第441話 卒業式はお好きですか? 2
霧島の突然の暴露に生徒たちがざわめきだし、体育館の中が騒がしくなる。
「はい、ざわざわしない、ざわざわしない!」
教師陣が生徒たちをなだめる。
幸い、卒業式の最中にスマホを見る生徒がいなかったため、霧島の言葉はただの放言として処理された。
「何の暴露なのかな?」
「え、分かる?」
「早くスマホ見たいんだけど」
「演出か何かなんじゃない?」
「え、リアルタイムでって本当に今来てるってこと?」
生徒たちはぼそぼそと小声で情報を交換する。
「ざわざわしない、ざわざわしない」
教師たちからの声掛けもあり、スマホを見れないこともあり、ことの真偽、そして霧島の意図がまだ伝わっていない。その後生徒たちは落ち着きを取り戻した。
そして卒業式が、終了する。
「ただいまより、卒業生の皆さんを送り出します」
在校生一同が立ち上がり、卒業生を拍手で送りだす。
卒業生たちは笑顔で、体育館から、去った。
「え!?」
体育館から出た卒業生たちは、すぐさまスマホを開いた。
そして霧島からの暴露が来ていることを、確認する。
「なにこれ……」
「嘘……?」
「冗談だよね……」
霧島からチャットで送られて来ていた暴露を確認するや否や、生徒たちはざわつく。
体育館の中は未だ、卒業式が続いている。体育館の外では、霧島の暴露を見た生徒たちから、少しずつ動揺の声が広がっていた。
そして当の本人である霧島は、その場のどこにも見当たらなかった。
「なんか大変なことになってるな」
「一体何を暴露したのかしら」
そもそもスマホを持ってきてない赤石と高梨は、何が起こっているのかさっぱり分からず、呆けた顔をしていた。
「赤石君の秘蔵写真だったりして、ね」
「なんだよ、俺の秘蔵写真って」
「水着でグラビアポーズしてる」
「俺のグラビアポーズに一体どれだけの価値が付くんだよ。もしそうだとしたら、流出してるのはお前の水着写真だろ」
「止めてよ、私の水着姿なんて想像しないで」
高梨が赤石を睨みつける。
「どうせまたいやらしいことでも考えてたんでしょ。私の裸でも考えて興奮してたんでしょ。気持ち悪いわね、あなた。死になさい」
「お前が言いだしたんだろうが」
赤石と高梨がぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、一人の女子生徒が赤石に話しかけてきた。
「ねぇ」
「……?」
女子生徒、四条有栖。
一度赤石と対面して席に座ったことのある女子生徒が、赤石に話しかける。
「何?」
赤石は訝し気な目で四条を見る。
「そんな目で人を見るんじゃないわよ、あなた」
高梨が赤石の剣呑な目を見て注意する。
「ちょっと話があって」
四条はもじもじとしながら、言った。
「告白じゃないかしら」
高梨が茶化して言う。
「本当に告白だったらどうすんだよ、お前。卒業式なんだから俺に花持たせてくれよ」
「あなたみたいな男を好きになる女の子なんているわけないじゃない。うぬぼれるんじゃないわよ、人間のクズ!」
「なんでそこまで言われないといけないんだよ」
高梨自身、赤石に告白をしてくる女子生徒を遠ざけたいという気持ちも、あった。
「あ、いや、全然告白とかじゃなくて……」
四条は即座に否定する。
「ほら、言ったじゃない」
「お前が茶化すようなこと言うから今急に方針転換したかもしれないだろ。というかそんな嫌な感じで否定しないでくれよ」
高梨に加え、四条にも赤石の怒りが向く。
「何? なんでもかんでも私のせいにしないでよ。あなたっていっつもそうね」
「えっと……」
自分を放って高梨と話す赤石に、四条が困惑する。
「ごめんなさいね、赤石君がうるさくて。早く話してあげなさいよ」
「全部お前のせいだろ。というか、告白でもないのにこんな卒業式になっていきなり話しかけてきたら怖いだろ。今まで一回も話したことないのに。同じクラスなのに一年間話したことないぞ、四条と」
三年生の間、ずっと周囲の人間に無視され続けてきた赤石にとって、四条が話しかけてくることはある種、何かしらの不幸の種になるとも、思えていた。
「いや、一回は話したことあるよ……」
赤石は四条とのやり取りを、忘れていた。
「それは失礼」
「あ、あはは……」
四条は苦笑する。
「で、話なんだけど、これ……」
四条は自身のスマホを赤石に見せた。
「これ……は」
「え……?」
霧島の言う暴露内容が、四条のスマホに、鮮明に、写っていた。
『櫻井聡助の歴史』
そこには、櫻井聡助の歴史、という言葉とともに、櫻井が今までに犯したことが一覧として、載っていた。
『櫻井聡助は生徒会長選挙の時間帯に女子生徒と職員室のロッカールームで逢瀬を過ごしていた』
なんだ、これ……。
およそ誰も知るはずのない、出来事。小さいものから、大きいものまで。
赤石はロッカールームの件については八谷の件だと、おおよそ察しがついていた。
『櫻井聡助は修学旅行で女子生徒と二人で宿泊した』
花波の件が、書かれている。
『櫻井聡助は女子生徒の母親とねんごろになり、両親を離婚させ、家庭を崩壊させた』
赤石の知っていることから、全く知らないことまで、櫻井が今までやって来た多くが、そこに書かれていた。
『櫻井聡助は修学旅行で、女子銭湯に忍び込んだ』
櫻井が今までにして来たことが一覧表になって、そこに、記載されていた。
「なんだ、これ……」
やってくれたな、と思った。
卒業式最後の日、霧島が全てを、ぶちまけた。
こうなってくると、葉月が今後どうするかも気になった。
「なにこれ」
「気持ち悪い」
「嘘!? 私たちが入ってた時に一緒のお風呂に入ってたってわけ!?」
「嘘でしょ!」
「こんなのあり得ないでしょ」
「やだ~」
霧島の暴露を真実ととらえ恐怖する女子生徒から、嘘だと決めつけて信用していない女子生徒も、いた。
「これ……」
赤石が呆然としていた所、四条が霧島の暴露の、ある箇所を指でさした。
『櫻井聡助は女子生徒の病室で男子生徒を殴りつけ、警察沙汰になりかけた』
花波の病室であった出来事が、書いてあった。
「これってさ、赤石君の……ことだよね?」
四条がおずおずと、赤石に、聞く。
「ああ、そうだ」
頭の整理が出来ない。
何が起こっているのか、全く分からない。
赤石は頭の整理をしながら、答える。
「病院で櫻井君に殴られたの?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「なんで今まで言わなかったの?」
四条が心底不思議そうに、あるいは赤石の内情を探るようにして、聞く。
「別に病室で殴られた、って吹聴するようなことないだろ」
赤石は自分と他者との間で起こった不和や軋轢を、基本、他者に語ることはしない。
「それに」
赤石は四条の目を見る。
「俺がそんなこと言ったって、お前らは全員嘘だ、って言って俺を弾圧して、笑いものにしたんじゃないか?」
「……」
それは赤石なりの、皮肉。
今までずっと除け者にして、笑いものにしてきたクラスメイトへの、最大の、皮肉。
最も、時系列としては成り立ってはいないが。
「……」
四条は、何も言えない。
何故なら、四条も裏で赤石を笑いものにして、除け者にしていた張本人だから。
「櫻井君のせいで離婚した人もいるのね」
「初耳だな、これは」
高梨と赤石はお互いに顔を見合わせる。
「じゃ、じゃあ、これはある程度本当のことが書かれてる、ってことでいいのかな?」
「……」
あぁ、と察しが付く。
四条がちらちらと後ろを向く。
何故四条が話しかけに来たのか、察しがついた。
恐らくは、四条の属している女子生徒の集団から、霧島の暴露の正当性を確かめるように指示され、その正当性を確かめるためだけに話しかけに来たんだな、と得心が付いた。
「まぁ、俺と関わることに関してだけ言えば、全部真実だな」
病室での殴り合いの件に加え、赤石相手に送られた個人チャットの件についても指をさし、真実と告げた。
「やっぱりそうなんだ……」
四条はうつむいた。
喜んでいるのだろう。女子生徒たちの役に立つと思えたんだろう。
人の役に立つことでしか自分の価値を感じることが出来ない、人に尽くすことでしか自分の価値を、集団での自分の立ち位置を維持することが出来ないなんて、可哀想な女だな、と思った。
そうしてこれからも、自分がいかに相手の役に立てるかを競っていくんだろう。自分の価値を示し続けなければ居場所を失われる集団は、本当に居心地がいいんだろうか。
恋人のために自分がいかに相手の役に立てるかを競っていくような生活なんて、たのしいだろうか。
友人関係なんて、そうじゃないだろう。
人と人との関係なんて、利害関係で出来てるもんじゃないだろう。
赤石は悲しげな目で四条を見る。
「う、うん、ありがとう赤石君」
「ああ」
赤石は四条に手を振った。
四条は赤石に背を向けた。
「お前がもっと、自分らしくいられるようになると良いな」
「……? う、うん」
赤石の言葉を理解できていないのか、四条は不思議そうな顔で同意した。
四条は赤石に会釈して、集団の下へと帰って行った。
「嫌なこと言うんじゃないわよ、赤石君」
「何を意味してたかは伝わらなかったみたいだから、まぁ何も言ってないようなもんだ」
赤石の意図を察してか、高梨が赤石に言う。
「嵐が、起こるわね」
「卒業式の嵐、か……」
赤石たちはまさに、台風の目に、なりつつあった。




