第440話 卒業式はお好きですか? 1
卒業式に参加する旨の放送がされたため、赤石たちは体育館へと向かった。
「今日で最後だね~」
「ねぇ、後期どうする?」
「なんかもう涙出て来た~」
「体育館もこれで最後かぁ」
「今日が最後ってマジ?」
各教室からそれぞれ生徒たちが出て来て、まばらに体育館へ向かう。
「赤石」
「ん」
赤石は体育館へ向かう途中、後方から声をかけられた。
「や」
「ああ」
後方を振り返ると、赤石のすぐ後ろに、上麦がいた。
そして高梨が上麦の横に控えている。
「何してた?」
「卒業文集になんかメッセージ書いてたよ」
「また?」
「ああ、お前らが帰ったあとにまた書く流れになったんだよ」
「白波、まだ」
「あぁ、京極が来てなんかぐちゃぐちゃってなったんだったな」
京極の卒業文集にメッセージを書いた後に上麦が来たことで卒業旅行の話になり、卒業文集の話がうやむやになっていた。
「あとで書く」
「そうだな」
上麦は、とことこと走り、赤石の隣にやって来た。
「行きたいところ、ある?」
「行きたいところ?」
唐突な質問に、赤石は小首をかしげる。
「なんかあたり一面に水が張ってあって、空と地面が反転してるように見えるあの有名な絶景スポット……とか?」
「そういうのじゃない」
上麦は首を振る。
「旅行」
「あぁ、卒業旅行」
京極の頼みのおかげで、上麦の企画した卒業旅行に、京極も参加することになっていた。
「え、これ俺の一存で決まるのか?」
「参考する」
「別にどこでもいいけどなぁ」
赤石はぼんやりと考える。
「いたっ」
「……?」
卒業生が一斉に体育館へ向かったため、体育館までの通路が卒業生で埋まり、小柄な上麦は人の群れに揉まれていた。
「大変だな、お前も」
赤石が上麦を引き上げる。
「皆、白波、見ない」
「見えないんだろ、人が多すぎて」
「つかまる」
上麦は隣にいた高梨の手を握った。
「赤石も」
上麦が赤石に手を出す。
「嫌だよ。連れさられる宇宙人みたいになっちゃうだろ」
「宇宙……人……?」
上麦が呆気にとられた顔をする。
「今お前の背景、宇宙出てそうだな」
赤石はからからと笑った。
「意地悪しないでちょうだい、赤石君」
上麦と手をつなぐ高梨が赤石に言った。
「してないよ。お前はどこか行きたいところあるのか?」
「北海道とか、かしら」
「うん」
上麦が高梨を見上げ、話を聞く。
「じゃあ北海道」
「こんな適当に決まるのか、行き先って」
赤石、高梨たちは体育館に着いた。
「じゃあ赤石君、またあとで」
「ああ、またな」
「また~」
赤石は高梨たちと別れ、卒業生用の席に着いた。
「遅かったじゃん」
赤石の隣に座る新井が、赤石に話しかけた。
「今日はちょっとゴブリンの数が多くてな」
「異世界の冒険者みたいなセリフ」
「実は異世界帰りの勇者かもしれないぞ、俺は」
「まさかぁ」
赤石は首を鳴らす。
「あったまって来たぜ」
「今さらあったまってもどうしようもないでしょ」
名前順に並ぶ卒業式で、赤石は二年の時から常に新井の隣に座っていた。
「こうやって話せるのも最後かぁ」
「しんみりするなよ」
まだ始まらない卒業式を前に、新井がそう呟いた。
「思えば、私らの付き合いは名前順で日直当番一緒になってからが始まりだったんじゃない?」
「そうだな」
卒業生が到着し、じきに二年生、一年生がやって来る。
二年生、一年生がやって来るまでの時間、自然、自由時間となる。
新井と懇意になってから、赤石はこの短い時間に新井とよく話していた。
「本当感じ悪かったよな、お前」
「はぁ!? 何が」
「二年の頃とか特に、な」
「感じ悪くないし。ひがみでしょ、お前の?」
「感じ悪かっただろ」
「悪くない」
「悪い」
「悪くない」
「悪い」
水掛け論となる。
「二年の時、俺とお前で日直当番になって櫻井が来たことあっただろ」
「あぁ、うん。聡助が私を迎えに」
「あの時差し入れする、みたいな話してただろ」
「そうだった……かな」
「お前が俺に日直当番の仕事を押し付けて櫻井と帰ることになってから、差し入れの話がなくなってたぞ」
「……?」
新井は小首をかしげる。
「そりゃ聡助と赤石は別に仲良くなかったし……」
「仲良くないなら差し入れするとか言うなよ」
「それは……あれじゃん」
新井はどもる。
「というか日直当番の仕事も別に俺一人だけがやらないといけない仕事じゃないからな。俺が気を遣って一人でやっただけで。あの後も先生につかまったり、結構仕事あったんだぞ、俺は。差し入れのことについて文句くらい言っても良いだろ」
「そんなに差し入れ欲しかったわけ?」
「差し入れが欲しくて言ってるんじゃねぇよ。差し入れする、って言ってんのがお前のためだけなのが感じ悪い、って言ってんだよ。お前がいないなら俺に差し入れする理由もねぇや、つってそのまま立ち去って行くの普通に感じ悪いだろ。何も言わなくて良かっただろ。好感度を稼ぎに来るな」
「じゃあその時、俺の差し入れは!? みたいなこと言えば良かったじゃん」
「それこそ、俺とあいつはそんなこと言える関係性じゃなかっただろ。今もだけど」
赤石と新井はぎゃあぎゃあと喧嘩する。
「何、お前? ちっさ。心の器狭すぎ。そんなんだからモテないんじゃない? はぁ……いちいちひがんで、だっさ」
「久しぶりにキレちまったよ、新井。おい、表出ろよお前」
赤石が新井にガンをつける。
「何するわけ」
「喧嘩だ、喧嘩。俺は女相手でもスマッシュパンチを決められる男だ」
「最低じゃん」
「男女平等パンチだ」
「体つき違うんだからそんなの私負けるに決まってるじゃん」
「俺もそう思うよ」
「勝てる勝負にしか強気に出ないわけ!? 本当最低!」
「人間同士の戦いは、常に有利で勝てる奴が積極的に攻撃を仕掛けるもんなんだよ」
新井が赤石の足を叩く。
「静かにして、卒業式なのに」
「お前もだよ」
赤石は足をさする。
「もういいじゃん、そんな昔のこと。今こうして付き合ってるんだから。あとになって今さらねちねちねちねち。思ったならその時に言えばいいのに」
「思ったことをその時に言える人間がどれだけいるのか考え物だな」
「ああ言えばこう言う……。本当面倒くさいね、赤石って」
「歴史上の偉人が今まで言われて来たであろう言葉をそのまま言われるなんて、ほまれ高いよ」
「黙って」
新井が赤石を睨みつける。
「……」
赤石は黙り込んだ。
「卒業旅行どこ行く?」
「……」
赤石は黙り込む。
「卒業式って何時からだっけ?」
「……」
「これ終わったらどうする?」
「……」
「ねぇ」
「……」
「ねぇ、ってば」
「……」
赤石は黙り込む。
「あぁ、もう喋って良いから。まだ卒業式始まってないんだから喋ってよ。暇じゃん」
「あぁ、黙れって言われたからな」
「もう本当面倒くさい、こいつ」
「今まで歴史上の偉人が――」
「もういいって、そのくだり」
赤石が新井の肩を叩く。
「北海道に決まったらしいぞ」
「え、いつ!?」
「ついさっき」
「なんで勝手に決めるの!? 私も決めたかったのに!」
「いや、俺じゃなくて高梨が……」
「じゃあいっか」
新井は落ち着いた。
「俺の立場ってそんなに下の方にあるのか?」
「今さら気付いたの?」
「心外だよ」
赤石と新井が益体もない雑談を続けた後、卒業式が始まった。
「始まったね」
「な」
赤石たちは校長の退屈な講和を、長々と聞く。
『今から、卒業生のための動画を流します』
去年、未市と時間をかけて取り組んだビデオを、今年も同様に放送するらしい。
未市が果たせなかったビデオの上映が、一年越しに開催されようとしていた。
教師が体育館のカーテンを閉め、体育館内が暗くなる。
「雰囲気出て来たね」
「な」
「暗いのってちょっと興奮するよね」
「変態だな、お前」
「ちょっ、そういう意味じゃないから!」
新井が赤石に耳打ちする。
卒業生によるビデオは特に何の変哲もなく、卒業生の一年間をまとめたような動画に背景音楽が流れているようなものだった。
『これからも、僕たち私たちは、世界に羽ばたいていきます!』
特に何の変哲もなくビデオは締められ、画面が暗転した。
「終わった……」
生徒たちの緊張の糸が切れかけた時、
『レディーーーーーーーーーーースエーーーーーンドジェントルメーーーーン!』
終わったかに思えた卒業生のビデオが再び明転し、霧島が、出て来た。
大音量が体育館内に流れ、ド迫力の音響がビリビリと、生徒たちにも伝わる。
体育館内が揺れていることがひしひしと伝わるような、大音量だった。
『やぁ、世界中のお嬢さん、お兄さん、お元気かなぁ?』
やけに誇張したイントネーションに、赤石は苦笑する。
『卒業生によるビデオを見てもらったところだろうけど、実は君たちに隠してる秘密がまだあるんだぁ』
生徒たちがざわざわとする。
想定外の話だったのか、教師たちもざわついていた。
だが、サプライズか何かを期待してか、教師たちは何も動かなかった。
『そしてそんな折、実は今日、僕は皆に重大な秘密を持ってきたんだぁ』
画面内の霧島はスマホを掲げる。
『まさに今、君たちにとんでもない秘密を暴露したよぉ。リアルタイムでまさに今、さ』
霧島は画面内で、そう言った。
霧島の発言に、生徒たちが大きくざわつく。
今、卒業式で何かが起ころうと、していた。




