も言ってこなかった。
「あ、お母さ~ん」
母親を見つけた暮石が赤石の腕を引っ張りながら、親の元へ行く。
「写真撮って~」
「え」
暮石は母親にスマホを渡し、隣にいた赤石の腕を引っ張り、ポーズを取った。
「えぇ……」
赤石も咄嗟にポーズを取る。
「撮れたよ」
「ありがと~」
暮石は親からスマホを受け取り、写真を見た。
「なんかビジュアル悪くない?」
暮石は写真を赤石に見せる。
「いっつもこんなもんだろ」
「うわ、最低。最悪」
暮石は半眼で赤石を睨みつける。
暮石の母親は複雑な表情で赤石を見ていた。
「えっと……」
暮石の母が困った顔で赤石を見る。
「赤石君」
「あ、あぁ、ちょっと行って来る」
暮石の母親と話をしようとした所で、赤石は呼ばれた。
暮石は手を振り、母との会話を楽しみ始めた。
「お久しぶりです」
「あぁ、お久しぶりです」
赤石は平田の母、平田洋子と挨拶した。軽く会釈する。
「もういいって言ってんじゃん」
平田は照れくさそうな顔で洋子を止める。
「すみません、何分不出来な娘でして」
「本当ですよ」
「おい」
平田が突っ込み、赤石はかか、と笑った。
「あれから娘ともよく話しました。私は私のやり方で娘と向き合っていくようにします」
「そうですか。良いことですね。人間の基本はコミュニケーションですからね」
平田を抜きにして、赤石は洋子と二人で話す。
「あれから何かうちの娘が問題かけてないでしょうか?」
「いや、もう本当にすごい迷惑かかってます。なんとかしてください」
「朋美……」
洋子は白い目で平田を見る。
「いや、かけてないかけてない! かけてないから! ってか適当なこと言うなよ、お前!」
平田は緩む口元を隠し、赤石を殴りつける。
「もし良かったら、こんな娘ですが、これからもどうぞ仲良くしてやってください」
「こちらこそ」
「もういいって、そういうの本当に!」
赤石と必要以上に話す洋子に、平田は恥ずかしさを押さえることが出来ない。
「お家では朋美さんはどんな感じなんですか?」
「会話を回そうとするな!」
いつもの意趣返しと言わんばかりに、赤石は平田のプライベートを根掘り葉掘り聞きだす。
「それはもう、休日でも食っちゃ寝、食っちゃ寝……。まぁ、夜に遊びに出てた以前よりは心配ではないんですけれど……」
「もう、本当止めてって!」
娘のプライベートをあけすけに話す洋子を、平田が阻止する。
「もし良かったら今度また家に遊びに来てもらって」
「あぁ、もう是非是非。沢山人集めて遊びに行きたいと思います」
「まぁ、朋美にそんなに沢山お友達が!? 良かったわね、朋美」
「もう、本当良いってば!」
平田は顔を赤くして赤石と洋子のやり取りを見守っていた。




